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Another Real World  作者: 高城飛雄
第零部
1/40

断章  魔竜討伐~上~

これは、過去の記憶。


未だ俺がこの世界で痛みを知らず、友を作らず、ただ先へ進むことしか考えていなかったときの記憶。


学校へ通い、働いて、家事をして…。眠る暇を惜しみ、この世界で戦い続けていたときの記憶。




頂を目指していたときの、遠い過去の記憶。





◇◇◇


2151年10月16日。


《Another Real World》の正式サービスが始まってからおよそ9か月半。


この間、俺は一切の寄り道や無駄な時間を過ごすことなく、鍛錬とクエストに励んできた。


最初の拠点街、プロローグタウンは三日で出て次の拠点を目指したし。

第二、第三拠点も、充分な資金・装備の調達と目標値までの鍛練を終えると、すぐに見切りをつけて次に向かった。


この時の俺は日々宿屋とギルド、魔物の巣窟の間を往復するだけで、娯楽や異世界を堪能するといったことはなかった。


それは拠点とする街がプロローグタウンからオルダシティ、ファルナート、グラスへと変わっても同じで、それらの間に違いがあるとすれば、通う道の長さや視界を流れる景観の差程度だった。


そうやって、自分に出来うる最速を以て攻略を進めているうち、いつしか俺は全プレイヤー中トップクラスの実力と、攻略進度を持つに至ったのだ。


得物を振う合間に体術を織り交ぜ、戦闘中の僅かな隙にメニューを操作して武器を換装する。


そんな戦闘スタイルから付けられた『武芸者(マスター)』という呼び名が浸透していったのも、この頃ではなかったかと記憶している。


それ以降、プレイヤーネームを知られていない者達からは基本的にこの呼び名で呼ばれるようになり、初めこそ中二病くさい二つ名での呼ばれ方に辟易していた俺も、段々と気にしなくなっていった。

いちいち名乗るのが面倒だったという面が大きかったこともあるが…。







現在、この世界の攻略最前線は、第四拠点街「王都グラス」に敷かれている。

この街に滞在し、日夜高難度のクエストを受ける者達が、この世界で最も「転生」に近いトッププレイヤーだろうということだ。


そんな最前線には、俺と同じように、プレイヤーネームの代わりの二つ名、通り名で呼ばれるプレイヤーが何人かいた。


神射手(サジタリー)』、『指揮者(コンダクター)』、『破壊王(デストロイ)』、『移動要塞(フォートレス)』などは有名なもので、高難度クエストの指定地には必ず彼らの内の誰かの姿があったし、極稀にだが一時的な協力関係を結ぶこともあった。


この内、俺と同じようにソロで攻略に臨んでいるのは『神射手』と『破壊王』の二人だけで、『指揮者』と『移動要塞』はそれぞれを中心としたパーティでクエストに挑んでいるのが普通だ。


とはいえ、偶に協力することがあるとはいえ、基本的には同じように転生を目指すライバル同士。

プレイヤー間の仲は決して良好とは言えない。

特に俺と『指揮者』は以前あった揉め事の所為で、それこそ最前線では有名なほど険悪な仲だった。







だが、この日。


王都グラスの中央広場に集結したプレイヤーの集団(八十は下らないだろう)の中には、そんな良く言えば“凌ぎを削り合う仲”の二つ名持ちが多数含まれていた。


俺を含めて先程並べた四人は全員揃っているし、それ以外にもこの街やそれ以外で見かけた実力者が集まっている。


例えばそこの石柱に背を預けている騎士や、隅に腰かけてひたすら短剣を磨いている暗殺者然の少女。

クエスト前だというのに暢気に手にしたハンバーガーを齧る少女剣士や、噴水の脇でキョロキョロと視線を行き来させる怪しげな和装の男など…。

見たことのある連中ばかりだ。


と、そのとき不意に、後ろから肩を叩かれた。

振り向いて見るとそこには、またしても二つ名持ちの、俺の数少ないフレンドが立っていた。


「サクヤ…?お前も王都に来ていたのか?」


目の前で、深い青の髪を一つに結って垂らした少女が、笑みを浮かべて頷いた。


「うん。私のステータスもそれなりに上がってきたから…。こういうクエストなら、ユートの役に立てるかもって思って…」


銀の模様が描かれ、神秘的な印象を与える紫の単衣を纏った少女は、僅かに俯いて頬を上気させながら呟いた。


「そうか。なら、久々に俺と組むか?」


俺はあくまで事務的に、彼女をパーティに誘う。

普段はソロで戦う俺も、サクヤの驚異的な魔術スキルには一目置いている。

それによって得られる支援魔術の効果は、とてもありがたいものがあるからな。

その分、近接戦にはとことん弱い彼女だが、今回のクエストにおいてその点はあまり問題にならないだろう。


サクヤは微笑んで頷いた。

かなり熱のこもった視線を俺に向け、頬も赤くしたままだ。



俺はそんな彼女を、ため息を一つ吐いて咎める。


「なあサクヤ、この世界にリアルの関係を持ち込まないでくれないか?」


俺の告げた言葉に、彼女はしゅんとして俯きつつも、力のない反論を返してきた。


「でも……裕人と私が幼馴染なのは変えようがないし…」


現に今も、俺の名前を呼ぶときの語感が少し違っていたように思う。


「いや、あちらでの俺と今の俺、ユートは別人だ」

「………わかった」


サクヤは、俺のハッキリとした否定の言葉にショックを受けたようだ。

しかし、俺が常に表明している態度だから、頷かざるを得ないと思ったらしい。


俺は彼女が頷くのを見てまた一つ息を吐くと、メニューウィンドウを操作して、サクヤにパーティ申請のメッセージを飛ばした。

サクヤも依然俯いてはいたが、素直に自分宛に飛ばされた申請のYesタブに触れた。


直後、俺の視界左上に、サクヤの名前がパーティメンバーとして表示される。

これで、俺とサクヤは一つのパーティとなった。

俺は誰かとパーティを組むこと自体滅多にないので、いつも最初の内は違和感を覚えてしまう。


だがまあ、それはそれだ。

すぐに慣れるだろう。


それに、久しぶりにパーティを組んだサクヤへ何の言葉もなしというのは、さすがに礼儀がないか。


「サクヤ」


俺は未だ物憂げな表情で俯いている(原因が俺だというのも解っている)サクヤに呼びかけ、彼女が顔を上げるのを待って出来る限り真面目に、かつ穏やかに言った。


「とりあえず、よろしく頼む」


俺の言葉を聞いた彼女は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに嬉しそうに微笑んで頷く。


「うん。よろしくね」


多少元気のない声ではあったが、どうやら彼女も気持ちの落ち着く点を見つけることができたようだ。

若干距離を詰めてきて、何も言うことなく俺の隣に立った。





それから十分程経って、メニューに表示されている時計が深夜零時を告げ、日付が変わった。

その瞬間、広場の端、王宮を背にする高台の上に、一人の男が姿を現した。


恰幅の良い身体を高価な布の衣服で包み、威厳のある顎鬚をたくわえ、頭に王冠を載せた中年の男。

この世界唯一の国家であるフォリオ王国の国王、レニングが、集まったプレイヤー全員を見下ろす形で立っている。


ふと、国王の脇に立つ女性が、杖を掲げて何かしらの魔術を行使した。

杖の先に光が集まっていき、収束した光はその後、国王の喉元に移動する。

王は自らの喉をさすった後、徐に口を開いた。


「勇敢なる冒険者の諸君。我が求めに応じてくれたこと、感謝する」


魔術によって拡声された王の声は、広場に集まったプレイヤー全員の耳に届いた。


「諸君を呼び寄せたのは他でもない。この王都に未曽有の危機が迫っておるためだ」


これまで思い思いの行動をとっていたプレイヤーが、残らず国王の声に耳を傾けている。


「古文書に記された厄災、“魔竜”が現れたのだ」


どこかで誰かが口笛を吹いた。


「魔竜は東の森の奥から、ゆっくりとこの王都に向けて移動してきておる。このままでは、奴によって王都は滅ぼされてしまうだろう」


王は両手を広げた。


「かの強大な竜を打ち倒すため、諸君らの力を貸してもらいたい。魔竜を討ち、我らが王都を守ってもらいたいのだ」


広場のプレイヤー達から、王の言葉に応える歓声が上がる。

正直、雰囲気に合わせたノリみたいなものだが、あながちそれっぽく聞こえてしまうのが面白い。


広場に集まるプレイヤーの歓声をざっと眺めていた国王レニングは、鷹揚に頷くと高台の向こうに姿を消した。

それを合図に、プレイヤー達が街の出口へと足を向け始める。

ゆっくりとメニューを操作しながら歩く者もいれば、我先にと走って出ていく輩もいる。


俺は隣に立つサクヤに目を向けて、出発を促した。


「俺たちも行くか」

「うん」


即座に頷く彼女も、すでに準備は終えているようだ。

まあ、この時点で準備が出来ていないようなやつはいないだろう。


街の門へ向けて歩き出した俺たちは、途中で一つのパーティと出くわした。

魔術師二人に重装戦士三人、そして指揮官然とした先頭の男の六人パーティだ。

珍しい武器である“指揮剣(タクト)”を提げた先頭の男は、こちらに気付くとニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて俺を睨んでくる。

サクヤは彼らの視線に気がつくと、俺の背中に隠れた。


「おや、『武芸者』殿ではないか。やはり君も来ていたのだな」


向こうが話しかけてきたのを見て、俺はあからさまにため息を吐いた。


正直会いたくなかった相手だ。

こうなった今でも、できれば話したくない。


「ふん、顔を合わせて早々ため息とは、相変わらず失礼な男だな、君は」


俺の行動に簡単に怒りを露わにした男は、笑みを仕舞いこんで犬歯をむき出しにした。


「……そいつは失礼したな、『指揮者(コンダクター)』」


呆れつつも、礼の無い行為だったとは思うので一応謝罪しておく。


この仰々しい喋り方をする男は『指揮者(コンダクター)』。

最前線で活躍する、認めたくはないが俺の好敵手の一人だ。


中世のヨーロッパ貴族のような派手な格好に、全身を包むことのできるマント。

魔術の行使も可能で、遠近どちらにも対応できるが扱いの難しい“指揮剣”を使いこなし、仲間の五人へ巧みに指示を飛ばす姿から『指揮者』の二つ名で呼ばれる実力者だ。


まあ、一対一で俺が負けるとは到底思えないが。


『指揮者』は俺の答えに一つ息を鳴らすと、門の方へ向き直りながら言った。


「ふん、まあよかろう。君がどれだけ不躾な男だとしても、そこらの雑多なプレイヤーよりは戦力として数えられるからな。精々、魔竜にやられないよう気をつけたまえ」


吐き捨てるように言うと、やつは仲間を連れて街を出ていく。

彼の仲間たちも、俺に目礼しながらリーダーの後に付いていった。


「……勝手なことばかり言いやがって。俺がやられるはずないだろう」


去りゆく男の背中に向かって、小さく呟く。

以前、俺はあの男と諍いになり、やつの率いるパーティとの決闘の末、一人で刺し違えたことがあるのだ。

六対一という圧倒的有利な状況にもかかわらず引き分けだったのだから、さぞ悔しかったのだろう。

やつはそれ以降、俺のことを毛嫌いしているのだ。


(まあ、それはこちらも同じだがな)


俺もやつのことは、どうしてか気に入らない。

特に理由もないのだが、できれば関わりたくないと思っている。

本能的に嫌っていると言うべきか。

だから向こうの方から嫌ってくれるのであれば好都合というものだ。


俺はそんな気分の悪くなる物思いを沈めて、背中に隠れていたサクヤを振り返る。


「待たせたな。俺たちも行くぞ」


彼女は安心したように一つ息を吐くと、俺の隣に並んだ。

そして一緒に目的地に向かって歩き出す。


目指すは王都グラスの東に広がる森林地帯だ。

ゆっくりとこの街に近づきつつあるという魔竜の下へ参じて、他のプレイヤーと共同で魔竜を滅ぼす。

それが今回の任務であり、俺たちの目的だ。



俺とサクヤは出払ったクエスト参戦者の集団の最後尾を、ゆっくりと東へ向けて歩き出した。


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