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Another Real World  作者: 高城飛雄
第零部
2/40

断章  魔竜討伐~中~

街を出た俺たちは、王都から東へ向かう。


王都の東に広がる平原を横切り、向こうに森林地帯が目前に見える位置まで来たとき、俺たちの耳に突如、物凄い轟音が届いた。

同時に森の木々の中から土煙が巻き上がり、その中に何かが巻き上げられては地面に落下していく。


目を凝らして土煙を見つめていた俺とサクヤだったが、その正体に気付いたのはサクヤの方が早かった。


「裕人!あれ、プレイヤーだよ!!」


悲鳴に近い声が隣から上がり、俺は目を細めてさらに凝視する。

すると、確かに打ち上げられる物体が人影であることが見て取れた。

様々な形の冒険者用軽鎧を装備したプレイヤー達が、次々と打ち上げられては為す術もなくまた森の中に消えていく。


「酷いな…。あれではほぼ一撃で……」


最前線が第四拠点に移ってまだそれほど経っていないとはいえ、このクエストに参加しているプレイヤーは皆、第三拠点街ファルナートで鍛えた者達ばかりのはずだ。

それがああも簡単に打ち上げられていく様を見る限り、魔竜というのはどれほど強力な存在なのか…。


「サクヤ、急いだ方がよさそうだ。思いの外損耗が激しいかもしれない」


俺は嫌な予感を感じて、隣のサクヤに語りかけた。



あまり大人数で殺到すると、思いもよらない二次被害を受けることがあるのが、この世界の戦闘の常識だ。

だからこういった大人数のプレイヤーが参加するクエストでは、実力の知られたプレイヤーは、人数が減ってきた後から戦列に加わるのが暗黙の了解となっている。


故に、俺はいくらなんでも三十分は前線に出向く必要はないだろうと高を括っていた。


だが、実際は戦端が開かれてからまだ十五分も経っていない現在である。

あの様子では、既にもうかなりの被害が出ていると考えられる。



このゲームには、「一度HPを全損させたプレイヤーは、すぐには同じクエストには復帰できない」というルールが存在している。

そのため、こういった大規模クエストでのプレイヤーの損失は、そのまま攻撃力・耐久力の減少に繋がってしまう。

だからあまり戦線の人員が減りすぎると、俺たちトッププレイヤーの集団でもクエスト達成が厳しくなってくるのだ。



俺はサクヤの走る速度に合わせて森の中へ入り、戦闘が行われているであろう場所を目指して走った。

深い木々によって遠くの視界が遮られ、依然として響いてくる轟音だけが耳に届く。

そして三分程木々を避けながら走っていると、不意に視界が開けた。





そこには、思わず身動きできなくなるような光景が広がっていた。


全長三十メートルはあるかと思われるような、まるで小さな山ほどの大きさの黒竜が、四肢を地面に打ち鳴らして歩いていたのだ。

長い尾を鞭のように振い、近づくプレイヤーを簡単に弾き飛ばしている。

かと思えば、嘶き一つで背中の同じく黒い大きな棘が輝きだし、周囲に雷撃を降らせる。


そして極めつけは代名詞とも言えるそのブレス攻撃。

小屋程度なら飲み込めるほど大きな口から吐き出される蒼白い超高温の吐息が、眼前の森ごと、正面に立つプレイヤー達を焼き払う。

何を隠そう、俺たちが出てきたこの林間の荒れ地も、奴が放ったブレスによって出来たもののようだ。



「化け物か…」


俺は愚痴らずにいられなかった。

今まさに凶悪な鳴き声と共に吐き出された魔竜のブレスによって、十数人のプレイヤーが一撃でリタイヤしていったのだ。

ざっと見た様子では、生き残りは当初の半分に満たない。

状況は最悪だ。


俺はすぐ後ろでサクヤが息を呑んでいるのを放置して、一人メニューを操作しながら駆け出した。


(奴のような大型の魔物に対するなら……)


俺は装備状態にあった双振りの片手剣をアイテムウィンドウに格納し、続いて身の丈ほどもある大振りの太刀を背中に装備した。

その間約三秒。

しかし、この数瞬の間に、俺の目の前の状況は大きく変わっていた。


俺の接近を目敏く察知したらしい魔竜は、その双眸の紅い光を俺へ向けると、最も近くにあった左前脚を頭上から打ち落してきた。

背中の太刀を握ろうとしていたところ、突如自分を覆った影のおかげで踏みつけ攻撃に気付くことが出来た俺は、間一髪、横に転がって避けることが出来た。


しかし、魔竜の攻勢はそれで終わらなかった。

地面を転がって伏せった恰好になっていた俺は、見上げたそこに大口を開けて喉の奥に蒼白い光を溜めこんでいるやつの姿を認めた。


(しまった…!?)


反射的に立ち上がろうとした俺だったが、最早間に合うとは思えなかった。

魔竜のブレスが、膝を伸ばそうとする俺の頭上から吐き出され、視界が蒼白の光に埋め尽くされた。





しかし、俺は光の奔流の中で、自らのHPが全く減っていないことに気がついた。

そして魔竜のブレスが止んだとき、その理由が明らかになる。


俺を覆うような形で、緑色の半透明な膜が張られていた。

魔術で作り出されたその防護膜は魔竜の超高温の息を弾き、中にいた俺を守ったのだ。


これほど強力な防壁を張ることのできるプレイヤーを、俺は一人しか知らない。


俺は防壁が消えるのを待って、唸り声を上げて追撃を加えようとする魔竜の足元から、全速力で退避した。

同時に俺の後ろからいくつもの雄叫びが聞こえてくる。

隙を窺っていた他のプレイヤーが、奴に挑みかかったようだ。

おかげで俺は魔竜からの追撃を受けずに済んだ。


そのまま俺は、先程の防壁でブレスを防いでくれた少女の下へ駆け寄る。


「済まない、サクヤ。助かった」

「裕人……無事で良かった……」


半分涙目になりながら、俺を見上げてくる幼馴染のアバターの髪を撫でて、礼の意志を伝える。

彼女は戦闘中だというのに、少し頬を赤らめながら笑った。


しかし、またしても背中の方向から聞こえた悲鳴に、俺は手を止めて振り向く。

俺の視線の先では、やはりと言うべきか、またも数人のプレイヤーがその体を四散させていた。

辛くも踏みつけを避けたのは五人。

そのどれもが、俺には見覚えのある姿だった。


『指揮者』と彼に続く重装戦士三人。

そして『指揮者』と同じく、トッププレイヤーの一人に数えられ、『移動要塞(フォートレス)』と呼ばれる男だ。


『指揮者』以下三人は彼の指示の下、魔竜の攻撃を掻い潜って地道にダメージを通している。

遠くからは『指揮者』のパーティにいた魔術師が一人、強力な魔術を撃ちこんでいた。

もう一人の魔術師姿の姿は見えないので、どうやらやられてしまったようだ。


『移動要塞』はというと、たった一人、重厚な鎧に包まれた腕の驚異的な力で以て、魔竜の踏みつけてくる足を受け止めては、足の裏に槍を突き刺して反撃している。


彼らが魔竜の意識を引きつけている間に、俺も再度接近したいところだ。


「サクヤ、援護を頼む。もしブレスが来そうなら、さっきの防壁を張ってくれ。それ以外の攻撃は自分で対処する。俺が十分近づいたら、お前は結界を張って自分の安全を確保しろ。それから、状況を見て魔術を撃ちこむんだ」


俺が一気にまくしたてた指示を、サクヤはしっかりと聞き取って頷いた。

彼女が理解したのを確認した俺は、もう一つ、彼女に行動の指針を与える。


「それと、奴がブレスを吐く兆候を見せて、ターゲットがお前の魔術の適用範囲にいたなら、そいつをあの防壁で守ってやってくれ。今は一人でもプレイヤーの数は多い方がいい」

「わかった。私のMPが保つ限りそうする」


サクヤは素直に頷くと、俺の眼を真っ直ぐに見つめてきた。


「よし、じゃあ行くぞ」


俺はサクヤの頭をもう一度撫でると、振り向いて一気に駆けだした。





魔竜の足元では依然『指揮者』と『移動要塞』が奮闘を続け、竜が目を向けていない方向から、俺の他にも数人が駆け出している。

そのどれもが、以前から見たことのある実力者ばかりだ。


俺は全力で魔竜に近づきながら、時折襲い掛かる尾の一蹴を回避し、気付かれないように太い脚の間に入り込んだ。

竜の脚の隙間を抜け、奴の柔らかい腹部を間合いに捉える。


俺は背中の長刀を手にして剥き出しの腹の、最も地面に近くなっている部分を居合で深々と斬り裂いた。

直後、咆哮のような唸り声が上がり、魔竜は血の流れる腹部から地面に倒れ伏した。


斬りつけた直後から退避を開始していた俺は、魔竜のボディプレスに巻き込まれることもなく、首の付け根辺りから飛び出した。

ちらっと顔を上に向けると、奴は未だ首を空に向けて痛みに呻いている。

それをチャンスと見た俺は、すかさず振り向きざまに首元を一閃。

さらなる傷を負わせる。


魔竜の動きがさらに鈍くなった。

それを見た俺を含むプレイヤー達は、ここぞとばかりに一斉に攻撃を仕掛ける。


幾人もの剣や刀が鱗に覆われた体を斬り裂き、槍が固い表皮を貫き、魔術が無防備な背面に炸裂する。

それは奴に、目に見えて大きなダメージを与えていた。





しかし、体中を傷つけられた魔竜も黙ってやられてばかりではなかった。

怒りの声を上げ、その声に呼応するが如く、奴の背中にこれまでよりも遥かに膨大な雷光がバチバチと激しい音をたてて集まっていく。


「全員、すぐに離れろ!」


いち早く危機を察した『指揮者』の声が辺りに響き、魔竜を囲んでいた十数人のプレイヤー達が全速力で魔竜から距離を取る。


しかし…。


「なっ!?」


誰かが上げた驚きの声を聞いて振り向いた俺は、魔竜の背に溜めこまれていた雷が天へと撃ち上げられていくのを目にした。

そこにはいつの間に発生したのか、大きな積乱雲が待機しており、放たれた雷は雲へと吸い込まれていく。


(あれは、やばい…!)


瞬時にそう直感した俺は止めていた足を再度全速力で繰り出し、その場から離れようとした。

雷雲はゴロゴロと嫌な音をたて、今にも落雷を起こしかねない。

そう思っていたところで、ふと、遠くに立っていた『指揮者』の率いるパーティの魔術師が、強烈な閃光を放った。

目くらましの魔術でも使ったのかというほどの強い光に、誰もがそちらを振り向く。


だが、そうではなかった。

光の消えた後には、真っ黒に焼かれた先の魔術師が四散して消えていくさまが映った。

同時に落雷の轟音が響く。


俺は全身に悪寒が走るのを感じた。


あの魔術師に、上空の積乱雲から雷が落ちたのだ。

魔竜に対して一番距離を取っていたあの魔術師が落雷に遭った。

それはつまり、この場で魔竜から離れようとしている俺たちの誰に次の落雷があってもおかしくないということだ。


不意に、魔竜が空に向かって一声咆哮した。


一瞬の静寂の後、またしても一筋の雷光が落ちる。

強すぎる閃光に眼を庇い、何が起こったのか認識した俺は息を呑んだ。


あの『移動要塞』が、全身から煙を立ち昇らせて、黒く炭化した鎧の下で呻き声を漏らしている。

そしてその直後、彼は先程の魔術師と同じように光となって四散した。


その光景は、戦場に立つプレイヤーを恐慌させるのに十分な威力を持っていた。


全プレイヤー中最も死に遠い男と名高いあの『移動要塞』が、一撃でHPを散らされたのだ。

つまり、この場にあの落雷をまともに受けて生き残れるものはいないということになる。





それからは、先程まで魔竜に一方的な攻勢をかけていたとは思えない程、凄惨な光景が続いた。


最前線のイベントクエストに参加し、魔竜の猛攻を躱し続けてきた猛者達が、雨のように降り注ぐ落雷に次々と撃たれては命を散らしていく。

どうやらあの雷、必中というわけではないようだが、それでも秒間三発ほどの物凄い頻度で落ちる雷をすべて避け続けるのは不可能に近い。

さらに、直撃はしなくとも近くに落ちたときの衝撃で、かなりの量のHPを持っていかれる。


そんな激しい襲撃の末、“雷雨”が止んで上空の積乱雲が晴れたときまで生き残れた強運の持ち主は、俺を含めてたった四人だけだった。



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