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染まらないイロ  作者: ウモッカ
第二章 南真白
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南真白2

 天使――彼女を見た者は、誰もがそう呼ばずにはいられないだろう。

 今、僕の視界は天使を捉えている。いや、正確には、天使しか捉えることを許さなかった。

 新品の泉州高校の制服を着た女の子が、両手でカバンを抱え、教壇の横に立っている。艶やかな髪は、朝の陽射に照らされて、美しい天使の輪を描き出していた。

 すぐに教室全体にどよめきが沸いた。初めて目にする彼女に、クラスの皆は釘付けだ。

 担任の室尾明先生は、おほん、と一つ咳払いをした後、淡々としゃべり出した。

「えー、転校生を紹介するぞー。今日からみんなと共に勉強することになった、南真白(みなみましろ)君だ。南君。自己紹介をしてくれ」

「はい」

 少し高い声で返事をした南さんは、白いチョークを手に取り、黒板に名前を書きだした。その字は、国語担当の室尾先生が唸るほどの、とても綺麗なものだった。

「南は真っ白、と書いて、南真白といいます。分からないことばかりですが、皆さん、どうぞよろしくお願いします」

 そう言ってお辞儀をしたあと、はにかむようにして微笑んだ。

「キターッ! 天使光臨!」

 岡武志がいきなり奇声をあげ、手に持っていた愛眼のシャッターを切り出した。他の男子生徒も歓声を上げながら、一同に拍手喝采の嵐が巻き起こる。というか、ほとんどの男子生徒はスタンディングオベーションだ。中には携帯で彼女の写真をとり、さっそく他クラスの人たちへと送信している者もいた。


 整った顔立ちに白い肌、ふっくらと潤った唇が健全な男子の心を鷲づかみにして離さない。宝石のような瞳で微笑むその姿はまさに天使。肩までかかるエアーの入った黒髪は、蝶の髪留めで軽く結んであり、少しだけあどけなさを表に出しつつも、それがまた抜群によく似合っていた。左手首には薄いピンクのリボンを巻いていて、モノトーンで地味な泉州高校の制服が、別の洋服に見えてしまう。

 身長は百六十センチぐらいだろうか。決して高くはないけど、すらりとした華奢な体には、無駄なものなど何一つなく、そのうえ出るところはきっちり出ている。まさに女性の理想像だ。雑誌のグラビアモデルとして表紙一面を飾っていても、全く不思議じゃなかった。

 外見だけじゃない。彼女の凛とした佇まいや動作もまた、色気と気品に満ちていた。たとえ背景が薄汚い黒板であろうと、彼女と一緒に視界へ入ってしまえば、それは一つの美術品になってしまうのだ。

 彼女は、天使と大和撫子のあらゆる『美』を取り寄せた、まさに非の打ち所がないほどの完璧な女の子だった。

 なるほど。どうりで先程から、クラスの女子生徒だけが引きつった顔をしているわけだ。このような別次元の生き物を目の前に突きつけられると、同性なら誰だって面白くないはずだ。


 ふと、南さんと視線がぶつかった。彼女は少し驚いた表情を浮かべたみたいだけど、僕から視線を外さなかった。僕の顔がよほど恐ろしいのか、思考がストップしてしまって、視線を逸らせないのか――まあどちらにせよ、この顔が原因ということだけはすぐに分かった。

 それよりも、あまりの気恥ずかしさに僕のほうが耐えることができず、無理やり窓の外へと視線を移した。

「さあ、どこに座ってもらおうかねぇ」

 先生は、はしゃぐ男子生徒をからかうようにして言った。

「南さーん! 俺の横に来てー!」

「いいや、俺の隣だっつーの!」

「バカやろう! 俺の膝の上だっ!」

 理性を失った男子生徒たちは、隣に他の女子生徒がいることに目もくれず、言いたい放題だ。それに、高橋直哉君。膝の上って君……

「それじゃあ――よし、決めた。後ろの席が空いているな。北山の隣に座ってくれ」

「はい?」

 刹那、あれだけ騒いでいた教室の刻が凍りついた。みんなは僕の方へ顔を向けるわけでもなく、一斉に着席をした後、そのまま俯いてしまった。

 いきなり僕の名前が挙がって驚いたみたいだけど、自分自身だってかなり動揺していたのだ。最後列で空いている席は、窓際に座っている僕の隣だけじゃなく、廊下側もあるからだ。廊下側なら面倒見の良い委員長の隣だし、同性同士すぐに打ち解けられると思うんだけど、どうして僕の隣なんだ?

 言葉にならない心の内を訴えるかのように、先生へと一瞥を投げたけど、いつもの何食わぬ顔で淡々と事を進めていた。若干、先生の口元が緩んで見えたのは気のせいだろうか……

 気持ちの収拾がつかないまま、南さんが僕の側へ近づいてくる。なびく黒髪と共に、フローラルな良い香りが鼻を突き、心拍数を掻き乱した。

 机に座った南さんは牡丹の花のようだった。意識せずとも、自然と目が彼女を探してしまう。僕は度々、横目で様子を伺っていたけど、それに気付いたのか、南さんは僕のほうを向いた。心を読まれたみたいで、思わず口から心臓が飛び出しそうになった。

 至近距離で、お互いの視線がしかと交わる。

「よろしくお願いしますね。北山君」

 そう言って僕の「顔」を見つめ、とびっきりの笑顔をうかべたのだ。

「あ……う……」

 まともな返答ができず、しどろもどろになりながら小さく頷いた。面と向かって他人に話しかけられるなんて、初めての体験だ。



 そうだ。

 これはきっと社交辞令。南さんだって、心の中では話しかけたくない相手だなと思っているに違いない。僕なんかの為に、好き好んで絡んでくるものか。

 これは夢。心が折れてしまいそうな僕に、神様はひと時の幻想を見せてくれているんだ。

 分かっている。分かっているけど――それでも、僕は嬉しかった。

 同年代の人間が話しかけてくれたというその事実だけは、黒く淀みかけた僕の目頭を熱くさせたのだった。


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