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染まらないイロ  作者: ウモッカ
第二章 南真白
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南真白5

 購買を後にした僕たちは、南さんの希望で、新校舎の屋上へと向かった。まだペンキの匂いが強く残る鉄扉を開けると、優しい光が差し込んできた。僕は光を遮るように右腕を掲げ、目を細めた。

 旧校舎とは違い、新校舎には屋上の出入りを許可されていた。昼休みになれば、青空の下で食事を楽しもうと、たくさんの生徒たちが押し寄せてくる。二メートルほどある落下防止用のフェンスが、一望できる眺めを損ねてこそいるけど、それ以外は噴水や花壇、テーブルやベンチなど、くつろぎの設備が一通り整っていた。

 南さんは、中央に位置する噴水の端に腰をおろした。隣に座ってもいいのか少し悩んだ後、僕は「ごめんなさい」と、周囲に謝るようにして、側へ座った。

 一人になりたかった昼休み。いつもなら校舎裏でパンをかじっていたはずだ。それが今は、校舎内で最も人が集まる場所のど真ん中で、まだ名前しか知らない美少女とツーショット。生徒たちの注目の的となっていた。もちろん邪念も感じるが、皆が僕を羨ましがっていることは確かだ。なぜか妙に心地よい。

 そうか。これが優越感というものか。

 僕は初めて味わう感情に浸りそうになったけど、思い立ったように首を振った。

 何を勘違いしているんだ。今僕がこうしていられるのは、全て南さんのおかげじゃないか。僕という人物が、皆に認められたわけじゃない。僕は何も変わってなんかいない。身体は未だに硬直状態。普通の会話すらうまくいかずに、言葉を詰まらせている。

 せっかく南さんが、僕なんかに声をかけてくれているんだ。僕もいい加減前に進まなくてはいけない。彼女に対してあまりにも失礼じゃないか。何か一つでもいい。せめて自分から話題を作らないと……

「あれ? 食べないのですか?」

 考え込んでいた僕の手が止まっているのに気づき、南さんは顔を覗き込むようにして言った。突然現れた彼女のアップ画像に、ぴくりと肩が跳ねた。

「とっても、おいしいですよ?」

 南さんは、持っていたメロンパンを一欠片程ちぎって口に入れた。「んー」と、幸せそうな声をあげ、また笑顔になる。その笑顔は、何度僕の心を乱せば気が済むのだろう。

 僕の腕に力が入る。意を決し、ついに最初からずっと疑問に思っていた事を、質問してみることにした。

「南さん!」

「どうしました? 北山君」

「ど、どうして南さんは、僕なんかに、は、話かけたの?」

 質問としてはおかしな内容だ。緊張のあまり、声が裏返ってしまった。でも、南さんは笑顔を崩さず、すぐに返答した。

「北山君が、クラスの中で一番、優しい人に見えたからです」

「え? 優しい? この僕、が?」

「はい! とっても! 私って、人を見る眼だけは、自分でも自信をもっているのです。教室で北山君を一目見た時から、この人なら大丈夫と、そう思いました」

 南さんは、持っていたメロンパンを膝の上に置いた。

「そしてやっぱり、間違っていませんでした。北山君は私の思ったとおりの、とっても優しい人でした」

「…………」

 僕の顔はきっと夕焼けのように真っ赤に染まったことだろう。恥ずかしすぎて彼女の顔をまともに見ることが出来ない。

 僕みたいな人間を、全世界が敵だと思っている人間を、彼女は優しい人だと言った。それは、自分は『人間』だと認められたような気がしたからだ。他人に褒められることが、とろけそうなほど胸を熱くさせるなんて。

「でも、何故でしょう? 学校の人達は、北山君のことを避けていますよね?」

「う、ん……そうなんだ」

 やはり、南さんは理解できてないようだった。

「え? 何かあったのですか?」

「そ、そうじゃないんだ。ぼ、僕の顔を……み、みんな僕を、ヤクザだと思って恐れているから」

「まぁ! ひどい!」

 南さんは両手を口に当てた。

「とても優しい顔をしていますのに……」

「…………」

 いや、それは嘘だ。

「なら、これまでずっと一人だったのですか?」

「うん……話しかけようにも、み、みんな逃げて行っちゃうからね」

「そんな……」

 声のトーンが下がったのが分かり、俯いていた目線を南さんへと向ける。彼女は、まるで自分のことのように、悲しい表情を浮かべていた。

 嬉しさがこみ上げてくる。他の人とは少し違う感受性を持っているようだけど、僕にとってはさして気にならなかった。彼女が変わり者だったおかげで、僕は何もかも満たされつつあるんだ。

 更に。

 南さんは突然立ち上がって、『水素爆弾』を投下させた。

「あのっ! 私で良ければ、お友達になってもらえますか?」

「え?」

 なんだ、なんだ? この僕と友達になってほしい、だって?

「嫌……ですか?」

 咄嗟とっさに首を左右に振った。僕にとっては願ったり叶ったりだ。でも、そんな捨てられた子猫のような瞳で見つめられたら、振る首にも余計に力がかかってしまう。

「そ、そんなことないよっ! 全然!」

「ほ、本当ですか? よかったぁ」

「でも、僕なんかで、いいの?」

「北山君だから友達になりたいのですっ!」

「あ、あ、ありがとう……」


 生まれてこの方、飼っている熱帯魚だけが友達だった僕に、天使の友達が出来る日がやって来ようとは。どうしても信じることができなかった。僕は彼女に気づかれないよう、力一杯指で自分の太腿をつねってみる。すぐに痛みが走り、これはやっぱり現実だということを思い知った。

 自然とこぼれ落ちてくる涙。でもそれは、決して痛みで流したものじゃない。人前で涙を見せるほど、僕は歓喜に震い立っていた。もう一生分の幸せを使い切った、今すぐに地球が滅亡してしまっても構わないと、そう思っていた。

「えへへ。私にとっても、初めてのお友達です。これからよろしくお願いしますね」

 少し変わった天使だけど、僕に向けられた完璧な笑顔こそが、内に巣食う魔物を引き剥がそうとしているのだった。


二章終わりです。


いやぁ~、友達って、ほんっとうにイイものですねぇ~(水野晴郎風)

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