今に
はい。前回よりは短いです。
9
あれから半年が経った。
イオルは何とか生きていた。元から空腹に慣れていたし、まともな食事もしていなかったおかげで、何でも食べられた。なので、飢えに苦しむことは少なかった。食べ物はゴミ袋をあさったりした。土や草や水で空腹を紛らわすこともできた。それで凌いでいけていた。
細かった体はさらに細くなり、骨のようだった。体調もあまり優れない。意識も朦朧としていた。そんな日々を過ごす。
イオルは安眠などできやしなかった。
イオルは悪夢を見る。あの事故の様子を。自分は記憶にない。だが自分がやったようなことになっている。でも、現にそうなのだ。もう、イオルは訳が分からずにそれを背負い続けていた。
私は、どうしていたか。閉じこもっていた。自ら箱に閉じこもっていた。
私のせいでイオルがこんな目にあっている。更なる過酷へ歩かせてしまった。負い目があった。でも、恐かった。イオルにさらに嫌われるのが。そして、責められるのが。私は卑怯者だった。イオルをさらに苦しめるだけの最低な存在でしかない。
私はイオルの心の隅っこでうずくまっている事しか出来なかった。励ます言葉も思い浮かばなかった。イオルは、この半年、訳も分からずに生活していた。私は本当に申し訳ない気持ちで一杯だった。
そんなある日の事だった。
『研究員』のやつらとであった。その時に指揮を取っていたのは、黒木ではなく別の奴だった。それが誰かは分からない。男だった。でも、今はそんな事など関係ない。そいつらはイオルを取り囲んだ。そして、イオルがした事を責めたてるのだった。
イオルはあの事故の事を振り返るが、あれは、自分の意思ではない。そう言い張る。だけど、当然のごとく、そんな言い分など聞きいれられるわけがない。連行されそうになる。
イオルは自分のその罪を押し付けられたように感じた。
イオルは必死に逃げた。訳も分からずに。無我夢中に。そうして、なんとか逃げる事に成功した。
イオルは自分の居場所がどこにもないのだと知って、泣く。そして、あてもなくただたださまよい続けるのだ。『研究員』に追われながら。
月日は更に流れ、三年が経った。
イオルは寝どころをずっと転々としていた。橋の下や、どこかのボロボロの倉庫。路地裏。色々なところを歩き回り、さまよい続けた。
空腹が満たされるときなどありはしなかった。自分が満足できた生活など一片たりともなかった。たいていのことは慣れているイオルだが、一つだけネックな事があった。それは、季節の変動だった。特に冬。段ボールやら捨てられた布をかき集め、暖を取れてはいたが、それでも、寒さを完璧にやり過ごすことはできていない。ガタガタと震えながら生活する。
安眠など許されなかった。
イオルはある橋の下にいた。そこを借り拠点として生活していた。
イオルは、そこであの事故の事をずっと考えていた。ノボルの死。そして、透の言葉。あれがフラッシュバックしていた。耳に残っていた。
結局自分は一人になるしかないのだ。化け物は化け物らしく。大人しく虐げられるのがお似合いなのだ。これは罰なのだ。希望を知った自分への罰なのだ。もう……どうにでもなれ。
イオルは体育座りで、顔をうずめて、むせび泣く。
そんな時、一人の少女に出会った。
『どうして泣いているの?』その少女の第一声だった。イオルは顔をあげた。涙をぬぐいながら。イオルは座る向きを変える。顔を合わせないようにしたのだ。涙は止まらなかった。
その少女は『どこか痛いの?』と心配して近づいていく。
イオルは『近づかないで!』と少女を遠ざける。優しくされたとしても、また失う。だから、それが嫌だったのだ。
『ご、ごめんね……』
少女は謝る。そして、たじろぐ。
イオルは、それで満足した。これでよかったと。こうやれば、誰も近づかないんだ。だけど、胸が苦しくなった。
イオルはこれで少女がいなくなると思った。邪険に扱えば誰だってそうだと。しかし、その少女はイオルの期待を裏切り、傍に来るのだった。
そして、後ろからイオルを抱きしめる。
『大丈夫だよ。私は、傷つけないよ』
イオルは胸が苦しくなる。その少女を受け入れたくなってしまう。だが、イオルは突っぱねた。少女は尻餅をついた。
イオルは能力を使った。適当に物を浮かせた。そして脅し文句を言う。自分の力を見せつける事で、遠ざけようとしたのだ。そうすればみんな自然と離れていくからだ。
しかし、少女はあろうことかそれを受けいれたのだ。
いや、むしろ喜んでいた。笑っていた。嬉しがっていた。それはどういう訳か理解が出来ていなかった。
イオルは振り返り少女を見た。イオルは少女の容姿に愕然とした。
包帯だらけの体だった。左側の半身に包帯が巻きつけられていた。そして顔は右目に眼帯をしていた。その隙間から火傷のような跡をちらつかせていた。金髪で肌白く、唯一見える眼は緑色で、美しい瞳をしていた。
『キミも私と同じなんだね』
イオルは最初、意味が分からなかった。少女が何を言っているか分からなかった。でも、すぐにその意味が分かった。
少女は適当に物を指さした。そして指をクイッと軽く上にあげた。そうすると、物が自然に浮いたのだ。誰かが持っているというわけでもなく。浮遊したのだ。
イオルはそれを見て目が点になった。イオルは本当に驚いていた。そして、少女の意味を理解した。
もしかして……あなたは……? と。
少女はこくりと頷いた。
『私は、キミと同じ『SMP』だよ。嬉しい。こんなところに仲間がいるなんて』
少女はイオルに飛びついた。そして抱き付く。イオルはそれを受け入れていた。
イオルは葛藤する。もう、誰とも関わらないと決めていた。そうすれば誰も傷つかなくて済む。
だけど、それでも、イオルは望んでしまった。友達という存在を。やはり、諦められなかった。他人という存在を。
イオルはギュッと少女を抱きしめた。イオルは泣き崩れた。それを貰ってしまったのか、少女も号泣した。
それから、二人は遊ぶ仲になっていき、友達という存在のようになっていった。
これがイオルとリリィの出会いだった。
そう。この少女こそがリリィ。本当の名前はエミリー。イオルと同じで、名前を変えた仲間。このエミリーが「イオル」という名前をつけ、イオルを庇って連れていかれる。女の子だ。
この頃はまだエミリーだけど、リリィと呼ばせてもらうよ。
リリィは、イオルに服やご飯を持って来てくれていた。量は少ない。親にばれないようにそれを持っていくのが一苦労であったためだ。でも、イオルは大助かりだ。
リリィの親切はそれだけではなく、隠れ家も提供してくれたのだ。山にポツンとある廃墟なのだが、そこをリリィは貸してくれた。ここはリリィの秘密基地のようで、一人になりたいときにここをよく使っているらしい。ボロボロではあったが、イオルにとって、嬉しい限りだった。
リリィは、イオルと同じで、『SMP』の一人だった。私たちと比べて、能力は一つしか使えなかった。サイコキネシス。それだけのようだ。しかし、だからというべきか、力はリリィが圧倒していた。万に通ずる者が持つその中の一つの力よりも一つに物事を絞った力の方がはるかに優れているというのだろうか。
リリィは友達がいなかったらしい。家の関係上、そういうのは一切禁止されていたらしい。たまに家に出してもらえるが、ほとんど牢獄のようなものらしい。親が科学者らしく、『SMP』の研究にリリィを利用しているようだ。実の娘であるのに、扱いはモルモット。リリィはそんな生活に嫌気がさしていた。地獄のような生活。だから逃げ出したかったのだ。
リリィが包帯だらけの体になってしまったのはその親の所為だ。人間と『SMP』の体の構造や痛覚が似ているものなのか。どの程度の衝撃まで耐えられるのか、能力の限界などの実験にこの身を酷使されて出来上がってしまったものだ。
リリィは、『SMP』は希少であり、仲間などまず望むことが絶望的だと教えられていた。だけど、こうして自分と同じ仲間に巡り合えたことに感銘を受けた。そして初めての友達となってくれた。
リリィはイオルの生い立ちを聞き、胸を痛ませた。『SMP』という存在はこのように虐げられるために生まれてきたのか。そう思い、悲しくなっていた。リリィはアレを事故といった。不慮の事故。だから、気に病むことはないんだよ。そう励ました。
だけど、イオルは複雑だった。そう捉えていいのかどうか。イオルは悩むが、そうやって言い聞かせた方が気は楽になる。そうはなるが、してはいけないような、罪悪感がある。イオルはとうとう答えは出せなかった。
リリィはイオルの能力を知った。イオルが自分で教えた。というか、あれこれ出来るよとなかば自慢のようなもので紹介した。そうすると、リリィは驚愕した。なぜなら、能力をいくつも持っているからだ。
リリィが父親から受けた説明によると、一つの個体には一つの能力しか備える事が出来ない。そう教えられた。だけど、目の前にそれを打ち破る存在がいたのだ。リリィは畏怖する。
リリィはなんとしてでも父親にイオルの存在を知られてはならないと瞬時に悟った。自分と同様な、いや、それ以上に過酷な実験を強いられるのではないかと。
リリィは、必死にイオルを隠した。
しかし、危機が迫る。
リリィはイオルの為にご飯を持って来てくれていた。それをとうとう父親に見つかってしまったのだ。リリィは『野良猫にエサをあげているの』と父親に説明した。すると父親は『それならば、ここへ連れてきなさい』といったそうだ。
リリィは前に小鳥を無断で飼ったことがあるそうだ。実験の毎日で心身ともに疲弊している所に出会った小鳥。リリィは大事にしていたのだが、それを知られて目の前で小鳥を握りつぶされたという嫌な過去があった。だからきっと今回もそうするつもりなのだと悟った。
しかも今回はそれだけではない。大切にしているのが猫であるというのは嘘で、自分よりもさらに珍しい『SMP』だったからだ。もし素直にイオルを連れて行けば、イオルの身が危険にさらされる。それはなんとしてでも避けたい事だった。
リリィは決意した。イオルと共に逃げようと。自分の家を捨てて、どこか遠い所へいなくなってしまおうと。
リリィは『連れいていきます』と、父親にそう告げてイオルの所へ向かったそうだ。密かに溜めていたお金を少し持って。
リリィはイオルに事情を全て話した。そして、一緒にどこか遠い所へ行くことになったのだ。
イオルの逃避行はリリィという付き人を加え、さらに続いていくのだった。
逃走生活に、リリィという存在が加わって一か月ぐらいがたった頃。二人はなんとか生活できていた。リリィのわずかなお小遣いはちょくちょく使ってしまったが、まだ残っていた。
一人でいる時より、生活が厳しくなった。今までの食糧や水は半分になってしまったからだ。だけど、そんな辛い生活でも、凌いでいけた。二人だったから。心の安らぎがあるのだろう。互いに励まし合えるという存在が心の安寧となったのだ。
イオルはリリィにこれで本当によかったのか尋ねた。自分をかばったばっかりに、こんなことになってしまって……と。そんな心情から。
リリィは優しく微笑みながら、良かった。と答えた。なぜなら、あの家に永遠にいるよりも、こうやって大好きな友達と一緒にいられる方が幸せだから、と。
イオルは自分が沢山の人を傷つけた存在でも? とさらに聞いた。
リリィは、それでも、イオルはイオルだよ。私はイオルが優しい子だって知っているから、他の人が何を言おうとも、私が守ってあげるよ。と、そんなことを言ったのだ。
イオルは嬉しくてしょうがなった。こんな自分これほどまでに好きでいてくれることに。
リリィはある提案をしてきた。
それは、過去の名前を捨てよう。そういう事だった。
今の自分たちは、もう、今までの自分たちとは違う存在である。リリィは、親からの支配から逃れ、別の土地で暮らしている。縛られた世界から脱却した。だから、その親から貰った名前を捨てて、これからは新たな「自分」として生まれ変わり、生きていくんだ、と。
イオルは賛同した。リリィの言った通りに、これからの自分も変われるかもしれない、と。「雪華」という忌まわしき過去の自分を捨ててしまえば、それだけで楽になれる、と。
そしてイオルは『雪華』を捨てた。『私』を捨てた。箱を海の中へ放り込んだ。重りをつけて。浮かんでこないように。私は深淵の闇の中で一人をさらに強いられる。
イオルは、リリィと名付けた。たまたまそこにユリの花があったからだ。白く気高く美しく咲くその花に魅了されたのだ。イオルはリリィにユリの外国語は何かと尋ね、リリィと答えたから、そうなった。
リリィはその名前を気に入った。イオルから貰った名前ならなんでもよかったのだろうが、まあ喜んでいた。
そしてリリィはイオルという名前を上げた。リリィの大好きな絵本に登場する主人公である女の子の名前がそれだったからだ。
互いに名前が決まった二人は、昔の自分を捨てて、新たな自分として生きていこうと意気込むのだった。
そうして一年の月日が流れた。
イオルたちはお互いに助け合いながら苦難を共にしていた。そんな二人はある運命によって引き裂かれる事となる。
『研究員』の襲来だった。何度かピンチはあったが、切り抜けてきた。しかし運悪く今回は逃げ切ることが出来なかった。
包囲され、まさに背水の陣。二人は物陰に潜み、やつらが立ち去っていくのを願いながら丸くなっていた。息を殺す。緊迫した状況だ。下手に動いたらやられてしまう。
リリィは決断した。自分がおとりになってイオルを逃がそうと。当然イオルは拒否する。そうして言い争う。これが二人にとっての初めての喧嘩だった。
そうこうしている内に見つかってしまった。そして、捕らえられる。二人とも。
その時に、黒木と出会うのだった。黒木はイオルを見るやいなやものすごい剣幕でイオルを殴り飛ばした。そして、黒木はイオルにあの事故の事を問い詰めた。イオルは何も言えなかった。
イオルは過去を捨てようとした。だけど、その過去は捨てられないのだと分かってしまった。だからこうやって、自分を恨むやつが、現れ、自分を責めたてる。
イオルはふさぎ込む。自分はどうしたらいいのかが分からなかった。黒木は「死ね」と冷酷に言い放つが、イオルはそれも嫌だった。
自分のそれはわがままであろうか。至極まっとうな思いではないか。しかし、あの事故の原因は紛れもなく自分自身。だから、死ねばいいのか。
母親に殺されかけた時抱いた気持ちは、この時にはなかった。あの時は、辛い事しか頭になかったからだ。ぼんやりした頭で今しか見えていなかったからだ。今は白濁とした意識の中ではない。明快な意識の中、友人も傍にいる中。死にたいとい感情は不思議なほどに消え去っていた。
もう少し生きたい。その気持ちの方が強かった。
しかし、それははたしていいのだろうか。それが人を沢山傷つけたものの欲求で正しいのだろうか。
イオルは迷うが答えは出なかった。
そうして。このまま二人とも連れて行かれる。と思った時だった。リリィが能力を使用し、逃げる隙を作ったのだ。それを利用して二人は逃げる事に成功する。
リリィはそれに喜んだが、イオルはあまりそうでもなかった。自分の行いを自問自答し、苦悩していた。このまま逃げていいのだろうか。などと。
イオルは立ち止まった。そんな暇は無いのに足を止めた。リリィはイオルの手を引いて必死に逃げようとするが、肝心のイオルが動かないのだ。
そうこうしている内にまた、ピンチに陥る。二人はまた物陰に潜む。
リリィは、意気消沈したイオルを見ていられなかった。リリィは一年間。傍でずっとイオルを見てきた。惨めな生き方をしてきたのをずっと見ていた。隣で。だからイオルの事を誰よりも一番理解していると自負していた。イオルは確かに罪を犯したかもだけど、それに見合うような苦しみをずっと味わってきた。それに、誰よりも心が綺麗だという事を知っていた。
だからリリィはイオルを気絶させた。そして自分だけが投降しようと。
イオルはまだ死んではいけない。まだ何も知りえていない。誰もが当たり前に感じている物事を。何もかも。それはリリィ自身にも言える事だった。だから、リリィは、今後自分では手に入れられないものをイオルに託したのだ。イオルがそれを、幸せを、自分の分まで十分に手に入れてほしいとそう願いを込めて。
リリィは多分それでよかったのだろう。自分を犠牲にする事でこの子が幸せになることが。
たとえ死よりも辛い実験台として扱われるモルモットになろうとも。リリィはそれでよかったのだ。
自分の醜い部分を好きでいてくれたイオルの為なら。この身など喜んで差し出そう、と。
自分はもう醜い。だから、これ以上どんな姿になろうとも結局はただ醜さが増すだけであまり変わらない。
リリィは眠っているイオルにキスをする。自分の最初で最後の友達に。
そしてリリィは一人で投降していったのだ。
イオルは起きる。すると、そこは静寂に包まれた空間となっていた。誰もいない。物静かだ。イオルはハッとする。そして、リリィの名前を呼んだ。何度も。声が枯れるまで。だがしかし、返事はなかった。虚しく残響するだけだった。
イオルは悟った。リリィが自分の身代わりになったのだと。
泣き崩れた。叫び声をあげる。喪失感。張り裂けそうな胸の痛み。
イオルはまた失ってしまった。
大切なものを。また。
自分の所為で。
イオルは自分の存在を嫌った。他人を不幸にさせるだけの存在を。
自分の人生はいったいなんだったのだろうか。
黒木の言う通りで、死んでしまえばよかったのか。
自分はただ、ちゃんと生きたかった。生きる希望を持った。生きたいと思った。それが罪だったのだろうか。だからこうやって自分から全てを奪い去ろうとしているのか。
イオルにはもう何が自分の罪なのかがわからなくなっていった。
だけど、あの事故は自分が起こした罪であるというのは認識できた。
じゃあ、自分はどうすればいい? 何をすればいい?
捕まるのは嫌だ。かといって死ぬのは恐い。
イオルは答えのない迷宮に迷い込み、また一人ぼっちで生きていくのだった。
⒑
「あの子はそれから三年を過ごしてきた。私の罪をその一身に背負いながら」
「……」
雪華はずっと話していた。事故が起きてから七年間のお話を。
「そして、どういう因果か、あの事故からちょうど七年後に透と出会った」
「あれは、偶然だったのか?」
「だとおっもうよ。適当に逃げ回っていたら、気がつけば懐かしい所に戻って来ていた。そして、そこで『研究員』の襲撃を受けた。その時に黒木がイオルを撃って、それで……。……無我夢中に逃げて、誰かの家に入った。それがたまたま透の家だった。……面白いよね。運命ってさ」
雪華は鼻で笑った。
「透と再会した時イオルは複雑だった。会えてうれしいという気持ちと罪悪感。それが板挟みになっていた。最初、イオルは透だとは分からなかった。意識がぼんやりしていたし、成長していたから。しかし、透に触れたことにより、それが分かった。サイコメトリーという奴だね。それが勝手に発動した。それで君があの透だと分かったのだ。本当は知らないフリをしたかった。しかし弱っていたイオルはついポロッと透の名前を呼んでしまった」
「確かに、そんな感じだったな」
「そしてイオルはやってしまったと後悔する。それと同時に記憶を封じていたことを思い出した。自分の事を透が知らなくて当然だ。イオルはなんとか誤魔化せばいいのに、どういうわけか透の封じた記憶を解いた」
「だから、自然に記憶がわいてきたわけか」
「記憶に関する能力は相手に触れて尚且つ目を見なければ発動できない。それをやりながら記憶を起こした。あの時の透は、七年前のあの事故が起こる前までの記憶を憶えていたんだよ」
「そうだったのか」
「うん。でも、それはダメだと気づいた。美麻が来た時イオルは美麻を利用としようと考えた。そうして、イオルの中にあるノボルの記憶を透に移しかつ過去の事象をずらした。そして美麻には透の記憶を。要するに、七年前のあの仲良しグループを変えた。透をノボルの立場に。美麻を透の立場に」
「七面倒くさい事を……」
「それで、また透の記憶は変わった。というか変えてしまった」
「はた迷惑な話だよ」
「だよね。でもね、イオルはすぐにいなくなろうと考えたんだよ。この能力は持って一日だから、その間に逃げようと。そうすれば傷は広がらない」
「しかし、ずっといたよな?」
「遊びに誘われたという事が転機。イオルは頭では理解できていたが、どうしても七年前と同じように遊びたかったんだ。それだけの理由だよ。でも、はたしてそれでよかったのかな?」
「オレは……別によかったぞ。たとえ七年前になにがあったとしても、昔のように遊べたのはよかった。これは断言できるよ」
「ありがとう。イオルは、透のそんな優しい所をよく覚えていたよ。昔のように変わらない優しさをね。しかし、驚いたことは一つあった。透がイオルの事をウサギだといった事。あれは、ノボルが初めて会ったときにイオルへ言った言葉だったから」
「あいつも、そんなことをな……」
「まあ、そこはいい。透。イオルはね、確かに記憶をいじったよ。でも、本当に、罪の意識はあった。それは全てにおいて」
「話を聞こうとした時、イオルは謝っていた。オレはアレを聞いてはいけないことを聞いてしまったから謝ったかと思ったが、違っていたんだな。あの事故の事を謝りたかったんだな」
「……そう。でも、満足に伝わらなかった」
「だが、今はもう伝わった」
「うん。そうだね。ありがとう。それで……後の事は透も知っているよ。イオルはもっといたいけど、でもそれを望んでは駄目。という葛藤ばかりをしていた」
「……そうか」
「事故現場で、花を添えた時も、誠意はあった。でも、花が飛んだ。多分あれは拒否だったのだろうね。まだ伝わっていない。それもそうだよ。人を騙している最中だし、自分でもよく理解していなかった」
「なるほどな」
「黒木と会って、透をさらに巻き込んだね。一日だけという弱い気持ちがそれを招いた」
「だが、アレはオレの意思だ。仮に友人であろうとなかろうとオレは同じ行動を取っていた」
「フフ。甘くて優しいよね」
「まあ、サンキュな」
「そして、あの廃工場での囮作戦。イオルが透に全てを話すことを決意したのは、もう巻き込めないと思ったからと、透がイオルと逃げた時に黒木が屋上で部下に命令していた言葉を聞いたことによるもの」
「黒木はなんて言ったんだ?」
「邪魔者は殺せ」
オレはぞくっとした。
「だから、松田の件もあって、イオルは透に全てを話し、終わる事を望んだ。そして、自分のこの行いを振り返り、それが一番いいと判断した」
「イオルが……」
「イオルにとってはそれがベストだったんだ。そして、救われた気がした」
「これが……全てだよ」
雪華は座り込んだ。そして、正座になった。オレをじっと見た。
オレはこくりと頷いた。
「ああ。分かった。今までの事は」
「私もね、ずっと透に謝りたかった。今、ここで改めて言うよ。イオルの口から出は泣く、私自身の口で。ごめんなさい」
頭を深々と下げた。
オレは片膝をついて、「顔をあげろよ」と肩を軽く叩いた。
「私は……許されるはずはない。でも、こうやって気持ちがいくらかは晴れた。透が持っているイオルの誤解を少しでもとけてよかったよ」
「……」
「ねえ。私はどうしたらいいかな? ううん。許されるなんて思ってはいけないね。おこがましいにも程がある。私は、罰を受けたい。断罪してもらいたい。これは……この罪は、イオルではなく、私自身の罪なのだから」
オレは少し考えた。
「お前はどうしたいんだ?」
「私……私は……」
雪華は悩んでいた。答えが見つからないようだ。
オレは、雪華の話を聞いて、そしてこのGWの体験からある結論を導くことが出来たような気がした。それがなんなのかはまだ考えがまとまってはいないが、それでも、ざっとだが分かった。
「もう……。どうしようもないんだ。私は、イオルを傷つけ、他の沢山の人を不幸にしてきた」
雪華は背中を見せた。
「私は、ただ普通にイオルに自分を見てもらいたかった。共に生きたかった。イオルの笑顔を見たかった。私にそれを見せてほしかった……。それだけなのに」
雪華の肩が震えだした。
「イオルが人を不幸にするんじゃない。私が不幸にしているんだ。疫病神。いるだけで邪魔な存在」
雪華は拳をぎゅっと握る。そして、ポタポタと涙をこぼす。
「私は……ずっとイオルに……謝りたかった。こんな私がそばにいてごめんね、と。そして……大切なものを奪って……全ての責任を押し付けて……ごめんね……って……謝りたい。謝りたいんだよ……」
「……」
オレは雪華に近づいた。雪華は嗚咽を漏らしていた。下を向いていた。オレは雪華の肩を掴んでオレの方を向かせた。雪華は顔を合わせなかったが、構わなかった。
「その気持ちで十分じゃねぇか」
オレは自分の思った事をそのまま雪華に伝えた。
「えっ……?」
「雪華がやったことは、そりゃ取り返しのつかない事だ。だから、償うべきではあるんだ」
「でも……それじゃあ……」
「まず雪華が何をしなくてはいけないか。それを決めるのはオレじゃない。雪華だ。だけどオレにはアドバイスをすることが出来る。今、雪華はもう一人の自分のイオルに謝りたい。そう言った。まずはそれからだよ。それで、一歩前へ進めばいい。それから自分のなすべきことをもっとやっていけばいいんだ」
「……」
「自分もまた他人であるんだ。だから、自分といつも一緒にいるその他人に認めてもらえる。許してもらえる。それが身近にあり難解であるものだ」
「でも……イオルは……私の事なんか……」
「そうやって「でも」とかいって言い訳をする。甘んじているだけだよ。勝手に線引きをしているだけだ。ちゃんと測ろうとはせずに目測で距離を決めている。こうしたいという気持ちが本当にあるのならちゃんとそれに向き合う勇気と覚悟が生まれてくるはずだ」
「……。できるのかな?」
「信じていればきっと」
「許してくれなかったら?」
「それだったら方向性を変える。今のやり方では駄目だと反省し、別のいい方法を考える」
「……難しいよ」
「そういうものだと思うんだ。何事も。苦労せずに手に入れられるわけがないんだ」
「そう……だよね」
「雪華は……いや、イオルもか……。お前たちは立ち止まってしまっているんだと思う。途中で道が途切れている。その先には何もなく、暗闇しかない。その入り口に前で立ち往生しているだけなんだ。だから、一歩前に出て、その道を突き進んでいくべきだ」
「だけど、道に迷っちゃうよ?」
「それでいいんだ。正しい道なんかはない。自分が歩いたところに道が出来ていくんだ。それが自分への標となるんだ」
「……」
雪華は顔をあげる。
「だけど、安心しろ。雪華は一人じゃない。オレがいるよ。暗闇の道を並んで歩いたり、引っ張ってあげることが出来る」
オレは雪華の頭を撫でた。
「だからまずはその一歩を踏み出すことだ」
「…………うん」
雪華はこくりと頷いた。
「逃げない事だ。自分から。立ち止まったままにしないことだ。後ろばかりを向いてはいけないんだ。前を見て、少しずつ踏み出していく事なんだよ」
雪華は涙をぬぐった。
「うん。……わかった。だけど……まだ……その勇気が……出ないんだ。恐いんだ……」
「焦らずにいけばいいと思う。いきなり行けと言われてもダメなんだ。失敗する。急がば回れだ」
「ずうずうしいかも……。だけど……もう少し……時間が、欲しい……」
「わかった。だけど、必ずやれよ。そして、それから自分をどうしていくか。それを決めるんだ」
「うん。必ず……。だから、待ってて」
「ああ。オレも見ててやるよ」
オレはほほ笑んだ。雪華もつられて笑う。
「だが、まだ……他に、やるべきことがあるな」
「それは?」
「いや。それは雪華の方じゃない。イオルの方だ」
オレはそっちの方でもまた、導き出さなければならない。
オレは天を仰ぎ見る。
そうすると画面が揺らいだ。眩暈がした。
「……ごめんね。もう……話せる時間が……ないみたい……そろそろ、私の体力が……」
雪華がそう言った。イオルに力の大体を持っていかれているから、この現状を維持するにも限界があるのだろう。
「そうか。……ありがとう。話を聞けて良かった」
「ううん。私こそありがとう。必ず……必ず……前に進むから」
「ああ。そうできるよう願っている」
フラッとした。意識が段々と薄れていく。
「じゃあ……最後に……一つだけ……いいかな?」
「何を……?」
雪華は指をならす。そうして場面が変わる。あの、公園だった。そこにまた戻ってくるのだった。
「どうしてここへ?」
「イオルがノボルと最後にあった日の事。あの二人はここでノボルが考えたおまじないをした」
「おまじない?」
「そう。それはおまじないというよりかは、約束だ。互いに守るべき約束を交わしただけ」
「そんなことが……」
雪華は砂場に歩いていく。その砂場には誰が作ったのか、山が作られていた。そして、トンネルが掘られていた。
「トオルも、こっちへ来て」と雪華は手招く。オレはその山へ歩いていく。「ここでね、手を通すんだ。そして、互いに約束事を言って、指切り。それだけ」
「なるほどな」
オレはクスリと笑った。
「これは、ノボルとイオルの二人だけの秘密の約束。だけど、私たちも、やってしまおう?」
「ああ。わかったよ」
オレは山の中に腕を通す。雪華もそれをする。そして、トンネルの中でオレ達を小指同士を結んだ。それから互いに約束事を言った。
「私は……逃げない。自分自身から。そして、罪からも」
リリィはそう言った。オレも続いている。「じゃあ、オレは……」と。自分の約束を述べた。
そして、指を切った。
「必ず、守るからね。だから、待ってて」
「ああ。分かった。少し遠いかもしれないが、それでも、オレは隣にいるさ」
「うん。ありがとう。トオルに出逢えて……よかった」
「オレもだ」
そして、景色が消え去った。目の前から光景が無くなった。雪華が目の前からいなくなった。
暗闇になった世界でオレは目を閉じた。
⒒
「うっ……」
オレは目を覚ました。ゆっくりと起き上る。オレは爆音に顔をしかめた。そして何事かと音がした方を見た。
そこには、能力を抑えられずに暴れまわっているイオルとそれを止めようとしているソーの二人の姿があった。イオルは無傷なのに苦しそうだった。ソーは舌打ちをしながら飛び回っていた。
瓦礫が宙に浮いている。それが勝手に踊っている。ソーを攻撃していた。ソーは紙一重にそれをよける。防戦一方という感じで、攻撃に転じられずに四苦八苦いているようだった。
とりあえず二人の戦いは凄いものだった。人間離れしているといっても過言ではない。目で追えないような速度で移動したりや天井にまで届く跳躍。
爆発やらも起きていて、本当の意味で火花が散っていた。
オレはゆっくりと立ち上がる。考えを巡らす。
「オレのやるべきこと……」
オレは呟いた。そして、イオルの記憶の中での雪華との会話を振り返った。
あいつに……あいつらにやるべきことがあるなら、オレにだってある。
オレは小指以外の指を全て折りたたんで、その小指をジッと見つめた。そして、ぎゅっと拳を握った。
「ようやくお目覚めですか」
オレは声の主が誰かすぐに分かった。
こんな光景を目の当たりにしたので、目覚めたばかりだというのに頭が良く働いていた。
「黒木……さん」
「呼び捨てで結構ですよ。「さん」だとかそんなの、今はどうだっていいのです。ところで。急所が外れて良かったです」
「黒木は、オレに対して、恨みがあっただろう? なのに、どうしてそんな事を言うんだ?」
「……。貴方が私の気持ちや今までを、全て否定してくださったのでね」
心にもない事を。皮肉だ。
「いや……確かにそうだが……」
「今は落ち着いていますよ。すみませんね。貴方を撃ってしまって。反省をしています」
「なんで……?」
「まあ、いいでしょう。あの娘が撃たれた貴方を見て、このように暴れだしました。それを彼がああやって相手をして我々の被害を最小限に抑えようとしています」
「ソーが……」
「やはり、彼女が我々の敵なのです。アレを見れば分かるでしょ? このような爆弾を彼女は抱えているのです。力のなき弱きものにとっては畏怖の対象であり、脅威なのですよ。たとえ貴方が私の気持ちを惑わそうとしても、それは揺るぎない真実なのです」
「いや。アレは……事実だ」
「貴方はそう。事故であるといいはる。それは事実でしょう。私も思いだしましたよ。確かにあの車がこちらへハンドルを切った。でも、考えてみてください。原因はなんなんでしょうか? それは彼女です。彼女が飛び出さなければ、こうはならなかった。貴方たちの方にも落ち度はあるでしょう。でも、要因は、彼女です」
オレはイオルの記憶を思いだす。
「互いに不注意の事故となるでしょうが、話はそれで終わりません。あのような能力を使い、彼女は被害を拡大させたのです。それは確かな罪ですよ。罰が必要なのです」
「……」オレは黙った。
「危険な存在は排除。異常なものは排除。それがこの世の定めですよ」
「なあ……黒木……本当にそうだと思うのか?」
「ええ。もちろん」
「だったら、オレがそれは違うと証明してやる」
「どういう事ですか」
「そのままの意味だ」
オレは歩きだした。危険地帯に自ら赴こうとしている。
「ちょっと、おやめなさい!」
黒木が止めようとする。だが、オレは構わずに歩きだす。
これがオレのやるべきことだ。だから迷わない。
ガラスの破片がオレの方へ飛んでくる。それは運よく逸れた。ただ頬をかすめて切れただけだった。
これから先は命を伴う。だが、そんなのは関係ない。命を賭してまで進まなければ何も変わらないからだ。
「ソーさん! 下がってください! あとはオレがやります!」
オレはソーに向けて言った。ソーは驚愕した面持ちで「何を言っているんだ! あぶねぇから下がっとけよ!」と怒鳴る。しかし、オレはもう一度ソーに頼んだ。ソーは舌打ちをしてイオルの攻撃を防ぎながらわずかに下がった。
「イオル! こっちだ!」
オレは自らを標的にさせた。そうしてイオルの視線を完全に向けさせる。
オレはまっすぐ進んでいく。視線は絶対にそらさない。向き合い続ける。
イオルは奇声をあげる。そして何かの能力を発動させた。オレは吹っ飛んだ。身体が空中に浮き、数メートル飛んだ。そのまま地面に叩きつけられると思ったが、間一髪のところをソーに助けてもらった。だからそれほどダメージはいっていなかった。
「どうしたんだよ。お前は」ソーはやや怒り気味で言った。
「手は出さないでください。これは……オレとあいつらとの問題です。オレが……やらなくてはいけないんです」
オレは立ち上がる。フラフラの足取りでまたイオルに歩み寄る。
「イオル。オレはお前に何もしないさ。誰も傷つけない。そうはさせない」
オレはイオルに話しかける。しかし、イオルは聞く耳を持たない。それだけではなく物を飛ばしてきた。何かの器材だ。それはオレの左肩に直撃する。オレは肩を抑える。苦痛が広がる。だが、止まらない。
オレは懸命にイオルの傍に行こうとする。イオルは絶叫する。苦しむ。もがいている。
ガラスの破片がオレを目指して飛んでくる。だが、それは外れる。外傷はなかった。
どんどんと距離が縮まっていく。
イオルは暴れながらオレに攻撃を打つが、どれもこれもぎりぎりのところで外れる。
そうして、とうとう、手の届くところまでやって来た。イオルは最後に攻撃を仕掛けてきた。それは目視が出来ないものだった。威圧感だけを感じた。しかし、オレはよけなかった。それが見えていなかった、というのではなく、イオルなら大丈夫だという信用からだ。
イオルが叫びながら攻撃をしかけたあと、オレの横側に強烈な風圧が届いた。思わず体の全てを持っていかれそうなほど重たいものだった。
しかし、オレは耐える。歯を食いしばり、足に力を込めてそれを乗り切る。
オレはイオルを見る。イオルは狂気の孕んだ瞳でオレを睨み付ける。そして、また何か攻撃を仕掛けようとしている。
「もう大丈夫だ」
オレはイオルをそっと優しく抱きしめた。
「恐いものはもう、ない。だから、落ち着いてくれ」
腕の中でイオルは必死に暴れる。力は向こうの方が上だ。
「オレはお前を傷つけない。だから落ち着いてくれ」
オレも力強く抱きしめているわけではない。だが、イオルはその腕を振りほどけないでいた。
「イオルは……もう、苦しまなくていいんだ。もう十分に苦しんだ。だから、もう、楽になっていい」
イオルの暴れる力がどんどんと小さくなっていく。やがて、それを受け入れるように力が抜けていく。
「バカな事をやって、遊んで、話して、笑いながらみんなで普通に日々を過ごしていきたい。その中には、お前もいてほしい」
イオルは「うっ……うっ……」とうめき声をあげる。瞳にあった狂気が薄れていくのだった。
「オレがお前を……守ってやるさ」
それが……二人の、約束であるから。
イオルの狂気はすっかりと消えて無くなっていった。重苦しい空気はさっぱりとなっていた。
イオルは多分、薄れる意識の中でオレにこう呟いた。
「ごめんね」そして「ありがとう」と。
イオルは完全に意識を失う。ガクッときた。イオルの重さを一身にうけた。オレはそれを抱き留めた。体をする抜けることなく、しっかりと受け止める事が出来た。
オレはフッと笑う。
イオルは子供のような安心した顔で眠っていた。その表情は本当に安らかだった。
オレは「まったく」と嘆息して、イオルを強く抱きしめるのだった。
多分、矛盾はないと……思いたいです。どうなんでしょう。
次回でいよいよ最後です。