11章 凶報
「ユート、左に避けて!」
リィレの声を耳にし、俺は身体を左に滑らせる。
直後、俺の身体をブラインドにした矢が、立て続けに三本凶獣の身体へ突き刺さった。
ワーグナーは身を竦ませ、そこに一瞬の隙が出来る。
俺は未だ横移動を続ける身体を、左足を軸に回転させた。
後ろ回し蹴りが魔物の首筋を捉え、骨の軋む感触を得る。
悲鳴に似た呻き声が漏れ、脱力して倒れ伏した魔物に、俺は止めの一撃を突き立てた。
二頭のワーグナーを前にした俺たちは、二手に分かれて迎撃に当たった。
一頭は俺とリィレが受け持ち、もう一方は実力を見るためにネロとレオンの二人に任せた。
戦闘が始まってから一分足らず。
元々ワーグナーレベルなら一人でもどうにかできる相手だ。
二人がかりならあっという間に片が付く。
「ふぅ……」
光の粒子となって消える凶獣を見送って、俺は軽く息を吐く。
やはり、援護が一人いると戦闘が目に見えて短くなるな。
「お疲れ様、ユート」
「ああ、お疲れ」
歩み寄ってきたリィレと軽くハイタッチを交わす。
まあ、こんなことをするほどの強敵ではないんだがな。
彼女が望むことだし、何かが減るわけでもない。
「で、あっちの方はどうだ?」
俺は太刀を鞘に納めつつ、戦闘を俯瞰出来ていたリィレに訊ねる。
彼女は俺の問いに、何やら面白そうな囁きを返してきた。
「実際に見た方が早いんじゃないかな。びっくりすると思うわよ」
「へえ、それほどなのか……」
感心し、もう一方の戦闘を振り返った俺は、彼女の言う通り息を呑んだ。
ハッキリ言って、想像以上だったのだ。
ネロの動きは既に上級者と呼べる水準にまで達していた。
時にしゃがみ、時に跳ね、自由自在に体を滑らせる動きで魔物を翻弄し、右手の鉄扇に仕込まれた凶刃が魔物の身体を襲う。
扇を操るネロの体捌きは、まるで舞でも舞っているかのように流麗だった。
それだけではない。
右手で扇を操りながら、ネロは左手で呪符を一枚持った。
人差し指と中指の間に呪符を挟み、詠唱を始める。
「シンフェル・エルリックルル……」
呪符が淡く光り始めた直後、彼は襲いくるワーグナーの前脚を潜り、凶獣の脇腹に呪符を貼りつけた。
そして――。
「レート・バイゲン・ラーテ・ベルガロン!」
すり抜け、振り返りざまに詠唱を完成させた。
雷系統の捕縛魔術だ。
黒い凶獣の周囲に無数の光の球が出現し、激しい放電を引き起こす。
高圧の電流に身を焼かれ、ワーグナーは身体を強張らせた。
神経が麻痺し、凶獣の動きが止まる。
「レオン、今だよ!」
「おう!」
すかさず相棒に声をかけ、一撃の重さがあるレオンが止めを刺す。
魔物は痺れる身体を軋ませることしかできず、為す術なくレオンの重剣の前に倒れた。
ネロは鉄扇を閉じ、腰に戻した。
そのまま一つ大きく深呼吸をする。
そこへ――。
「ネロ!」
「うわっ!?」
レオンが駆け寄り、無理矢理肩を組んだ。
「お前すげーな! あんなに戦えるなんて知らなかったぞ」
「ああ、うん。隠しててごめんね」
「もう、あれだけ強いならそう教えてくれればいいのに。知ってればお兄さんにも勝てたかもしれないんだから」
「あはは、ほんとごめん」
アイリも駆け寄って頬を膨らませる。
怒ってはいるが、それはネロが実力を隠していたことに対してではないらしい。
アイリはよっぽど俺に勝ちたいのだろう。
レオンとアイリは楽しそうに声を上げて笑い、ネロの本当の力を褒め称えている。
ネロも恥ずかしそうではあるが、何より二人に褒められるのが嬉しいようだ。
頬を染め、笑みが零れている。
それはなんとも微笑ましい光景だった。
こうして笑い合う三人を見ているだけで、不思議とこちらまで穏やかな心地になる気がするのだ。
「ユート、嬉しそうね」
不意に、リィレがそう言った。
俺は三人を眺めたまま、胸の内の温かい感覚を素直に伝える。
「なんだかな。この世界に来て初めて他人にモノを教えて、師匠ってのも悪くないなと、少し思ってしまったんだよ」
弟子たちのあの笑顔が見られるのなら、あの林で彼らと出会えたのも良かったのかもしれない。
柄にもないが、そんな風に思えてしまっていた。
「そっか。私もあの三人と一緒にいて、ずーっと同じことを思ってたわ。私たち、案外教師に向いてるのかもね」
リィレは冗談めかしてそんなことを言ってきた。
そうかもなと真面目に思う反面、素直に認めるのは少し癪な気がする。
俺は敢えてため息を吐きながら肩を竦めてみせた。
「面倒な保護者と向き合わなければならないから、教師はちょっと勘弁だな」
「ふふ、もう、すぐそうやって誤魔化すんだから」
だが、彼女にはもうバレているようだ。
笑いを漏らしたリィレの笑顔は、ちらっと盗み見ただけでも可憐に思えた。
「ユート兄さん」
と、向こうからネロが笑顔を浮かべながら近づいてくる。
「どうでした?」
軽く上気した頬のまま、期待の眼差しを以て問いかけてきた。
当然、俺の答えは決まっている。
「想像以上だった。努力したんだな。あれだけ戦えるのなら教えることはない。後は自分で自分の技を磨いていけばいい」
「本当、ですか!?」
信じられないといった表情で驚きを露わにするネロ。
俺は彼の髪をワシャワシャと撫でて、弟子の成長を褒め称えた。
「ああ、よく頑張ったな」
手を放し、ネロが顔を上げる。
金髪の少年は晴れやかな、弾けるような笑顔を浮かべていた。
それから右手を見つめ、グッと自信を掴むように握った。
俺に認められることが、彼にとっては大事なことなんだろう。
少しむず痒い気もするが、嬉しくもある。
「ネロ、よかったわね」
「は、はい!」
止めにリィレからも頭を撫でられて、ネロはもう真っ赤になってしまった。
リィレは彼の気持ちに気付かずやっているのだから、ネロからすればたまらないだろう。
まあ、嬉しいことには違いないだろうが。
「さて、それじゃあ今日の指導はこれで終わりだ。そろそろ夕方だし、街に戻るぞ」
俺は頬を染めてはにかむネロと、彼を囲んでからかうレオン、アイリに呼びかける。
時計はもう十六時を回っており、三人が現実に帰るべき時間が迫っていたんだ。
三者三様プラスアルファの返事を背中に聞き、俺は先頭に立ってファルナートの方向へ歩き出した。
リィレがすぐに隣に並んでくる。
後ろを付いて来る三つの足音は軽やかで、俺とリィレの後ろからは絶えず嬉しそうな話し声が響いて来ていた。
街への帰路がこれほど賑やかなのは久しぶりで、それを無性に心地よく感じてもいた。
俺の口角は自然と持ち上がり、リィレは俺にそれは嬉しそうな笑みを浮かべてきていた。
ファルナートの時計塔の下。
昼間に待ち合わせをしたこの場所で、俺たちはまた向き合っていた。
レオンとアイリ、そしてネロの三人はゲームからログアウトし、外の世界へ帰らなければならない時間だからな。
「兄ちゃん、色々教えてくれてありがとな!」
「お兄さん、お姉さんも、ありがとうございます」
レオンが片手を上げ、アイリが笑顔を浮かべた。
「お前たちはまだまだ強くなれる。今日教えたことを忘れないようにな」
「うん!」
「はい」
二人の肩を両手で叩いてやると、二人は晴れやかな表情で頷いた。
不思議と、こちらまで気分が良くなる気がする。
「今日は本当に、ありがとうございました」
と、今度はネロが丁寧に、深々と一礼してきた。
「礼はいらない。結局お前には、殆ど何も教えられてないんだからな」
「いえ、ユート兄さんに見てもらえて、なんだか自信がつきました。そのお礼です」
「そうか。さっきも言ったが、お前は本当によく頑張った。自力であそこまで強くなるのは簡単じゃないからな」
今度は軽くポンポンと、頭を撫でてやる。
ネロは恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに微笑んだ。
「はい。もっと頑張って、いずれユート兄さんに追い付けるようになります」
「ああ、その意気だ。だが俺も簡単に負けるつもりはないからな。覚悟しておけよ?」
「はい!」
間近で軽く挑発を交わし、それからネロは二人の真ん中に立った。
「三人とも、ちゃんと寝なさいよ?」
リィレがそんなことを言うと、三人は揃って苦い表情を浮かべる。
どうやら以前、寝る間を惜しんでこの世界に入ってきたことがあるらしい。
例外なくリィレに見つかって怒られたようだが。
「しっかり寝ないと、背が伸びないぞ?」
俺も少し悪い笑みを浮かべてからかってやる。半ば冗談みたいなもんだ。
「げっ! マジ……?」
だがレオンは本気で危機感を感じたようだった。顔を青褪めさせている。
「ハハハ。だから子供はしっかり寝るんだ」
「もぅ。お兄さん、子ども扱いは止めてくださいよぉ」
「子供は子供だ。お前たちはまだまだ成長の余地があるんだからな」
「アハハ……」
アイリは不満げに頬を膨らませ、ネロはただ苦笑いを浮かべていた。
そして、名残惜しい別れのときも終わりを告げる。
ガローン、ガローンと、時計塔が十七時の鐘を鳴らし、街中に壮麗な鐘の音が響き渡った。
「それじゃあな。また明日、十三時にここで待っている」
「またね」
「うん! 兄ちゃん、姉ちゃん、また明日!」
「また明日、です」
「明日も、よろしくおねがいします」
軽く頷いて応えると、三人は同時にメニューを操作し、空気に溶けていった。
後には、俺とリィレだけが残される。
なんだか、以前と似ているな。
「なんだか、ちょっと思い出しちゃった」
リィレがポツリと呟いた。
どうやら彼女も同じように感じたらしい。
「奇遇だな。俺もだ」
以前、プロローグタウンの広場で感じた感覚。
あのときは俺たちが転生者であることを隠し、それを知られたらどうなるかと怖れていた。
今はもうその怖れは無いとはいえ、なんだかあの時と同じような、予感のようなものを感じたんだ。
翌日本当に別れることになったあの日と同じような予感を、俺は感じていた。
「とりあえず、何か食べに行く?」
リィレはそんな空気を紛らわすように、そんな提案をしてきた。
俺は彼女の方を向いて軽く頷く。
「そうだな。少し早いが、夕食でも食べに行くか」
「うん。私、美味しいパスタのお店を知ってるの」
「なら、そこに行くか?」
「うん!」
彼女は輝くような笑みを浮かべて頷いた。
さて、誤解の無いように明言しておきたいんだが、俺は今日という日を幸せに感じていた。
リィレがいて、三人の弟子がいて、彼らと共に生きられる俺がいる。
このまま何事もなく翌日を迎え、今日と同じようにレオン達三人と任務へ挑む日々が続いていたらどんなに良かっただろうか。
いずれはこの街を出て第四拠点街に向かうことになるとはわかっていても、それがもっとずっと後で、弟子たちが高度な戦闘術を完全に会得してからのことだったならどんなに良かっただろうか。
多少の非難は受けようとも、これまで出会った仲間達と、何事もなく再会できたらどんなに良かっただろうか。
だが、そうは問屋が卸さなかった。
どうも、俺の嫌な予感というものは高確率で当たっている気がする。
今までもそうだったし、今回の別れの予感も、やはり当たってしまうこととなったんだ。
それはこの日、夕食を終え、時間の余った俺とリィレがギルドへ足を向けたときのことだった。
危険なクエストが追加されていないか。
緊急性の高いクエストがないか。
もしかして腹ごなしにこなせるクエストでもないか。
そんな気軽な気持ちで、俺たちは世界最大ギルドの扉を潜ったんだ。
掲示板に貼り出されたクエストを確認し、目ぼしいものが無いと知った俺たちは、二人で受付の方へ歩み寄った。
転生者たる俺たちは、街の住人から情報を得るしか世界の情勢がわからない。
その点、ギルドの受付嬢はうってつけの情報通ばかりだからな。
だが、俺たちを迎えたのは受付嬢の悲鳴にも似た叫びだった。
「ユートさん!」
尋常じゃない剣幕で身を乗り出した受付嬢に、俺たちは若干引いてしまう。
が、その表情から何か只事ではないことが起きているような気がした。
まさか、オルダシティと同じようなことが……?
そんな想像まで働いたほどだ。
「何かあったのか?」
神妙に訊ねる俺に答えた受付嬢の口から飛び出したのは、俺の想像とはまったく別のものだった。
「ユートさん……たった今、王都グラスが……」
ただし、別物は別物でも、まったく別の危機的状況という意味で、だ。
ありえない話に絶句した俺とリィレに、受付嬢はもう一度同じことを言った。
「王都グラスが……占領されました!」
我に返るのにたっぷり数秒を使った俺は、混乱気味の頭をフル回転させて彼女に詰め寄る。
「占領って……どういうことだ? そんなことが可能なのか?」
そもそも誰が占領なんかするんだ?
仮にもこの世界はゲームの世界で、運営の管理の下で動いているはずだ。
俺にとってそうではないとしてもな。
街一つ、それも五大ギルドの設置されている大都市が占領されるなど、ただのイベントや何かとは思えない。
「普通の冒険者の方々では不可能です。この世界の住人達では王都の騎士団には敵わないのでそれもありません。ただ……」
言い淀む受付嬢は顔を俯かせ、言うべきかどうか悩むような表情に変わった。
嫌な予感が、俺の中で膨れ上がる。
普通の冒険者でもなく、この世界の住人ではない者。
それはつまり――。
「転生者ってこと……?」
そう呟いたのは困惑から復活したリィレだった。
目を見開き、驚きを隠せずにいる。
「……はい。そういうこと、です」
辛そうな顔をする受付嬢はしかし、リィレの言葉を否定しなかった。
転生者の誰かが、第四拠点街「王都グラス」を占領した。
そう言ったのだ。
「だが、転生者とはいっても誰が……」
俺の知る転生者は全部で五人。
俺、リィレ、アル、フィル、そしてユアン。この五人だけだ。
だが五人の内の誰もそんな凶行に走りそうな者はいない。
リィレは現に今隣にいるし、アルやフィルもそんなことをする連中じゃない。
唯一ユアンの為人だけはあまりよく知らないが、それでもあの男がそんなことをする理由が思い当たらない。
やつは俺と同じように、この世界を居心地良く感じていたはずだ。
もしかして、俺の知らない転生者がまだ他にいて、例えばその六人目が支配欲の強い者だったなら或いは……。
そんな、俺の願望に近い私情の交じった推測は、続く受付嬢の言葉でいとも簡単に打ち砕かれてしまった。
「国王レニング様を殺害し、王都の城と街を占領したのは――」
「アルさんです」
第三部 完




