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Another Real World  作者: 高城飛雄
第二部
21/40

5章  二人の力

「ガルルァ!」

「はあ!」


右側から襲いくる灰色の獣を水平に切り裂いて迎撃する。

すぐさま振り向き、目前に迫った別の個体を斜めに斬りすてる。

今度は左右同時に挟撃してくる二頭を、右足の踵を軸に回転斬りの要領で弾き、時間差で襲いくる三頭目を薙いで止まる。


一瞬のうちに、俺の周りには魔物の亡骸が五つ転がり、すぐに四散して消える。

俺は肩で息をして、その様子を眺めた。

立て続けに長太刀を振ってきたので、段々と体が重くなってきているのを感じていた。


だが休んでいる暇はない。

周囲に浮かんだ光の粒子の向こうには、唸り声をあげて仲間の仇を討たんとする獣が、隙間なく俺を取り囲んでいる。

口元に鋭い牙をちらつかせ、俺が隙を見せるのを窺っている。


「ハァ…ハァ……」


激しく酸素を求めながら、俺は太刀を腰に構える。

正面の一頭に狙いを定め、歯を食いしばって地面を蹴る。

そして今の自分に出来うる最速を以て距離を詰め、魔物が反応を起こす前に一閃した。


また一つ、光の粒子が立ち昇る。

同時にワーグたちは、作っていた円の中心から外れた俺に殺到した。

俺はそれを全身全霊で以て斬り伏せていく。


俺の周りには、絶えず命が散る光が舞っていた。


これが、フィルとアルの二人と別れてから、およそ十五分後の状況だ。





ワーグの大集団との戦端が開かれると、俺は倒すべき敵の数に改めて唖然とした。

もう目の前まで来ている先頭集団の、遥か後方まで灰色の影が続いている。


ワーグはすでに一撃で仕留められるほどにまで、今の俺は強くなっている。

しかし、一体一体は雑兵でも、その数が自分の百倍以上にまでなると話は別だ。

個体の強さは関係なしに、その種の一撃の重さが重要となる。


その点、ワーグという種の大群は脅威だ。

奴らは動きも遅く、体力もさして多くはないが、一撃の重さだけはある。

今の俺では、痛撃を一つでも受けてしまえば、たちまち殺到してくる奴らの歯牙にかかって倒れるだろう。

痛みは体を止め、大きな隙を作ることになるからだ。



だからこそ俺はこの十五分間、全力で目の前の敵を駆逐しながら、向かってくる魔物の爪と牙を避け続けるという神業じみた真似を強いられていた。

少しでも集中力を切らせば、たちどころに掴まるだろうほどに、ギリギリの戦況だ。


疲れの見え始めた俺に、灰色の獣は勢いを増して向かってくる。

俺はそれを無心で薙ぎ払い、斬り捨て、弾き飛ばしていく。





そして自分が斬った魔物の数が二百を越えようかという頃、不意に右側の魔物の層が薄くなったのを見て取った。

その向こうで、死の破砕音が連続して鳴り響くのが耳に入る。

どうやら誰か別の人間がそこで奮闘しているようだ。



俺は迫るワーグたちを順々に斬り倒しながら、少しずつそちらの方へ寄っていく。

恐らく向こうも人間の接近を感じ取ったのだろう。

その気配が段々とこちらへ近づいてくる。


互いに着実に距離を詰めていき、とうとう二つの円が出会ったとき、そこに立っていたのは片手で太刀を構えた少女だった。


「ユート!」


フィルは俺に声をかけ、背後から肉薄したワーグを一刀のもとに斬り伏せると、僅かな隙に俺の側まで近づいてきた。

俺たちはそのまま互いに背中合わせになり、向かってくる魔物を迎撃しながら言葉を交わす。


「無事だったんだな」

「当たり前でしょ!あたしはそう簡単にやられないわよ!」


そう強気な言葉を返してくる。

後ろで破砕音が二つ鳴った。


「あれだけのことを言うほどはあるな。随分と闘い慣れているじゃないか」


俺は飛び込んでくる魔物を地に臥せ、ついでに俺の脇を抜けて彼女に跳躍した個体を横から刺し貫く。

俺の長太刀に貫かれたワーグは断末魔の叫びを上げると、そのまま空中で消えた。


「ありがと。これでも、経験自体は長いのよ!」


フィルは言葉の最後と共に、俺の死角から迫った魔物を斬り伏せた。

俺たちはそのまま円を描くように回り、立ち位置を入れ替える。


「助かる。まあそれはあの、ありえない(・・・・・)握力からでもわかるさ!」


俺たちはじりじりと回りながら、襲いくる魔物たちを斬り捨てていく。


「ちょっと!人を馬鹿力みたいに言うのは止めてよね!」


俺の放った軽い冗談に、フィルはあからさまに噛みついてきた。


「ははは、やはり君も、女の子なんだな!」

「ひどっ!?あたしはどこからどう見ても可愛い女の子でしょ!」


その反応が面白くて、俺は少し笑いをこぼした。

フィルもなんだかんだで笑っているようだ。

俺たちは互いの死角をカバーして闘うことで、多少なりとこうした余裕が持てるようになっていた。


しかし、疲労が溜まってきていたこともあり、俺たちのおしゃべりは、それほど多くはなかった。

話しているとそれだけ注意力が削がれるというのもある。



それでも、背中を気にせずに戦えるというのはそれだけで楽になることだ。

二人で背中合わせに戦闘を始めてからは、魔物を駆逐するペースも早くなり、集中力が削られる程度も軽くなっている。

先刻までとは明らかに違う安定感に、俺は安堵を覚えていた。





そんな折、背中側のフィルから声がかかる。


「ねえ、今あたしの正面五十メートル程向こうに、死亡エフェクトが見えたんだけど?」


俺はワーグの一頭にカウンターを合わせながら訊ね返した。


「死亡エフェクト?一つだけか?」

「いいえ、三つくらい連続」


三つか。

ならそれが人間自身のものである可能性は低い。

おそらく、そこにも誰かいるのだろう。


俺は合図をして振り返り、フィルと立ち位置を入れ替える。

そうして向いた目線の先に、丁度灰色の集団の中から光の粒子が拡がる光景が見えた。

その後に、もう一つ同じものが続く。


「なるほど。どうやら向こうも……フンッ!……一人のようだな」


俺は途中で右手を振りおろし、魔物を斬りつつ推測を語った。


「なら、そこにいるのはアル…?だったら助けた方がいいのかしら…?」

「もしくはあの槍使いの男か…。いずれにせよ、合流する価値はある」


背中越しに訊ねてくるフィルにそう返して、俺はまたも彼女と交錯し、立ち位置を変える。

同時に、跳びかかってきたワーグを二頭まとめて斬り捨てた。


それから振り返ってフィルと頷きあい、タイミングを合わせて駆け出した。

二人で並んで前方の魔物だけを斬り伏せながら、全力で前に進んでいく。

少しでももたついて、後ろのワーグに追い付かれてしまえば一巻の終わりだ。

俺たちは後方から迫ってきているであろう爪牙から逃げるためにも、力の限り走った。





五十メートルという距離は、今の俺にしてみればあっという間だ。

何も障害がなければ五秒とかからない。

現在は間に魔物の群れがズラリと並んでいるために、それほど速くは走破出来ないが、それでもワーグの壁を抜けるのに十秒はかからなかった。


「抜けた!」


俺よりも一瞬早く群れの中を抜けたフィルが声を上げる。

中心にいた人物は突然の人の出現に驚き、僅かな隙を見せた。

そこに獣が迫る。

魔物の壁を抜けたフィルはそれまでよりもさらに加速し一瞬で間合いを詰めると、少年騎士の背後から襲い掛かるワーグを一太刀で払った。


「フィルさん!?」


驚きの声を上げるアル。

しかし、先程までの隙は無くなっている。

彼は横から近寄ってきた魔物を剣で斬り払い、群れの方へ視線を戻した。


「無事だったようだな」


俺も彼の背中に回り、フィルと三人でそれぞれ別方向を睨む。


「ユートさんまで…。どうしたんですか?」


アルは俺を一瞥してまた声を上げたが、すぐに落ち着きを取り戻し、俺たちと同じように魔物の群れを睨む。


「あんたがやられてないか見に来てあげたのよ」


フィルがニヤッと笑ってそう返す。

先程まで彼を心配していた様子だったが、それを素直に表に出すつもりはないようだ。


俺は息を吐いて口の端に笑みを浮かべた。


「何、ユート?何かおかしいの?」


フィルはあからさまに高圧的な声で釘を刺してくる。

ここは一つ、彼女に気を配っておくべきだろう。


「いや、なんでもない。俺たちはお前と合流しに来たんだ。一人より二人、二人より三人の方が、注意を払う範囲は限定できるからな」


俺は彼女の意を汲み、尤もらしい理由(実際そのつもりだった)をアルに語ってみせた。

彼はその言葉をそっくり信じたようで、銀の兜から穏やかな声が漏れてきた。


「そうですか。ありがとうございます」


そう言って、アルは飛びかかってきたワーグを盾で弾き、勢いが無くなったところを剣で両断した。

実に堅実的かつ無駄のない戦い方だ。


「……お節介だったか?」


彼の動きからは、あまり消耗しているようには思えない。

だからアルは一人でも大丈夫だったのかもしれないと気になったが…。


「いえ、助かります。疲れて段々と剣速が鈍ってきていたので、そろそろ危ないかもしれないと思っていたんです」


兜に隠れて見えないが、恐らく苦笑いをしていると思われる声が漏れ出た。

本心はどうかわからないが、不快に思ったわけではなさそうだ。


「そうか。なら丁度良かったな」


俺はそう言って、注意を前に戻した。

だが俺の言葉の後に、フィルが口を開く。


「あんたを見つけたのはあたしなんだから、感謝しなさいよね」

「はい。ありがとうございます、フィルさん」


強気な姿勢のまま言い放った彼女の言葉に、アルは難なく穏やかな声を返した。

そのあまりに素直な返事に、フィルの方があてられたらしい。


「……もう…!」


可愛らしい声が漏れたのが耳に入った。

それを自分でも自覚したのだろう。

フィルは真っ赤になった(見なくてもわかる)顔で、襲いくるワーグ達を切り刻んでいく。


「オーバーキルは体力の無駄使いだぞ?」


俺が軽くからかってやると、彼女は唸り声をあげて俺の方へ振り向いたが、すぐに正面へ顔を戻して応戦を続けた。

まだまだスタミナは余っているようだ。


「あはは……」


アルはそんな彼女の様子に乾いた笑いを漏らしつつも、手慣れた動作で魔物を弾いては斬り伏せていく。

そこには一切の無駄がない。


(本当に頼もしいやつらだ。オルダシティにいるようなレベルではないな…)


内心で彼らにそんな感想を抱きつつ、俺も近づいてくる魔物が間合いに入った時点で太刀を振い、至近距離まで近づかせない。

三者三様、三人ともがワーグを圧倒する戦闘が、それから約三十分続いた。


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