9章 二日目~入門~
ハイボアの討伐を果たし、静かになった林間の広場には、俺たちを含めた五人の人間がいた。
俺とリィレの前に並んで座っているのは、黒髪でやんちゃそうな少年と金髪の大人しそうな少年、そして赤髪で活発そうな少女の三人組だ。
三人は大人しく座っており、金髪の少年に至っては瞳に涙が浮かんでいる。
先程俺が短剣を突きつけて抑えたのは真ん中の黒髪の少年で、彼だけはむすっとした表情でそっぽを向き、やや反抗的だ。
「手荒な真似をして済まないな。だが、俺たちは君らのことを知る必要があるんだ」
俺が黙り込む三人に声をかける。
恐がられて暴れられても迷惑なので、まずは友好的にと思い、そう話しかけた。
その言い方が功を奏したようで、黒髪の少年を除く二人はほっと息をついた。
「まずは君たちの名前を教えてもらいたい」
両手を広げて敵意がないことをアピールし、俺は三人の少年少女に向かって訊ねた。
赤い髪の少女が頷いて口を開く。
「わ、わたしはアイリ。こっちがレオンで向こうがネロよ」
少女、アイリは恐る恐るといった様子ながら、はっきりと答えてくれた。
どうやら彼女が三人のまとめ役のようだ。
「ありがとう。俺はユート。で、彼女が…」
「リィレよ」
アイリとネロは頷くが、未だレオンだけは不満そうな表情で俺を睨んでいる。
「俺たちも、君らと同じようにハイボアの討伐クエストを受けてこの場へ来た。だが俺たちが到着した時には君らがすでに戦闘に入っていたから、しばらく様子を見ていたんだが…」
「知ってる。誰かが私たちのことを見てたのには気付いてた」
ほう、気付いていたのか。
「……そうなの?」
リィレが少し驚いたような表情で訊ね直すと、アイリはしっかりと頷いた。
俺も内心では驚いている。
曲がりなりにも、俺たちはこの世界を一度踏破している。
身を隠す術は十分に心得ていると言っていいだろう。
隠れたのが背の低い草陰だったとはいえ、そんな俺たちの隠遁術を見破るとは……。
このアイリという少女、初心者とは思えない洞察力だ。
「良く気が付いたな。俺も隠れることにはなかなか自信があったんだが…」
「えへへ。一瞬、一カ所だけ草が不自然に揺れたから。偶然見えなかったら、わからなかったと思うわ」
俺が微笑んで褒めてやると、アイリがはにかんでそう答えた。
僅かに頬を染めて話す彼女は、実に見た目通りの子供らしさで可愛げがある。
そう思って穏やかな心持ちになる。
だがまあ、今は目的を果たすのが先決だ。
優しく語りかけるのはこれぐらいでいいだろう。
「なら、君らが撤退を決めた後、わざわざ隠れて俺たちの様子を窺っていたのはどうしてだ?あれでは獲物の横取りを狙っていたと思われても仕方がないぞ?」
俺は笑みを浮かべた表情から一転、少しきつめに訊ねた。
ネロと呼ばれた金髪の少年が小さく悲鳴を上げる。
「………」
「………」
両脇の二人はちらっと真ん中のレオンを窺う。
するとその視線に気が付いた彼は一言「わかったよ」というと、俺にまっすぐ強い視線を向けて、ようやく口を開いた。
「林の中に駆け込む寸前、あんたが飛び出してくるのが見えたんだ。それでそのまま物凄い速さであいつを斬るのを見て、すごいと思った。その後魔物を倒すまでずっと見てた。あんたらの強さの理由が知りたかったんだ」
少年レオンは恥ずかしそうに顔を逸らしてそう言った。
頬も少し赤くなっている。
対して俺はというと、レオンのそのセリフに拍子抜けしてしまっていた。
俺はてっきり、複数武器を装備していることをつっこまれると思っていたのだ。
「それだけか……?」
だから思わずそんな言葉が口をついて出てしまった。
想像の斜め上を行く理由に、思考が一時停止を起こしたのだ。
するとレオンは真っ赤になって口を尖らせてしまう。
「なんだよ…。俺だって、もっと強くなりたいんだよ」
「うんうん。レオンってば、ユートさんと比べると貧弱だもんね」
「誰が貧弱だ!」
「まあまあ、レオンもすぐに強くなれるよ…」
レオンの素直な言葉にアイリが茶々を入れ、むきになったレオンをネロがたしなめる。
仲の良い三人組だ。
見ているこっちも思わず笑みが浮かんでしまった。
リィレも彼らの様子を穏やかに眺めている。
だがまあ話を進めないといつまで経っても街に帰れない。
俺は言い合いを続ける三人の前にしゃがみこんで声をかけた。
「その辺にしておけ。話が進まん」
俺の呼びかけに、三人は揃って口を閉じる。
俺はそんな彼らを順番に見た後、レオンを見直して訊ねた。
「それで、お前の知りたかったことは見ていてわかったのか?」
「ううん。やっぱり簡単にはわからなかったよ」
レオンは残念そうに首を振った。
「まあそうだろうな」
むしろ俺が一年かけて会得した戦闘術を、見ただけで理解されたら困る。
そうして俺が一人頷いていると、レオンが少し前に出て俺に近づいてくる。
顔を上げた俺の前には、期待に満ちた少年の顔があった。
ふと嫌な予感がよぎる。
何かとんでもないことを言われそうな気がするな。
「だからさ、俺たちに戦いのコツを教えてくれよ!」
予感的中。
あからさまに嫌そうな顔になった俺にも関わらず、レオンは尚も口を閉じない。
「なあ、頼むよ。しばらく一緒にクエスト受けてくれるだけでいいからさ…」
「断る。何故俺がそんなことをしてやらなければならないんだ」
立ち上がって腕を組み、拒否の意を伝える。
このやんちゃ坊やには、一言しっかり言ってやらないとわからないようだしな。
しかし俺の願いとは裏腹に、レオンへの援護が入った。
「わたしからもお願いします。ユートさんと一緒に戦ってみたいです!」
「ぼ、ぼくもユートさんの戦うところもっと見てみたい…」
アイリとネロも目を輝かせて追従する。
三人が俺に迫る勢いは凄まじく、さっきもこれぐらいならハイボアを倒せてしまったんじゃないかと思わせるほどだ。
「ユート、すっかり人気者ね」
「……うるさい…」
リィレが笑みを浮かべてからかってくる。
俺は一言リィレを制した後、俺をじっと見てくる彼らに語りかけた。
「しかしな……戦い方は自分で身に付けていくものであって……」
取り敢えず論理的に説明して落ち着かせようと試みる。
なんだか嫌な流れだ。
あと一押しで押し切られてしまうかもしれない。
そう考えながら、グダグダと三人に対して説教していこうと思っていたとき、中心のレオンがニヤリと笑って口を挟んできた。
「ふふん。断っちゃっていいのかな~?」
底意地の悪い笑みを浮かべるレオン。
俺は彼の笑みに軽い戦慄を覚えた。
いや、戦慄というと大袈裟に聞こえるかもしれないが、再度嫌な予感がしたということだ。
レオンはニヤニヤを崩すことなく、俺を追い詰める言葉を並べた。
「俺たちのお願いを聞いてくれないなら、あんたがいくつも武器装備してること街で言いふらしちゃうよ?」
「なっ!?」
「それ、秘密なんだろ?そんなに沢山の剣を装備できるなんて聞いたことないもんね」
やられた。
この少年は気付いていたのか。
気付いていながらここまでその節を見せることなく、自分たちの頼みを聞かせる交渉材料にしてきたわけだ。
なかなかずるがしこい少年じゃないか。
最初の質問のときに予想外の答えが来て拍子抜けしたせいで甘く見ていた。
俺はちらりと斜め後ろのリィレに目を向ける。
彼女は俺の視線に気が付くと、首を左右に振った。
逃げ道は無いということだろう。
俺は顔を三人の方へ戻す。
三人の少年少女はそれぞれに顔を輝かせて俺の返事を待っていた。
しばらくじっと彼らを見た後、一つ大きなため息を吐いた。
「……わかった。しばらくの間、君らに付き合おう」
漏らした俺の言葉に歓声を上げる三人。
リィレも苦笑いを浮かべながら、その様子を眺めている。
俺はもう一度ため息を吐く。
こうして、俺に期間限定の弟子(?)が付いた。
この世界に転生してまだ二日しか経っていないのだが、どうやら穏やかに新たな世界を満喫できるのはまだ先のことになりそうだ。




