第一話「食欲が無い時の栄養補給」
ある日ある場所ある時間。本通りから一本わき道に曲がった先にあるちょっとワケアリなレストラン。そのフレンチレストランスタッフ達と、その周囲で繰り広げられる、美味しさと楽しさとちょっと現実のほろ苦さを加味したそんな日常の物語。今日もご飯がおいしいです。
朝の八時半、店前の道路をはわく事から耕の一日はスタートする。その後、シャッターを開いて外の窓ガラスを磨く。磨き終えた後は観葉植物への水やり、ついでに郵便物のチェック。やる事は山積みである。外が終われば中の掃除だってあるのだ。手早くこなさなくては。
「耕、はよーん。」
「お早う、恵。」
いつもの挨拶といつもの笑顔で、ショートヘアが今日も元気にぴんぴんと跳ねている。パティシエール担当恵 ―禅知恵― が表口を通って入って来た。本来裏口から来るものだろうが、恵は気にしない。こっちの方が慣れてしまったと言っている。耕も気にしていない。客がいるならまた別だろうが。
床を軽く拭き掃除をして、テーブルを元に戻していると、奥から白衣に着替えた恵が出てそのまま調理場へと入って冷蔵庫を開ける。あーと呟き声が聞こえた。
「マンゴーのシャーベット、今日でおしまい。次は何にしようかなぁ。」
「春先だから苺とかいいんじゃない?」
「そうだねぇ。」
でもまだ寒いからあんまりグラニテ類は増やしたくないなぁとぶつぶつ呟いている。
と、裏口がバタンと開く音がした。
「うぃーっす。」
「蜜、お早う。凄い荷物だなぁ。」
まーなと眼鏡の青年 ―葉蜂蜜― はそのまま倉庫の方へ向かう。残念ながら敷地の関係で更衣室は無い。女性が着替えている際もあるので男性陣の声かけは必須だが、そもそもスタッフが四人なので誰が何処にいるかは大体把握できている。
「あ、鯛がある!もう出すの?」
蜜の買って来た食材を遠慮なくごそごそと漁っていた恵が声を上げた。
その言葉に手早く着替えを終えた蜜が首を振る。
「いや、その辺はちょっと早めに買って来た試作用だ。今日はちょっと寒いからソテーやポワレよりブレゼやラグ―だな。」
「そうだなぁ、フリカッセなんか美味しいかもしれないな。」
三人集まった所で厨房の掃除が開始される。勿論昨日の内に片付けてはいるが、開始前にもきちんと整理整頓して道具なども全て熱湯消毒は忘れない。何は無くとも清潔第一。
「お早う。」
厨房にもう一つ声がかけられたが、振り返っても誰もいない。いつも通りさっさと着替えに行ったのだろう。その辺は徹底している。暫くすると奥から香ばしい匂いがしてきた。
「咲、おはよー。」
「お早う。」
調理場とテーブル席を繋いだ受け渡し口にコーヒーカップが四つ、トレーに乗せられて置かれる。それを合図に各自今こなしている仕事を一時中断、もしくは手早く終わらせて厨房を出る。
時間は九時五分前。日によって少しずれるのは致し方ない。一人ずつ珈琲に口をつける。
「本日の予約確認から始めるぞ。」
長い髪をいつものようにアップに纏め、咲は手元のメモに目を落とした。
「ランチタイムの予約は今日は無い。4×4で、残りは全部2席で行くぞ。」
オータムシエルはそんなに大きな店では無いが、6人席×2、4人席×3、奥の方に個室のように2名席が二つ並んでいる。個室も欲しい所ではあるが、致し方ないだろう。
「ディナータイムは予約が3組、2名、2名、4名様だ。耕は後で確認しておけ。」
「分かった。」
「尚、特に今の所ご注文は入っていないが、午後一組二名様は樋口様だ。」
「ん、ちょいメニュー変更した方がいいかな?」
「いや、まだ歯も丈夫だし何でも食べると仰っていたぞ。下手に気遣うと気を悪くする。」
了解、と蜜は手を頭の横に、所謂恵令のポーズを取る。じゃ、と蜜はそのまま続けた。
「本日のランチ、前菜はアボガドとエビのトマトのファルシ、小アジのフリット、ブレス風サラダ、色々野菜のミネストローネにアスパラのチーズガレット、ほうれん草と卵のディジョン風にカマンベールチーズトースト、夜はスモークサーモンのムース追加で。」
んー、と耕が少し首を傾げる。
「ちょっと重いかも。チーズ2品は多いかもな。」
「そうか?じゃあカマンベールチーズトーストは変更、普通の薄いバゲットにパセリかけてカリッと焼いた奴の方がいいか。」
「ああ、いいかも。」
「小アジフリットはカラッと揚げた奴で丸ごと食べれる奴にしようと思うけど、希望があれば低音で柔らかく仕上げるから、希望聞いてくれ。」
「分かった。」
カリカリと手早くメモを咲が取る。
「んでメイン、牛バラ赤ワイン煮込み、鴨のコンフィ、帆立貝のロールキャベツ風、イワシのカツレツカレー風味。夜はカスレ追加で。今日肌寒いから煮込み系に偏ったのはまぁ勘弁してくれ。」
「いいんじゃないか。夜は少し冷えるらしい。」
頃合いを見て、じゃ次ね、と恵が口を開く。
「今日も季節のシャーベットマンゴーで。これ、今日入れ替えだから終わるの早いかも。注文受けたら一応聞いて。そんで後は、ウ・ア・ラ・ネージュ、パンペルデュ、ブランマンジェ、夜はザッハトルテとクレームブリュレにベリーコンポート添えにしよっかな。冷えるんならその方がいいよね?」
アイス増やそうと思ったけど、と恵は首を傾げた。先程言われた気温に合わせてメニューを作ったのだろう。そろそろムース系増やしたいなと呟きを続ける。
「んー、というか店員増やしたいよね。」
耕が呟く。全員が内心同意した。人員が増えたらもっとメニューも増やしたい所だ。今の状況ではかなり一杯一杯だ。今日のメニュー選択など大目な方で、時に是より数が下回る場合もある。
が、増えないものは仕方ない。いないものは仕方ないのだ。
「耕。」
「うん。よし、各自今日も頑張りましょう。」
咲に促され、耕が手を叩く。おーと蜜と恵が手を上げ、調理場へと駆け込む。耕と咲は取り敢えずテーブルのセットからだ。綺麗に吹いたテーブルに、洗濯し終わったクロスを皺無く伸ばす。
ふと、耕が呟いた。
「・・・・俺が料理出来ればなぁ。」
「出来ないものは仕方ないだろう。」
「はは、容赦ないな。」
あっさり返されて、逆に吹っ切れたように耕は笑う。
「今日の花、綺麗だな。」
入口に一つだけある花瓶に、今日も出勤時に買って来たのであろう花を咲が活ける。
カンパニュラの薄い紫に、これまた淡い色合いのスプレー薔薇のピンクと霞草が良くあっている。
「安かったからな。」
そっか、とだけ返して置く。素っ気ない言い方だが、カンパニュラは咲の好きな花だ。桔梗みたいな、青い色合いの花が好きだと言っていた。理由は知らない。事実だけ知ってればいいと耕は思う。
其処で電話が鳴った、咲が2コールで取り、受け答える。
「耕、野菜頼んでいいか?」
厨房から蜜が声をかける。声を上げずに手を上げ、咲に振り替える。指を丸く輪にした。後は任せても良いという事だろう。耕は一度エプロンを外して奥に持って行き、再び厨房に入る。
時間は九時四十分。此処からいつも、怒涛のように時間が過ぎていく。
□■□
オータムシエルの営業時間は以下の通りである。
ランチタイム 12:00~14:30 ※LO13:00
ディナータイム 18:00~23:00 ※LO21:30
ランチはコースのみ。ランチセットは前菜+メイン+パン(お代り可)、前菜5種+メイン4種から選択する事が出来、1200円のお値段。これに4種から選択可能なデザートセットを追加する事により、525円追加料金で、大体フルセットでお一人様1725円。デザートまで食べれば毎日のランチには少々厳しいかもしれないが、其処は味で勝負。デザートを注文しなければ少し頑張れば偶の昼ご飯にこれくらいはずんでも罰が当らないだろう。メニューを選べるのも中々の売りだと思う。
そして夜はディナーコースのみ。此方は前菜+メイン+パン(お代り可)、前菜6種+メイン5種から選択出来、2700円。デザートは一律525円。此方も5種から選択+チーズ3種盛り合わせが選べる。ドリンクはグラス500円~、フルボトル2000円~。食後に珈琲、紅茶、エスプレッソをサービス。
選択メニューにより105~210円追加料金が有る事と、日によってメニューが増減するのが難点だが、其処は季節と仕入れの関係上考慮して頂きたい。
幸いな事にこのご時世、少しずつながらも予約をして下さるお客様も何名かいて、繁盛している内に入っていると言っても良いだろう。
「いらっしゃいませ、二名様でしょうか?」
そんな事を思っている内に開店時間は来るもので。
嬉しい事に今日も開店とほぼ同時に何組かのお客様がやってきた。
「奥のお席へどうぞ。」
「コートは宜しければ其方におかけ下さい。」
ご案内を済ませたら順番に、しかし手早くメニューとお冷をお持ちする。勿論案内した順番に。その間にもお客様は来るので、出来る限りお待たせをせずにお席へご案内する事を心がける。
「このファルシって何ですか?」
「其方は詰め物と言う意味です。トマトを刳り抜いて器にして、エビとアボガドをマヨネーズソースで合わせたものを詰めて盛りつけてあります。」
メニューにはフランス語と、片仮名交じりの日本語の二つを明記してある。
細かく説明を書きたい所だが、敢えて専門用語を少し盛り込んだ方が“らしい”というのが咲の意見だ。非日常の提供と言った所か。その代わり、メニューで悩んでいる方がいれば積極的に声をかける。
「お悩みでしょうか?」
「ええと・・・・メインでおススメはありますか?」
「そうですね、本日はホタテのロールキャベツがおススメです。ロールキャベツの具を、ホタテとベーコン、マッシュルームを合わせたものですが、美味しいですよ。柔らかい春キャベツととてもよく合います。付け合わせにも菜の花を用いておりますので、大変春らしい一品ですよ。」
美味しそう!と声が上がる。
よくもまぁあんなにスラスラと言葉が出てくるものだと耕は感心しながら咲を見た。と、すいませんと声をかけられてはいっと返事をして向き直る。ご夫婦だろうか。上品な感じで、失礼だが少し年上だろう。残念ながら見た事は無いので、初めてのお客様かもしれない。耕は姿勢を正す。
「此方のコンフィとは、どんな料理ですか?」
「あ、鴨の脂漬け・・・・えっと、低温の脂でじっくりと調理したものです。添え物はザワークラウト、キャベツの塩漬けになります。」
「ちょっとこってりしているのかしら・・・・。」
奥様らしき方が困ったように眉を寄せた。いいえ、と耕は鼻息荒く目を輝かせる。
「鴨肉はホロホロしてて柔らかくなってますし、皮目はパリッと美味しいです、鴨の癖も無くて意外とあっさり食べられます!下にザワークラフトとベーコンを軽く炒めてコンソメで味付けしたものをソース風に敷いてるんですけど、これが少し酸味が効いていて美味しいんですよ!」
「あら、美味しそうね。」
それにする?と笑顔で女性が微笑む、ああ、と男性が返した。
「じゃあメインはそれを二つ、前菜は色々野菜のミネストローネにアスパラのチーズガレットに、小アジのフリットを。デザートは後から追加してもいいのかな?」
「はい、大丈夫ですよ。」
お腹の具合と相談してお決めください、というと二人は少し噴き出した。軽く会釈をして耕は奥にオーダーを通す。カトラリーを用意しながらそれを見ていた咲が、やるじゃないか、と薄く笑っていた。
「三人なんですけど・・・。」
「少々お待ち下さい、只今席をお作りします。」
「七番上がったよー、運んでー。」
さて、ランチタイムは戦場である。
勿論ゆっくりしていくお客様も少なからずいるが、それこそOLのお客様達等は時間という制限がある。店側としても、早く席が開いて他のお客様を一人でも多く迎え入れたい。だが、だからと言ってお客様の食事をせかす事は決してやってはいけない。
ではどうするか?一番簡単で難しいのだが、注文の料理を手早く作り上げ、お客様へ提供する事である。待たす、という行為はお客様のみならず、店側にとってもデメリットしかないのだ。
「耕、中のヘルプ頼む。」
「分かった。」
と言う訳で勿論厨房内も戦場である。蜜に声をかけられ、耕は受け取った皿を運び、軽い一礼をして調理場に駆け足で入る。エプロンも忘れない。
「耕!取り敢えず其処の皿全部洗って!丸優先!」
「よし来た!」
入るなり振り向かず恵が叫んだ。厨房と店内は厳密には違う。何が違うかと言われれば流れる時間だ。ゆっくり食事を楽しんでいる最中に「皿を洗ってー!」等と聞こえて来たら、一気に現実に引き戻されるだろう。なので、蜜も恵もどんなに切羽詰まっていてもテーブル席側には声を荒げない。
「おい其処詰めろ邪魔だ!」
「うっさい!蜜があっちでやってよ!離れたら焦げる!」
但し厨房内では鬼の様である。そう思いながらも腕も捲り上げ、ガシャガシャと手を動かす。今日は結構お客様の回転率が良いから、流石に二人も手が回らなくなって来たんだろう。ディッシュマシン ―所謂食器洗浄機 ― 欲しいなぁと一人ごちる。先日咲に行ったら「これ以上カトラリー関連は増やせん」と一蹴された。良いんだけどね。
そういや先代はほぼ一人でこれを回してたんだなぁとか思っている間に耕の手は凄い勢いで動いて行く。哀しいかな皿洗いは一流料理店のシェフより上なんじゃないかと思う。一流料理店のシェフが自分で皿洗いをしているかどうかは知らないが。キュ。
「はい、こっち皿、デザートこっち、グラス此処、あとどれくらい必要?」
「それだけありゃ大丈夫だ!悪い!」
「耕、三番デザート運んで!」
「了解!後三十分だ、頑張ろう!」
□■□
カタン、と最後のお客を見送ってから、休憩中という小さな看板がドアにかけられる。
だからといってすぐさま休憩になる訳でもなく、午後の営業開始までやる事は山積みにある。
「銀行に行ってくる。買い足しとかはないな?」
「あ、咲、トイペとティッシュは?」
「一か月はストックがある。」
私が備品を切らすと思うな、とだけ返して咲はサンドイッチをつまみながらそのまま表口から出ていった。さて、咲が返るまでは耕も厨房に入る。
「さーて、何をしたらいい?」
「耕、イワシの仕込み頼みたい。その後あじ宜しく。」
「オーケイ。恵の方は大丈夫か?」
「だいじょーぶ、まっかせといてー。」
軽く返しながら手元ではカシャカシャと手際よくリズミカルにメレンゲが大量に泡だてられて行く。そう言えば二の腕が隠れる服じゃないと、何て言ってたがあれはギャグじゃ無かったのかもしれない。
そんな事を思いながらイワシを手開きで次々に卸していく前で、蜜は朝仕入れて来た鯛を三枚に卸して、半身を一口ぱくんと口に含む。
「ん、中々。」
「どうするんだ?」
「焼こうかと思ったが、蒸そうかな。半身はマリネで。」
それは楽しみだなと返しながら蜜の手元を見ると、流れるように半身が刺身サイズにスライスされて行く。うーん、良い腕だ。自分と習った事は同じはずなのに、何が違うのだろう。そう首を傾げながら処理を終えたイワシをキッチンペーパーで水分を取り、カレー粉とパセリを混ぜたパン粉を用意する。小麦粉卵パン粉こむぎこ。単純作業は少し眠くなる。繰り返しつけてバットに綺麗に並べて、冷蔵庫へ。
「あじ終わったら、どうしようか?」
「手を綺麗に洗ったら、野菜が耕君をまってますよー。」
はいはい、と用意された野菜を見て少しげんなりする。蒸し器に先程の鯛をセットしながら、蜜が同時進行の鍋の中身を掻き混ぜる。良い匂いだ。
「明日は?」
「かさごが良いのあるから仕入れるよう頼んでる。ブイヤベースもいいな。」
「そっか。ああ、でも豚肉もそろそろローテーションで使うか。」
「そうだなぁ。それかまた牛を、今度は簡単にソテーも悪くない。」
何てシェフ同士の会話に花を咲かせながら、ふともう一人に目をやると既にケーキの焼き作業に入っていた。どうやったら其処まで手際よく行動が出来るのだろうか。見る間にオーブンのセットを終えて、今度は別の材料を取り出している。アーモンドダイスがあると言う事は。
「テュイル・ダンテルだっけ?」
「そうだよー。足りなくなっちゃたから、焼きたし。」
「後で俺がやろうか?」
混ぜて焼くだけだ、それが難しいんだと言われればそれまでだが、流石にそれくらいは出来るだろう。しかし恵は笑顔で、
「耕の手、今生臭いじゃん。デザート一切触らないで。」
と、笑顔で掌を此方に向けて来た。
うちのパティシエールはプロ根性がある、と涙を飲んで耕は頷いた。
□■□
「いらっしゃいませ、ご予約のお客様で御座いますか?」
午後の仕込みを終え、テーブルの用意を済ませた後は早い夕食を試食を兼ねて行う。今日の鯛は中々だった。蒸した方も良かったが、マリネはヒットだ。今度青魚でやってみようかと蜜が言っていたから、鰤なんかも良いかもしれない。その場合は是非肉厚で歯応えを楽しみたい。
「すみません、予約した井元ですが。」
「はい、お待ちしておりました。二名様とお伺いして居りましたが、」
「連れが少し遅れるそうで、注文がそれからになってもいいですか?」
「構いませんよ、此方へどうぞ。」
会釈をして奥へ耕は促す。若い女性だ。デートだろうか。
「予約した樋口ですが・・・・・。」
「はい、樋口様ですね。いつもありがとうございます。」
「まぁ、覚えてて下さったのね。」
会釈をしながら、此方へと奥の席に通す。
「先代からのお客様ですから。」
「いやいや、美味しいものを食べ回るのが好きなだけだよ。」
「ありがとうございます。此方、食前酒のメニューです。お好きなものをお選びください。奥様は宜しければ、軽めのカクテルなど如何でしょうか?」
「そうねぇ、甘いものをお願いできるかしら。」
この人はお酒なら何でも飲むわ、と老婦人は笑った。相変わらず仲が良いご夫婦だなぁと思いながら見ていると、カランカランと扉が音を立てる。おお、大人数だ。
「いらっしゃいませ、ご予約のお客様ですか?」
「えっと、六人なんですけど、予約ないと駄目ですか?」
「大丈夫ですよ。少々お待ち下さい、お席をご用意します。」
その後も、あれよあれよという内に店内は一杯になっていた。
「恵、悪い、ムースの盛り付け三セット頼む!」
「ほいよ!」
注文が入ってすぐデザート、という事はほぼないので、厨房で恵は基本的に蜜のサポートからスタートである。皿を並べ、冷蔵庫から蜜が仕込んでおいたスモークサーモンのムースを取り出し、スプーンで成型して盛りつける。混ぜ込まれたホウレン草の緑が良い感じだ。其処にラディッシュとサラダ菜、バゲットを添える。あ、ディルを添え忘れそうだった。
「ほい、スモークサーモンムース上がり。」
「こっち小アジのフリット、ミネストローネ、サラダ上がったぞ。」
受け渡し口に並べてすぐ、咲と耕が受け取って運んで行く。運ぶなりメモに線を引き、次に取り掛かる。
「次メイン皿出して、こっちピスタチオ油!」
「あいあい!」
少し深めの皿を二枚並べて、自分を待っている皿に向き直る。刳り抜かれたトマトにエビとアボガドが詰められている。その横にちょこんとピスタチオ油を落として、
「あ、やべこぼした。」
「ボォケ!とっとと拭き上げろ!」
くっそコレ一個食べ上げてやろうかと思ったが、そもそもお客様のものである上に自分が余計怒られるだけなので恵は止めた。きゅ、と皿の淵を磨く。
「ほい!トマトのファルシ。後こっち、三番のカスレと赤ワイン煮込み。」
「OK。あ、恵バゲット取って。」
はいよーとテーブル席に返し、デザート組はまだ来ないかなーとオーダーを見上げる。
「ん?」
「恵、バゲット早く。」
「へーへー。」
耕にまで睨まれた為、恵は諦めてその場から離れた。
「はい、此方オータムシエルで御座います。」
「すみません、ワインリストくださーい。」
「はいお待ち下さい。」
電話を取りながら、咲が目線で耕を振り向く。早く行けと言う事なのだろう、耕はワインリストを手に早足で席に向かう。
「此方がワインリストになります。」
「ありがとうございまーす。」
女性の六人グループのようだった。リストを手に、どれにする?と覗き合っている。微笑ましいなと思っていると、何だか凄い視線を感じて振り返る。
「・・・はい、はい。三名様ですね。お食事などで好みが御座いますか?」
物凄く丁寧な口調で、咲が此方を睨んでいる。ハッとなって耕は引き返し、ワインリストをもう二つほど手に持ってくる。
「申し訳ありませんでした、此方をどうぞ。」
「わ、ありがとうございます!」
「店員さんやさしー!」
きゃあきゃあと黄色い声援が湧くが、耕はそれ所ではない。これは閉店後しっかり雷が落ちる。窓口に料理が置かれたのが見えたので、「お決まりになりましたらどうぞ」と微笑んで一礼、受け取り口から料理を受け取る。と、其処で奥の席に目をやる。
(・・・・・・・あ)
「お待たせしました、此方カスレと、帆立貝のロールキャベツで御座います。」
会釈をして、ワインリストを取りに戻る。と、電話対応を終わらせたのか戻っていた咲にドリンクリストも渡された。流石だ。
そしてそのまま奥の席に向かう。
「お客様、宜しければお待ちの間ドリンクなど如何でしょうか?」
奥の席はまだ一人だった。女性は慌てたように腕時計を見る。だいぶ遅れているのかもしれない。
すみません、と女性は頭を下げる。
「お酒はあまり強くないので、相手が来るまで待たせて下さい。」
「そうですか、失礼しました。」
「すみません、化粧室は。」
「はい、其方です。」
狭くて申し訳ありません、と頭を下げると、女性は恐縮して首を振った。携帯を持って行ったようだから、電話をかけるのかもしれない。耕、と呼ばれる。振り向くと指差した先に空の小さなかご。促されてバゲットを耕はスライスする。ザク、と良い音がしていた。
「ご馳走様、美味しかったよ。」
長居をしてしまったな、と三番目に退席されたのは樋口様だった。タクシーをお呼びしましょうか、と訊ねると、息子がタクシー係なんだと笑っていた。通りで今日は良く飲まれた筈だ。
「メレンゲのデザートが美味しかったわ、口解けがとても良くて見た目も可愛らしくて。」
奥様は飲まれない代わりにかなりのデザート通だ。キャラメルソースも美味しかったけど、チョコソースも合いそうねと言っていた。これは恵に伝えよう。ドアまで見送ると、入れ替わりのように次のお客様が入って来た。振り返ると咲が頷く。少しお待ち下さいと伝え、テーブルクロスの上に敷かれた噛みのクロスを受け取る。代わるように咲が行き、此方へ、とお客を促す。すぐに次にかかれるようにメニューとお冷を用意しておく。時刻は8時40分ちょっと前。
「こー。」
「あ、いや、うん。」
蜜がオーダーをつんつんと突いて呼びかける。振り返り、すまなそうに耕はまだみたい、とだけ返した。
奥の席は、まだ一人だった。
「申し訳ありません、ブレス風サラダと牛バラの赤ワイン煮込みは本日終了してしまいまして。」
「え、そうなんですか。どうする?」
「えっと、何か温かいのは・・・・・。」
「カスレは如何でしょうか?インゲン豆とベーコン、ソーセージ、鴨のコンフィをトマト風味で煮込んだもので御座います。温まりますよ。」
じゃあそれで、と頷き、会釈してオーダーを通す。
「耕、シャーベット終わったから、悪いけどそう伝えて。」
ぴ、と指差された。これは暗に早く聞きに行けと言われているんだろう。残念ながら今日は二組お客様を断った。ふぅ、と聞こえないように耕はため息をついた。
「あの、お客様申し訳ありません。当店ラストオーダーが21:30でして、その、そろそろ」
「まだ、すいません、後もう少しお願いします。」
時間を言ったのが良くなかったのかもしれない。謝りながらも女性は頑なだった。仕方ない、また時間ぎりぎりに訊ねよう。そう思いながら耕は振り返ると、白い目が六個、此方を正に白けたように見つめてすぐそらされた。何で厨房からわざわざ覗いているんだと思いながらぐっと唇を噛み締めた。
「すみません、あの・・・・・・。」
結論だけ言うと既に五回目の注文聞きだった。
入口の方で、またどうぞ、と咲の声が聞こえる。店内に既に客はいなかった。時刻は22時56分。今日は中々繁盛していた。有り難い事だ。いいやそうじゃない。
繰り返すが、オータムシエルのラストオーダー時間は21:30分である。
「その、もう閉店時間と言うか・・・・・。」
自分でも煮えきらない対応だと思う。調理場からも店内からも刺すような視線が刺さる。
見えない血を口から流していると、女性がバッグを開いてテーブルにソレを乗せた。
「本当にすみませんでした。」
「え、あの」
「ご迷惑をおかけしました。」
女性は立ち上がって、席の向かいの壁にかけてあったコートを自分で取る。耕はソレを手に慌てる。覗いていた蜜と恵が「げ」とか「あちゃー」とか呟いている。耕の手には福沢さんが二枚。
「あの、ちょっと!」
「迷惑料です。」
収めて下さい、と女性は耕の手を押し返した。これはまずい。
まずいのだがどう収めていいか耕には皆目見当もつかない。
「うちはレストランを経営しているのであって乞食をやっている訳ではないのですが。」
ずっぱりと咲が口を開いて切り捨てた。いや言いたい事は分かるのだがそうじゃないんだ。どうしてもっとオブラートなりパイ皮なりクレピーヌ(豚の網脂)なりに包む事が出来ないんだ。
「すみませんでした。そう言うつもりでは無いので、ご迷惑料として受け取って下さい。」
「レストランに来て予約時間にも遅れ注文もせず料理も食べず帰るんですか?」
「・・・・・もう相手は来ません。私一人で頂いても仕方ないので、そのまま受け取って下さい。」
「いえ・・・・・えっとあの、それでも頂き過ぎですので・・・・・・。」
ね、と苦笑いを浮かべながら二人の間に割って入る。と、咲が耕の手から一枚諭吉さんを奪い取る。
「ご注文、ムニュ・デギスタシオンで承りました。」
「はい?」
「オーダー入りました。」
「「えいさー」」
お席へ、とだけ言うと咲は厨房へ入ってしまった。あの、という女性を宥めてコートを奪い、まぁ此方へ、と椅子を引く。
「あの、わたし」
「いいですから、どうぞ座ってお待ち下さい。貴女に逃げられたら怒られるのは私なんで。」
ずるい言い方かな、と思ったが女性は諦めたようだ。空になっていたコップを下げ、カトラリーと新しい水を持ってテーブルに置く。
「お好みはありますか?」
「いえ・・・・あの、ムニュ・・・ってメニューには無かったですけど・・・・・・。」
「えーっと、簡単に言うとシェフお任せのコースです。その店のおススメをちょっとずつ持って出されるコースみたいなものですよ。」
「うちの店にはないメニューですが・・・」とはすんでの所で飲み込んだ。
お待たせしました、皿が運ばれてきたが女性は気が乗らなかった。食欲がないのだ。胃が、身体が受け付けようとしない。仕方なく顔を上げた所で、わ、と声を上げてしまった。
「まずは此方からどうぞ、ポタージュスープです。」
「え、これ」
小さなカップに、スープが注がれている。だが驚いたのはそんな事ではない。
ピンクだ。
淡いピンク色のスープが、其処に注がれていた。
「トマト、ですか?」
「いいえ、ビーツです。」
耕は微笑んだ。女性が、ロシアの?と首を傾げる。中々物知りだ。
「はい、ボルシチとかに色を出す時に使いますね。」
「もっと真っ赤かと思ってました。」
「使った量にもよります。ポタージュ仕立てなので味も色も優しいですよ。」
どうぞ、と言われるが手が動かない。一口だけでも、と促され、仕方なく口に運ぶ。
あ、と声が漏れた。
「そんなに甘くない・・・・・。」
「砂糖大根ですからね、別名。使う量が多いと甘くなるんですよ。」
「甘いから、苦手で・・・・・・でも、」
彼は、と言いかけて、ぽたりとスープに涙が落ちた。慌てて女性はハンカチを取り出す。耕は黙ってそれを見つめていた。すみません、と。この人、謝ってばかりだ。
「スープは、悲しい時でも」
食べられるものだそうです、と耕は続けた。
「一口食べると、ほっとしますよね。お腹にも身体にも優しい食べ物です。柔らかく煮込まれたスープは、滋養強壮にいいですから、お年寄りから子供まで食べられます。風邪とか・・・・・色々あって、噛むのが、面倒な時でも、飲み込む事ぐらいはした方がいいと思います。」
お腹が空いていると、考える事が出来ないですよね、と終える。
ぽろぽろと、再び女性は涙をこぼし始めた。たら、だったら、と繰り返して何か呟いている。ぽろぽろと、涙が、ピンクのスープに溶けて行く。
暫くして、とん、と背を叩かれる。受け取って、耕は皿を取り変えた。あ、と声が上がる。
「冷めてしまったので、御取り換えを。」
「でも。」
「温かい方が、美味しいんです。」
今度はきっぱり言い切った。暫く迷って、女性は再びスプーンを取った。
一口、また一口と口に運ばれて行く。暫くして、カップは空になった。
「お下げします。」
会釈して皿を下げる。入れ替わるように咲が皿を運ぶ。
嘘を一つ着いた。冷めたって、蜜の料理は美味しい。
「前菜3種盛りです。ホウレン草と卵のディジョン風、アスパラのチーズガレット、プチトマトとオリーブのベニエです。ベニエは熱いのでお気をつけてお召し上がりください。」
「ベニエ、って・・・・?」
「衣揚げの事です。湯剥きしたプチトマトの中を刳り抜いて、オリーブを詰めて、柔らかい衣をつけて揚げて有ります。此方、まだ熱いので宜しければ他のものから・・・・・。」
ぱり、と良い音を立ててガレットが折れる。美味しい、と今度は女性は笑った。
「これ、どうやって作ってるんですか?」
「簡単ですよ、茹でたアスパラを耐熱皿にチーズと並べて、オーブンで焼き上げるんです。」
ご家庭でも出来ます、と咲は笑う。其方は、と次の小皿の説明を始める。
「具をマスタード、生クリームなどで炒めて、卵を落として蒸し上げた、ココットです。」
「マスタードなのに、辛みはないんですね。あ、焼くんじゃないんですか?」
「はい。湯煎の様な製法で仕上げております。」
と、割かし和やかなムードで食事が進む中、厨房ではコソコソと小声での応酬が繰り広げられていた。
「おい恵、ここラタトゥユ引けって言ったろ。」
「知らないよ、アタシデザートで忙しいの。耕やってよ。」
「ちょ、え、どんくらい?」
「おい!多過ぎ!イワシとバランスおかしいだろ!」
「ラタトゥユにロールキャベツとかトマト率高過ぎじゃん。バランス以前の問題だよ。」
「何か言ったか!」
皿は盛り直しになった。そもそもお任せコースはメニューに無いので仕方ない。なむ。
「デザートプレートは此方、一口ザッハトルテにパンペルデュ、こっちのウ・ア・ラ・ネージュはキャラメルとチョコの二種ソースがけでーす!」
パンペルデュのソースはベリーコンポートで甘酸っぱく仕上げてまーすと元気良く恵は言うが、確かチョコソースかけて見たら、というのは本日頂いたお客様の提案だったような気がする。が、其処を言うと後々が面倒なので耕も蜜も黙った。
プレートの上には、一口サイズに四角く切られたザッハトルテにミントを添えた生クリームが添えられ、香ばしく焼き上げたパンペルデュにベリーの華やかなソース、そしてアングレーズソースの優しいクリーム色の上に、可愛らしくコロンと茹でたメレンゲが二つ並び、二種のソースとアーモンドが乗っている。さり気なくソースにハートが描かれている。恵は普段の言動とは裏腹に、こういう細かい事をするのが意外と大好きなお嬢さんである。
「パンペルデュって、フレンチトーストみたいのですよね・・・・・美味しい。」
「そーですよ!ブランマンジェとクレームブリュレは乗せなかったので、代わりにコンポートを荒く潰してソースにしてます!元のキャラメルソースだとウ・フと被るんで!ああと考えてたチョコソースと二種がけにしてみました!どーですか?」
「凄い・・・・盛り付けも凄く可愛いです。」
「にゃっはーん、ありがとうございます!」
照れながら身体をくねくねしているが、一番後のは恵が思いついたものではない。
「チーズも用意できますけど、どうします?」
「あ、もうお腹一杯で・・・・あまり、お酒も。」
「では此方をどうぞ。」
恵の横から耕が進み出て、小さめのグラスをテーブルに置く。琥珀色の液体が輝いている。恵も覚えがないので首を傾げていたが、厨房から蜜が手招きしているので大人しく戻る。
こくり、と一口含むと、爽やかな酸味とすっきりした甘さが広がる。
「これ、何ですか?」
すっきりして美味しいですけど、と女性は続ける。えっと、と言葉に詰まった耕の隣から咲が進み出る。
「セージワインを、蜂蜜とグレープフルーツジュースで割ったものです。」
「セージワイン・・・・・珍しいですね。」
「そうでもありません、ローズマリーなんかもあります。ご家庭でも作れますよ。」
へぇ、と目を開く女性に、咲は続ける。
「セージは消化促進や浄血作用といった薬効に富んでいます。臭みを消し、風味をつける効果と殺菌作用もあるため、豚肉、ソーセージなどの料理に古くから使われてきました。但し使いすぎると薬臭い料理になるので注意が必要です。紅茶にも使いますが、使い方が難しいので初心者の方はこのようにハーブワインにして楽しむ方がお勧めです。」
「は、はぁ・・・・・。」
「セージの香りは、嗅いだ人をポジティブな気分にするそうです。」
「・・・・・ああ・・・。」
合点が言ったように、女性は目を細めた。
「グラスを覗き込んで下さい。」
「はい?」
「何方か見えますか?」
「い、いえ?」
そうですか、と咲は続ける。隣で耕も首を傾げる。咲はそのまま何でも無いように続けた。
「セージの花で花占いをすると、未来の夫が見えるそうですので。」
女性は押し黙った。そのまま、グラスを置く。じっとグラスの中の琥珀色の液を覗いたまま、押し黙る。
徐に手が伸びて、グラスが再び宙に浮く。そのまま、
「・・・・ぷは。」
中の液は、喉の奥へと消えていった。あの、と女性は振り向く。
「見る前に飲んでしまった場合はどうしたらいいでしょうか?」
「もう一杯ご注文下さい。その場合は料金630円追加になります。」
じゃあ結構です、と女性は笑った。
残念です、と咲の代わりに耕が笑った。
「ありがとうございました。それと長居してすみませんでした。」
「大丈夫ですよ。」
既に0時を回っていた。外に出ると、周囲は大分暗い。タクシーを呼びましょうか、と言ったが、女性は終電が一本ありますから大丈夫です。と笑っていた。
「良いお店ですね。」
「ありがとう御座います、自慢の店なんです。」
「え、もしかして、オーナーって言うのは・・・・」
はは、と苦笑いしながら耕は頭を下げる。良く言われる。気にしてない。気にしてないったら。
「血縁では無いですけど、前此処にあったお店の二代目です。」
「そ、そうなんですか。お若いのに、大変でしょうね。」
「いえいえ、好きな事をやらせて貰ってますよ。」
嘘ではない。賛成も反対も後押しも色々あって、好きな事をやっている。定番の台詞だが、好きな事をやっている苦労は中々に気持ちが良いものだ。
「凄い、ですね。」
「・・・・多分、皆やっている事ですよ。」
「・・・・・ありがとうございました。また、必ず来ます。元気を貰いに。」
落ち込んで、後ろ向きになりそうになった時に、と女性は頭を下げた。
気になって、その背中に耕は深夜にも拘らず声を上げた。
「あの、」
「はい?」
驚いたように、女性は振り返る。
「前向きってどっちでしょうね。」
どっちかは俺にも分からないですけど、
「向いている方が、前であってると思うんです。」
そう声をかけて、恥かしくなって頭を下げて店の中へ飛び込んだ。
「何してるんだ、遅くなったんだから早く片付けろ。」
息を切らせて飛び込むと、掃除中の三人と目があった。あ、うんとだけ返して耕も片付けに加わる。これは聞こえていた。聞こえていて聞かなかった振りをしてくれているんだろう。
そう考えると再び恥ずかしくなって気落ちしていく。
「・・・・・・うわぁぁぁバカだおれぇえええ。」
「何を気落ちしているんだ。」
蹲った耕に咲の冷たい視線が飛ぶ。だってと愚図りモードになってしまった耕に、咲は一呼吸吸い込み胸を張って言い放った。
「馬鹿だから真実を語れるんだろう。」
キョトン、とした耕の横で、恵がぶっと噴き出す。
「名言パクリ――――!良い言葉だけど!」
「良い言葉だろう。私は先生を敬愛している。」
フフンと胸を張る咲に、バシバシ机を叩きながら恵が笑う。おいおい、と苦笑いしながら、蜜が皿を運んでくる。湯気と良い匂いがする。
「遅くなったけど飯食って帰るぞ。明日も早いんだ。」
「うあー、そーいやお腹空いたねー。」
「遅くなりついでにワイン開けるか、耕のおごりで一本。」
「・・・・あ、やっぱ覚えてたんだ。」
ポン、と良い音を立ててコルクが抜かれる。既に用意されていたグラスに、それが注がれていく。各自其れを手に取り、じゃ、と見回して耕が続ける。チン、と鳴るグラス音。
「お疲れ様!」
「「「ご馳走様!」」」
本日もご来店ありがとうございました。
明日の営業は、再び12:00からになります。