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出会いと過去話

ずいぶん長い事放置していましたが、ようやくやる気がでました。

今度こそは、途中で飽きずに完結できるよう頑張ります。


「おい! 大丈夫か⁉ しっかりしろ!」

 オレは今にも消え入りそうなか細い少女の上体を起こす。オレは少女の口元に耳を近づける。微かながらも呼吸の音がする。つまり、まだ生きている。オレは少女が生きていることに安堵する。

 少女は恐らく気を失っているのだろう。力を失い、腕をダランとさせている。オレの呼びかけにも応えないし。とりあえず、この状況をどうにかしなければ。

 少女の容姿は目をかけるものばかりだ。オレが感じた少女の第一印象は「白い」まずそれだった。白人……にしては白すぎる。腕も、足も、顔も、全てが白い。玄関の床に広がっている少女の長髪も真っ白だ。雪のように美しく清らかだ。まるで雪に咲く(はな)のようだ。少女が身に着けているものは、小さめのノースリーブの白いワンピースだ。そしてその脇腹辺りに穴が開いている。そこから赤く黒い生臭い血が広範囲で流れている。せっかくの少女の魅力的な特徴が台無しになってしまっていた。年齢的には十歳か十一歳だろうか。そのぐらい幼い感じの女の子だ。そんな子がこんな事になっていた。

「早く、救急車を……!」

 まずは救急車だ。それから警察にも。いや、逆か? どうでもいい。オレはポケットから携帯を取り出す。頭がこんがらがっているのか、まともに番号が押せない。たった三つしかない数字にもかかわらず。動揺を隠せていない。

 その時だった。「うっ……」と少女の口から声が漏れたのだ。それはわずかな音にかき消されてしまいそうなほどの微かなものだった。オレは少女を見る。そして少女の肩を抱きながら声をかけた。それは思ったより大声だった。

「おい! 気が付いたのか⁉ ここがどこだか分かるか⁉」

「こ、ここ……は……」少女はうっすらと目を開ける。少女の紅い瞳が露わになっていく。「あ……わ……たし…は……?」

 意識が段々と戻ってきたようだ。しかし、それでもまだ弱々しいものだった。彼女はオレの目ぼんやりと見つめながら、弱々しい力でオレの腕に触れた。

「うっ……」

「おい! 大丈夫か!」

「だ……だ、いじょ……ぶ……と……お…………る……」

「大丈夫か。安心しろ。今すぐ救急車を呼ぶからな。もう少しの辛抱だ…………うん?」

 オレは手を止めてしまう。そして、少女の目を見る。確か、今、この少女は、オレの名前を呼ばなかったか? ………気のせい? 聞き違いか? しかし、確かにオレはこの少女をどこかで見た覚えがあるような気がする。そんな不思議な気持ちが込み上げてきた。

「お前は、オレの事を……知っているのか?」

「えっ……?」少女は小首を傾げた。

「だって、今……オレの名前を呼ばなかったか?」

 オレは少女の目を見ながら話す。すると少女は、「うん……おぼ、えて……ない……の?」と一生懸命に言葉を紡いでいった。

 オレの頭に何かが蘇るような、何か電流が走ったようなそんな不思議な感覚に襲われる。これは、過去の記憶なのだろうか。昔、小さい頃、どこだかで遊んだ記憶が……呼び起される。

 そうだ。思い出した。公園で一緒に遊んでいたんだ。少女と一緒に。オレはその思い返された記憶の少女と、今オレの目の前にいる少女とが重なった。合致したのだ。

 何故、今まで忘れてしまっていたのだろうか。

「そうだ。もしかして、お前は……イオル……なのか?」

「うん……。久、しぶり……だね……トオル」

 少女ははにかんだ。きっと、オレに思い出してもらったのが嬉しかったのだろう。でも、その笑顔は少し寂しさが残っているような気がした。

 オレは懐かしいあの過去を思い出し、感慨深くなった。再会でき心が躍る。しかし、それと同時に疑問があった。何か、釈然としない。頭の中で妙な違和感がうごめいている。別の何かを思い出さないように、どす黒い塊が流れをせき止めている。

 いや。何でもないな。多分色々なことが起きすぎていて頭の処理が追い付いていないだけだ。

「トオル……な、なにも……なにも、呼ば……ない……で……もう、傷口…………ない。だから……お……お、ねがい……。ダメ、なの……ちゃんと……元に、戻っ……てから、説明……する、から……」

「だが…………」

 イオルとは七年ぶりの再開だ。それがまさかこんな形になるなんて想像も出来なかった。彼女の秘密。そして腹部に在る銃創。それらがオレに嫌な妄想を焚き付ける。

「わ、たしの……事、を……知……てる、でしょ?」

 オレは彼女の言いたいことを理解する。しかし、それでも納得はできなかった。あくまでも、自分の中では。オレはこの気持ちとは逆の行動をとってしまう。「わかった」とオレはそう言って携帯をポケットにしまう。本当はいけないのに。

 しかし、冷静に考えてみる。イオルの銃創、これは何かしらの事件に巻き込まれたのだ。だから、事をあまり大きくしたくないのだ。水面下で事をおさめたいのだ。だからオレは黙るしかない。……本当にいいのか? オレは葛藤する。しかし答えが出ない。そして、時間は待ってくれない。

「もう……大丈夫……」イオルは自分の力で立ち上がろうとする。腕で体のバランスを取りながら足に力を込めて、立とうとする。イオルは何の問題もなく立ち上がれた。「傷は……治った」

 恐らく、本当の事だろう。確認のため傷口を見た。少し、ためらったが確認をしておきたかった。確かに、イオルの言うとおりに傷口は無くなっていた。何事もなかったかのように綺麗サッパリと。

「相変わらず、だな……」

 イオルはゆっくり頷いた。オレはささやかに笑うイオルを見て、自然と頬が緩んだ。

 オレは額に流れる汗を腕で拭った。緊張がほどけ、脱力する。そして、七年ぶりの友との再会に喜びをかみしめていた。

「奥で話を聞こうか。昔話でもしながらさ……」

 イオルはうつむく。それからしばらくの無言を得た後、「うん」と小さく首を縦に振る。

 オレはイオルをリビングへ案内しようと思った。だが、その前にするべきことに気づく。オレはイオルを細見する。しばらく洗っていないだろう服。それに加えての血のり。それと血の生臭さだけではない……臭い。女の子に対して失礼だが。イオルは、風呂にも入っていないのだろう。髪に触ったときのべたつきとか。嫌な感じだ。

「まず、シャワーでも浴びてこようか。その血は洗った方がいい」やはり、その方が視覚や嗅覚などの色々な面の救いになる。「浴室はあそこだから」とそこを指し示す。「服は洗濯機にでも入れてくれ。タオルは、その上の棚に置いてあるから」

「ありが、とう……トオル……」

「いいよ」

 オレも、玄関の掃除とかいろいろやらなくちゃいけないことが山積みだからな。血って簡単に落とせそうもないから骨が折れるな。はあ。とつい、深いため息をこぼしてしまう。再会の余韻に浸る余裕など用意されていないからだ。




「まあこれくらいでいいか」

 まだかすかに色が残ってしまってはいるが、自分から言わない限り他人は気にも留めないだろう。それにしても、イオルはどうしてあの状態でこんな所にいたのだろう。銃創なんて現実離れしすぎている。この日本でふつうに暮らしているのなら、まず目にすることはない。

 イオルがオレの前からいなくなったのは七年も前だ。その間にイオルはどんな人生を送って来たのだろう。皮と骨がくっついたように痩せ細くなった貧弱な体。簡単に折れてしまいそうな細い腕。きっとろくに食べられてないのだろう。いったい親とかは何をしているのだ? 憤りを感じる。

 イオルの七年は過酷と波乱に満ちた七年だったのだろう。そうに、違いない。勝手な妄想だが、それが真実のような気がしてきた。しかし、勝手な憶測で物事を判断するのはよくない。だから、彼女から詳しく事情を聴かなければならない。

「あの……」思考を巡らせている内に、イオルがシャワーを浴び終えたらしい。ひょっこりと顔を出す。

「ちょっと……大きい……ね」

 イオルはあの服しか持っていない。なので、オレのTシャツとトランクスを貸した。オレが女の子の服なんか持っているわけがないのでいや仕方ない。

「悪いな。それしかないんだ。服が渇くまで我慢してくれ」

「あ、ううん。……そんなつもりで、言ったんじゃないよ。ごめんね……」

 申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。

「そこまでは、いいよ。とりあえず、こっち来いよ。ゆっくりでいいから話していこう」

「うん……」小股でリビングに入り、オレの対面にテーブルを挟んで、腰を下ろす。身を縮め、正座をする。緊張のせいか、肩があがっている。

「まず、肩の力をぬきなって。友達だろ? そんなに緊張することないって」

 ハッキリ言ってしまうと、オレは友達と名乗る立場ではない。なぜなら、オレは今まで彼女の存在を忘れてしまっていたからだ。旧友でも、存在を忘れていたのは、どうだろう。虫が良すぎるような。いや、そんな事はない。思い込みが激しいな。

「……そう……だね」

 イオルは小さくつぶやき、頷く。一回天井を見上げてからオレの方に目を移す。

「こうやって話すのって、いつぶり、だろうね。もうずいぶんも、昔のことのよう、だね」

「そうだな。お前がオレの前から消えてから七年も経っているんだよな」

「七……年」イオルは絶句していた。「……そんなに。長かった……。ずっと、トオルと……会いたかった。こうして、話したかった」声が震えていた。

「おいおい。大げさだな。でも、ありがとうな。また、前みたいにこうして話せるさ」

「そう、だと……いいね」

「ところでさ、何で突然消えたの? 心配したんだぞ」

「……うん。……ごめんね。わたしは……」と、ここでイオルは言いよどむ。うつむき、呼吸を荒くする。そして、大きく息を呑む。何かを言おうとするのは分かる。しかし、そこからなかなか言葉が出てこない。

 時計の針の音がカチカチと鳴る。外でトラックが通ったのか、音と振動が部屋に伝わる。部屋の中は無音。お互いの息遣いだけが聞こえる。イオルはやはり言葉を出さない。喉まで出かかっているようだが、途中で詰まっていしまっているようだ。

 しびれを切らしたオレは「言いたくないなら言わなくていいさ」といった。イオルは顔を上げる。イオルは口をパクパクと動かす。言葉に出せていない。そして、下を向いて「ごめん」と謝った。

「いいたくはないんだろ? そういうのはよくあるさ。気の利かない質問して、悪かったな」

「……わたしが、ごめんね……。いつか、話す。ところで、トオルは……」ここでイオルが話題を変えようと話してきた。「今、一人なの?」

「ああ。そうだな。最近一人暮らし始めたんだ。そうしたら、イオルがいたもんでびっくりしたよ」ハハハと笑う。

「最近?」

「ああ。おばあちゃんと一緒に暮らしていたけど、亡くなっちゃってな。それで色々とあってまたここで暮らせるようになったんだ」

「……寂しい?」

「まあ、寂しくない、といったら嘘になるが、旧友とも会えたし、好きなこと色々できるし、満足していると言えばそうだな」

「そう……なの……」

「ところで、お前は、親はどうしたんだ? 心配してないのか?」

「ううん。トオルと、同じ」

「同じって……そうか」

 オレと同じという事は、両親は死んでいる、ということなんだな。

「ごめん……」

「いや、こっちこそ。すまん。変なことを聞いて……」

 ポタポタと、テーブルに大粒の涙が滴り落ちる。

「おい、どうした」オレは慌てる。まさかいきなり泣くとは予想だにしなかった。

 イオルは肩を震わし、嗚咽が漏れる。堰を切ったように。

「……」オレは、今、イオルがどんな思いでいるかは分からない。でも、この涙がイオルの七年の苦労を表しているのなら、思いを伝えるには十分だ。

「辛かったんだな」

「……ごめんね…………」

 イオルは声を上げて泣き崩れる。机に突っ伏してむせび泣く。

「いいよ。今までためていた分、泣いていいさ。オレが聞いてやる」

 頭をそっと撫でる。髪の毛は乾いていなかったのでまだ濡れていた。

「ち……っが……う…………ちが……うの…………」

 首を激しく横に振る。何かを言いたいのだが、呂律がままならず、まともに話せないでいた。それからイオルはただ泣いているだけだった。

「何か飲むか。麦茶ぐらいなら出せるよ。水分は取った方がいい」

 そう言ってオレは立ち上がり、台所へ向かった。コップを二つ棚から取り出し、氷を数個入れ、冷蔵庫の中に保存していた麦茶をそれらに注いだ。イオルがいる所に戻ると、イオルは顔を上げていた。それでもまだ、立ち直ったとはいえず、鼻を大きくすすり、涙を腕で拭う。

「大丈夫か? これ、麦茶だ」

「……ありがとう」

 泣いた理由は詳しく聞かないでおこう。オレはイオルが落ち着くのを待った。イオルは麦茶を一気に飲む。飲み終えた後、しゃっくりをする。恥ずかしそうに下を向く。オレは麦茶のおかわりをコップに注ぐ。イオルはもう一度それを一気に飲み、おかわりを要求する。よっぽど喉が渇いていたのか。それは元気な証拠でもあるから、なによりだ。

「ごめんね。ありがとう。落ち着いた」

 小さく笑む。目は腫れ、充血し、目が丸々真っ赤だった。

「ウサギみたいだな」と、つい思ったことが口に出てしまった。

「……うさぎ?」

「いや、ただそう見えただけ。特に意味はないよ。ところでさ、質問、続けていいかな?」

「……うん。……いいよ」

「ありがとう。イオルは何で玄関であんな状態になっていたんだ? それをそろそろ教えて欲しいんだが……」

「……うん。そう、だね」イオルはこくりと頷く。そして、コップの麦茶を一気に飲む。またあっさりとカラとなった。オレはまたコップに麦茶を注ぐ。イオルは礼を述べた後、小さく「教える」そういった。

 オレはどんな真相が待ち受けているのか、身構える。

「長くなる。それと……」

「それと?」

「ごめんね。巻き込んじゃって。でも、偶然、トオルの所にいて、良かった」

「巻き込む? 気にするなよ。オレは自分でいうのもアレだが、お節介やきだ。おおいに巻き込まれてやるよ」

「……優しいね…………一緒……だね」イオルは頬を緩ます。オレは照れくさくなった。「トオルは、私の、力のこと、知っている、よね?」

 イオルは話を始めた。ここからが重要になっていく。

「力って……もしかして、アレか? 確か、超能力……で、いいんだよな?」

「うん。あってる。今回は、ソレ、が、大事になってる」

 これは唐突な話になるのだが、イオルは超能力を使えるようだ。よくテレビで見るような、あの不可思議なやつ。手品のようなやつだ。アレをやってのけるのだ。昔、遊んだとき、その秘密を聞かされ、オレは羨ましいと思った。欲しいと思った。でも、それの所為でイオルは周りから仲間外れにされていたようだ。だけど、オレはそうしない。その理由がないからだ。

「念のため……見せる」

イオルは自分の前に置かれているコップを手に取りしばらく眺める。オレはその様子を黙って見届けていた。その次の瞬間だった。イオルはコップを逆さにした。そして、摩訶不思議な出来事が起きた。オレは久々にそれを見て、少し驚いた。

 本来なら飲み物が入ったコップを逆さにすれば、それは重力によって下に零れ落ちるはずだが、それは零れずに空中で止まっていた……いや、浮いていると言った方が正しいだろうそれはうごめいており空中散歩をしているみたいだった。さらに例えるならそこだけ宇宙空間になっているようだ。丸くなり、グニョグニョした動きをしている。

「やっぱ、すごいな。衰えてないんだな」

「……一応」イオルは空中に浮かべたそれを丁寧にコップの中に戻した。そしてイオル何事もなかったようにそれを飲んだ。

「もしかして、その銃で撃たれていた事と関係があるってのか?」

「うん。そう。これで、私は、殺されそうに、なっている」

「何だと……!」

「でも、当たり前なの。しょうがないの」

「当たり前なわけないだろう。自分で何を言っているのか分かっているのか? 超能力を使えるからって殺されるって、そんな馬鹿げた話があるもんか」

「怒らないで」

 そう言われて、オレは熱くなりすぎていたと自覚する。「ごめん」と一言謝り、フーと息を一つ深くはいて気持ちを落ち着かせる。

「まず、どこから話せば……。あ、わたしの、事。それから……かな?」

「イオルの事?」

「なにか、変な事を言っているように、聞こえるかも、しれないけど、わたし、宇宙人、らしい」

「はい?」オレは不意をつかれた。まさかそう来るか、そんな感じだった。「う、宇宙人って……あの、グレイみたいな? いわゆる地球外生命体、てか……」

「そう、それ。とりあえず、続ける」

「あ、ああ……すまんな」

「正しくは、宇宙人ではない。先祖が、そう、だった。そうらしい。つまり……わたしは半宇宙人。だから、超能力を使える、らしい。その、宇宙人は、はるか昔にやって来て、地球に暮らすようになったらしい。だから、その血が、みんなには、一応、流れてる。わたしは、その血が、強い」

「ん? ……ちょっと待て。……みんなに流れているとは、どういうことだ?」

「そこらへんは、わたしも、詳しくは、分からない。でも、みんな、その血を受け継がれていて、その血が強く残っていると、わたし、みたいな、モノが生まれる、みたい。それがすごく、珍しい事なんだって」

「……それはだれから聞いたんだ?」

「り……。……一人の……友達。その子に。でも、あまり、よくわからない」

「なるほどな……」

 突拍子もないことだ。頭がこんがらがる。というか、イオルの言いたいことは分かるのだが、あまり説明が……。

 とりあえず整理すると、イオルの先祖が、宇宙人。ということでイオルはその血を強く受け継いだ子孫と言うわけだ。それで、多分その宇宙人は遠い昔にこの地球にどういう訳かやって来て、ここに根付いた。それで、ここの人間と共に繁栄を築いていった。という事だろう。そして、おおよそ宇宙人は超能力を使えた。そして、その宇宙人の遺伝子を強く引き継いだ者がイオルみたいに、能力者となるわけだ。

……所々オレの憶測が入っているので、定かではないが。

 イオルが言っていることが本当ならば、オレにも、その宇宙人の血が流れているわけだ。オレだけではなく、他のみんなも。そうすると、皆にもそういった可能性があったというわけだ。しかし、それは希少である。一握りの可能性なのだ。

「それでね、だからね、わたしは、命を狙われてる」

「そこが、分からないんだ。何でだ?」

「わたしの力が危険だから。ダメなの。それで、わたしは、とある組織に、狙われているの。ずっと……」

「ずっと、て……」

「うん。七年前から。大体、そのあたりから」

「七年前って、お前が消えたあたりじゃないか」

 これが、イオルが言いたくなかった失踪の理由なのか。

「そう。正しくは、それから幾つか日が、経ってから。それでわたしは知ったの」

「いったい、誰から……」

「わたしたち(・・)は、『研究員』と、呼んでいる。詳しいことは分からない。でも、わたしのような珍しい人種を、調べている、みたい」

「『研究員』……。そんな奴らがいるのか……」

 オレは眉間に皺を寄せる。普通の人とはちょっと違うからって。それだけで殺そうとするなんて。許せない。イオルは体を縮こませ怯えている。こんな女の子にそういう運命を辿らせるのは人としてどうかと思う。イオルだってれっきとした人だ。それなのに……。

「……わたしだけじゃ、ない。他の子も……そいつらに、連れていかれた」

「連れていかれた? 他の子も知っているのか?」

「わたしの、友達。多分、四年ぐらい前、だった気がする……それぐらいに会った、大切な……友達。私と同じ……女の子」

 オレは言葉を失う。拳を強く握りしめる。奥歯をかみしめる。怒りが増幅していく。この沸き上がる激情に自分を抑える自信がない。

「その人たちに、今日、殺されかけた。トオルも、知ってる。撃たれた。それで、逃げて、気がついたら、ここだった」

 下唇を噛みしめていた。イオルは顔を下にやっている。

「そういう事だったんだな」オレはイオルの肩に手を伸ばす。そして、ポンと手を置く。イオルはハッと顔をあげた。そしてオレはイオルの目を見ながら「心配するなイオル。安心しろ。オレがお前を守ってやる。そいつらにお前を殺させはしない」そう言った。

「……ありがとう…………」言葉が濁る。また鼻をすする。息を一つ飲むのが分かった。

「おう」

 オレはイオルの頭をそっと撫でた。イオルは抵抗することなく、それを受け入れた。

 その時だった。ピンポーン。と、インターホンが鳴った。いきなりだったのでびっくりした。

「こんな時間に誰だろう」

 イオルは小さく体育座りする。そして、恐る恐る玄関を見つめた。しばらくはそのままの姿勢で硬直していた。

 時間は六時ちょっと前。オレは、イオルとの話があったから、このインターホンに対して恐怖を抱いていた。訝しく感じながらオレは玄関に足を向かわせ、のぞき穴を見た。イオルを撃った誰かが、もしくは関係する誰かが、ここに気づいて来たのかもしれない。あの、『研究員』とイオルが呼ぶそいつら、なのか? そういう緊張感を抱きつつ、オレは確認した。すると、覗き穴の先には美麻が立っていた。美麻はのぞき穴に顔を近づけたりしたり、無意味に左右をキョロキョロしている。

「なんだ。よかった」

 オレは安堵する。とりあえず杞憂でよかったと、そっと胸をなでおろす。そして、チェーンと鍵を外した。ドアを開ける。少し綺麗に見繕った美麻が「おっす」と片手をあげてニカッと笑う。

 美麻を見て、そういえば今日家に来ると言っていたのを思い出した。イオルの件ですっかり忘れていた。

「支度は出来てる?」

「いや。ちょっと……」

「何よ。済ましときなさいよ。私が来るのは分かってたんでしょうに」

「すまん。ちょっと立て込んでいて、な」

「そうなの。まあ、あとどれくらいでできる? あ、何なら家の中で待ってもいい?」

「うーん……ちょっと、な……」

「? 歯切れが悪いわね」

 オレはどうしようか頭を捻らせる。イオルの「今」を理解しているのなら尚更だ。イオルは能力の所為で追われ、命まで狙われている。そんな中で、美麻の家に行くとなると、美麻だけではなく、その家族にも被害が及ぶかもしれない。それは何としてでも避けたい。しかし、せっかくオレの誕生日を祝ってくれる為に準備をしてくれた。この気持ちをないがしろにすることはできないし、かといってイオルをここに置いていくなんて論外だ。

「美麻……本当に、悪いとは思っているんだけど、急用が出来ちゃって……。行けなくなったんだ。ごめん!」

 両の手を合わせて頭を下げる。

「何よそれ!」

「怒るのは分かっている。だけどどうしても……」

「せっかく用意したっていうのに、それはないんじゃないの?」

「すまん」頭をずっと下げ続けている。

「……急用って何よ。それほど大事なものなの?」

 オレは必死に言い訳を考える。この誘い以上に大事だと思ってくれる言い訳を。そんな事を考えていると、イオルがこっちにやって来たのだ。

「み……あ……さ……?」

「ん? 誰この子?」

 イオルと美麻が対面する。美麻は面を食らって立ち尽くしている。イオルとずっと目を合わせて見つめ合っている。

「あーあ……」なるべく会わせたくなかった。オレ頭を抱える。頭痛がする。これを何ていえばいいのか。そうか。従妹、それだ! 「あ、こいつはさ……」

 イオルは美麻の手を握る。美麻は目を見開き、驚愕した表情をしていた。そして、オレにとって衝撃的な発言を美麻はするのだった。

「も、もしかして……イオル……ちゃん……?」

「みあさ? やっぱり?」

「うん! そうよ!」

 イオルは美麻に抱き付く。そして、再会を喜ぶように二人して無邪気に、はしゃぐのだった。二人とも嬉しそうだった。顔を笑顔で埋め尽くしていた。

「知り合い……なのか?」

 オレがそういうと、イオルはオレの両手を握り、「当たり前。そうだった」とオレの目を見つめて言った。

「うんうん。そうだよ!」美麻もそれに同意する。

「そういえば……そうか」そう言われて、オレもそれを思い出した。

 オレがイオルと遊ぶようになってからしばらくして、美麻も混ざるようになったんだ。オレが美麻にイオルの事を話したら、「私も一緒に遊びたい」と言って、それから三人で遊ぶようになったのだ。イオルは最初、オレの時みたいに美麻に怯えていたが、意外とすぐにイオルは美麻になついた。美麻の人柄の良さもあるが、オレの友人ということから、多少抵抗感が薄れていたのかもしれない。

「イオルちゃんは今まで何していたの? 元気だった? ちょっと痩せすぎじゃない? ご飯はちゃんと食べてる?」

「あ……う……」イオルは美麻の質問攻めに困惑していた。

「グイグイ行き過ぎなんだよ」

「いやだって、あまりにも嬉しかったもんで……」

 少し美麻は涙ぐんでいたが、そこには触れないであげた。

「イオルちゃんのこの服って、トオルの……ぽいけど?」

「ちょっとな。着る服がなかったもんでオレのを貸したんだ」

「なんだ。言ってくれれば私のお古持ってきたのに」

「すまん。色々と忘れていた」

「ま、いいわ。それより、今日来られない理由って、イオルちゃんの事?」

「まあ、そうだな。色々事情があってだな……」

 どこまで話したらいいのやら。オレはチラリとイオルの方を見る。すると、イオルは微妙に首を横に振った。ちょっと頭が揺れただけかもしれないが、オレはそれを拒否の合図だと認識した。

「とりあえず、何か、イオルは家出していて……帰りたくない、らしいんだよ。それでさ、オレの所で少し泊まることになったんだ」

「あー。そうだったの。いろいろある年頃だからしょうがないわよね。でも、こうしてまた三人で遊べるじゃない」

「そうだな」

「何なら、ウチで食べて行けばいいじゃない。一人ぐらい増えても平気よ」

「……いいの?」イオルが美麻に訪ねた。美麻は陽気に「当たり前じゃないの」といった。イオルはうつむいて小さな声で「……ありがとう」と呟く。

「ああ、ごめん、悪いけど、オレ、ちょっと準備してくるわ。美麻はそこで待ってて」

 オレは会話を流す。美麻は「そうだね」と言って頷く。そして、「わたしも……」とイオルもオレについていく。最後に美麻が「早くしてね」と言う。

 オレはリビングの隣の和室に移動し、そこで身支度を行いながら、考えに頭を働かせる。はたして、これでいいのだろうか? オレの中では一つ不安がある。これで、もし美麻に火の粉が降りかかったら……? もし仮にイオルに関わった人たちに被害が来るとしたら、それは避けなければいけない行為だ。美麻だけではなく、その両親にまで面倒が及ぶ。やはり、断るべきなのではないか? 心配なら、それを打ち消せばいい。余計なことはしない方がいい。しかし、なら、いっその事、イオルの事情を説明した方が……。

「トオル……」オレはイオルに名前を呼ばれて、思考を止めた。イオルは根拠もなしに「大丈夫……」と言った。オレはイオルがそういうのなら……と、その言葉を信じた。果たしてそれは如何なものか。この選択が後々どのように影響していくのかは知る由もなかった。




 オレ達は身支度を終え、玄関に向かう。イオルには応急処置として、体操着ズボンを穿かせた。

「とりあえず、行こうか」

 オレは二人にそう言って、みんなで、この家を出た。家の電気も消して、戸締りを確認し、それから歩き出した。

「美麻の家につくまで、何か話すか」

「そうだね。でも、どこから話せばいいのか……」

 オレ達は日が落ちて暗くなった道を歩く。街灯が照らすその道を横に並んで歩く。ここは比較的幅が狭いので、三人が並べば、それで道がふさがる。後続車がいないかなどを確認しながら歩く。

 こういう場合は人通りが多い所を歩くのがベストなのだろうが、そうしていない。何故かと言われたら、特に理由がないので説明できない。だが、住宅街ではあるので、何かしら目撃はあるかもしれない。有名な話だが、もし困った場合は「火事だ!」と騒げばいい。その方が外を見る人の比率が多いから。兎にも角にも、何もないのを望む。

「外、恐い」

 これはどういう意味で言ったのかはわからないが、イオルは、オレの腕にしがみつきながら言った。

「イオルちゃんて、昔からそうだったよね」と、美麻は笑った。オレはあまり笑えなかったが、軽く笑ってみせた。

 だがしかし、イオルは美麻の言うとおり、外を恐がっていた。あの公園から出るのをことごとく嫌っていた。見知らぬ場所に行くのを拒絶していた。これも、それの一種なのだろうな。

「美麻。……手、握っても……いい?」

「いいよ」

 朗らかな表情だった。優しくイオルの要求に応える。

 今のイオルは、片方の手でオレの腕を持ち、身体をくっつける。そしてもう片方の手で、美麻の手を握っていた。少し歩きづらい格好だ。しかし、傍から見ると仲の睦まじい兄妹のようだろう。ちょっとだけ……嬉しかった。美麻は家族ではないのを理解しているのだが、それでも、この三人が家族である、そういう妄想を作り出せる。それは、オレにとってとても心が安らぐのだった。

「初めて……公園の外で、遊んだの……覚えてる? あの……でっかい、建物で……遊んだ」

 ここでイオルが過去話を切り出してきた。オレ達の目を交互に見る。

「ああ。あれか。そういえば、デパートのゲームコーナーで遊んだなぁ。覚えているよ。あまりにも人が多かったもんだから、イオルがオレの後ろでずっと隠れていたよな」

「それは……初めて……だったし……」

 イオルは少しふくれっ面になった。

「透はゲームが下手だったよね。UFOキャッチャーとか全然取れてなかったじゃん」

「アレは……いいだろう。軍資金少なかったし。それに、何個かお菓子とってただろう」

「誰でも取れるでしょ。安いお菓子がたくさん入っていた奴だったし」

「厳しいなぁ。でも、イオルを使ってちょっとイカサマしたよな」

「……ちょっと、ドキドキした」

「パイの実は美味かったよね。だけど、アレは一回だけだったよね。やっぱり、そういうのはよくないって……」

「そうだったよなぁ。懐かしい……」

「楽しかった……よね……」

 もう一度あの頃に戻りたい、と不思議な気持ちになった。懐旧に浸り、もう、あの頃は戻ってこないんだよな、と哀しい気持ちになった。

「そうだ!」美麻は何かを思いついたようにパンと手を叩く。

「……どうしたの?」

「明日、買い物に行こうよ。イオルちゃんの服とか、髪とか……いっぱいやる事あるじゃない?」

「ああ。それはいいかもしれないな」

「えっ……いいよ……別に……」イオルはフルフルと首を横に振った。遠慮をしているのだろう。

「いいじゃないの」美麻はイオルと握っているその手をぶんぶんと縦に振った。イオルは軽い悲鳴を上げていた。「だってさ、イオルちゃんさ、ずっと暗い感じじゃない」

「そう……か?」鋭いな。でも、確かに、明るくはないよな。

「だからさ、久々に楽しいことをして、羽でも伸ばそうよ。遠慮なんかいらないわ」

 美麻は笑いながらそう言った。

「…………うん」イオルはあまり浮かない顔だった。

「やはり、人混みが嫌なのか……?」

「……うー……ん。そう……だね」

「大丈夫! 何とかなるって」

「そういう根拠はどこからでるんだよ」

「特にない」

「あ、そう」

 兎にも角にも、明日、オレ達は遊ぶことにした。昔のように三人(・・)で。




宇宙人とかの話は多分次で掘り下げるので、分かりづらくても大丈夫です。でも、同じことを書くだけかもしれません。

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