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染まらないイロ  作者: ウモッカ
第二章 南真白
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南真白3

 超美少女の転校生がやってきたとの情報は、瞬く間に全校生徒に知れ渡った。三時限目を終える頃、教室側の廊下には大行列ができていた。南さんをひと目でも見ようと、窓ガラスにびっしりと顔をこびりつける男たち。見ているだけで暑苦しくてたまらない。

 だけど、そんなけたたましい廊下からは想像もできないほど、教室の中はしんと静まりかえっていた。男子生徒はホームルーム終了後から、ずっと俯いたまま。女子生徒は恨みのこもった視線を南さんにぶつけている。僕が南さんの隣に座っているだけで、クラスのみんなが何もアクションを起こせないでいるのは明白だった。

 しかし、おかしなことに、南さん自身もなぜか席を離れようとしなかった。生活環境が変わったというのに、特にうろたえる様子もなく、着々と四時限目の歴史の準備を始めている。

 知らない環境には慣れているのだろうか。それとも、彼女もクラスの皆と同様、僕のせいでここから動けないでいるのだろうか……

 僕だって、こんな重苦しい場所になんて居たくない。離れられるならばすぐにでもここを離れたいんだ。でも、飢えた猛獣どもは、自分たちが発する強力な邪念で、僕が動けないでいるとは思いもしないだろう。

 所詮、僕は仮初(かりそめ)のライオン。猛獣の皮を被ったダンゴムシ。見えない威嚇でさえもすぐに丸まって、自分の身を守ってしまう、弱い昆虫なんだ。

 僕はいつ、どのタイミングで教室を抜け出すかを考えていた。今は無理だけど、四時限目が終わると昼休みがやってくる。他のみんなも購買にパンを買いに行ったりして教室から出て行くのは確実だ。そこを狙うしかない。


 脱走プランを考えているうちに、四時限目開始のチャイムが鳴った。僕に対する邪念の数が一気に減ったとはいえ、依然と体の硬直は解けないままだ。

 隣の席では、南さんがすらすらとノートをとっていた。その手が止まったかと思うと、シャープペンの蓋の部分を口元に当て、悩ましげな表情を浮かべた。その仕草がまた色っぽくて、僕は思わず目を背けた。

 事あるごとに南さんを意識してしまっている。だけどこれは、決して一目惚れなんかじゃない。僕が恋している人は、朝野先輩、ただ一人。

 原因は判明していた。南さんの外見とは別問題だということを。

 僕は、彼女に期待をしているんだ。そう――今朝、何の躊躇(ためら)いもなく話しかけてくれた時と同じような展開を、心の中で強く望んでいる。それは神の悪戯だ、幻想だと、頭では理解しているつもりでも、身体は実に素直だった。強大な引力で引っ張られているような、そんな感覚だ。自然と彼女へと目が行ってしまうのだから、どうすることも出来ない。

 この四時限目も、授業に身が入らないのは分かりきっていた。僕はまともに授業を受けることを放棄し、教科書を盾替わりにして机に伏せた。

 そうやって、ただ時が経つのをひたすら待った。


 そして、いよいよ待ちに待った昼休みへと突入した。僕はすばやく教科書を机の中へと押し込んだ。

 ようやく一人になれる。心休まる時間がやってきたのだ。

 購買へパンを買いに行こうと、席を立とうとしたその時だった。

「少し、よろしいでしょうか?」

 隣で南さんの声が聞こえてきた。他のクラスメイトたちに話しかけているのかな?

 とりあえず僕であるはずがない、そう思ってぱっと身体をよじると、そこには南さんの顔が飛び込んできた。彼女は、また僕の「顔」を、しかと見つめていたのだ。

 まさか……本当に、僕?

 咄嗟にあたりを見回した。やはり、対象となる人物は見当たらない。それどころか、今度は廊下側からも邪念に満ちた視線が送られているのを、ひしひしと感じ取っていた。

「あの、北山君。頼みたいことがあるのですが……」

 困った表情で、南さんは言った。

「私、まだ校舎の内部がどうなっているのかさっぱりでして……あの、もしよろしかったら、購買まで案内していただけますか?」

「え? あ……う、うん……い、いいけど」

「本当ですか? ありがとうございます!」

 一瞬にして南さんの顔が華やいだ。僕のほうまで、つい顔がほころんでしまいそうだ。



 もう、幻想なんかじゃない。

 一度ならずや二度までも、彼女は僕に話しかけてくれた。これは明らかな現実だ。僕を外見だけで判断しない、清らかな心を持った人間が、長い年月を経て、ようやく目の前に現れたんだ。

 うれしい、うれしい、嬉しい!

 いや、だけどちょっと待て。違う――おちつけ、僕。

 まだ浮かれるには早いだろう? 彼女は何かもくろみがあって僕に近づいた、という事も十分に考えられるじゃないか。そんな彼女の策にはまっていいのか? 今からでも遅くない、適当に理由をつけて断ってしまえ!


 僕の心の中で、天使と悪魔が壮絶な戦いを繰り広げていた。が、突然、僕の手に触れた暖かなものを感じてしまうと、悪魔は完全に消滅してしまった。

「では、よろしくお願いしますね」

 南さんは僕の両手を握り、にっこりと微笑んだ。


ようやく章の区切り方が分かりました。


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