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染まらないイロ  作者: ウモッカ
第四章 朝野露子
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朝野露子8

 売店付近で男どもから貢物のメロンパンを受け取った後、約束の新校舎の屋上へと向かった。扉を開けると、微かに雨の匂いが漂ってきた。四時限目が始まった頃ににわか雨が降った影響だろう。所々にまだ濡れた箇所が目に付いた。

 床のセメントから発する熱で、辺り一面がむんむんとしている。粘着物が絡むような、不快な場所で食事をしようとする生徒は見当たらず、噴水の前には北山が一人座ってるだけだった。

 こいつにブチ切れてしまった今となっては、偽りの自分を演じるのはひどく虚しく感じていた。人目を気にすることなく、素の自分が出せるこの状況は、私にとっては好都合だ。

 つかつかと北山の側へ近づくと、突き放つようにして言った。

「で? 一体何の用?」

「あの、え、えと、実は……」

「自分から呼び出したんでしょ? 言いたいことがあるならはっきり物を言いなさいよ」

 北山は両手を前に組んで、もごもごと口篭もっている。この煮え切らない性格が、毎回私の神経を逆撫でさせられる。

「あの、えとね、えと……」

「何? 用が無いのなら戻るわよ」

 私は踵を返し、屋上の出口へ歩き始めた。が、北山すぐに回り込んできて目の前に立ちはだかった。よく見てみたら顔が真っ赤だ。

 視線を落としてた瞳は、今度は真っ直ぐに私へと向けられた。

「み、南さん! ぼ、僕と……」

「僕、と?」

 やはりこれは、いつも受けている告白と全く同じ状況だ。朝野の好きな所を喜色満面に語っておきながら、三日三晩でころっと私に心変わりするとはね。本当の私を見て、そこに魅力を感じ惹かれていったのだろうか。だとしたら、とんだエムっ気質だ。

 もちろん北山の渾身の告白なんて受けるつもりもない。こちらも曖昧な返事で気を持たせるような事を言い、ずるずると想いを引きずらしてやる。

 準備は出来た。さぁ、来い。

 北山は右手をすっと差し出し、お辞儀をするように言った。


「僕と……もう一度友達になってください!」

「はい?」


 全身の血液の循環が止まったみたいだ。え? そこは「付き合ってください」でしょう? 何で告白するような行動とっておいて、「友達になってください」なの? なんなの? こいつの言動に、またもや私が振り回される形になった訳? 全く意味がわからない。

 放心しかけている私をよそに、北山は続けて語りだした。

「南さんに言われて気がついたんだ。僕自身は何も行動をしていなかったんだなって。周りにただ流されてきただけなんだってことに。そう自覚すると勘違いしていた自分が恥ずかしく思えてきて……南さんに合わせる顔がなかったんだ」

「へー、そうなの」

 今は、告白すると思い込んでいた私も期待を大きく裏切られ、恥ずかしさでいっぱいなのだが。

「でも、僕、実は嬉しかったんだ」

「は? 嬉しい?」

 ここでようやく私は意識を取り戻した。ボロクソに言われたことが、嬉しかったの?

「あんなにヒドく言われたのは、生まれて初めてだったよ……南さんの言葉は確かに僕の胸をえぐった。でも、ただの罵声じゃない、僕の悪いところを的確に指摘して、怒って……いや、叱ってくれたのが、僕には嬉しかったんだ。そんな経験、今までになくて……」

「へ、へぇ、そうなの……」

 育ってきた環境が違いすぎるせいか、北山の心境は今しがた理解し難いものだった。

「だから、僕をちゃんと見て、叱ってくれた南さんはすごいなって思ったんだ。僕も南さんのように行動に移さなきゃダメだって。こんな素敵な人と仲違いしちゃダメだ! って……」

「…………」

「南さんはもう僕の顔なんて見たくないかもしれない。呆れているかもしれないけど……これからは僕も前を向いて精一杯、行動に移すって決めたんだ。だから……お願いです。僕ともう一度、友達になってください!」

 深く折っていた腰をさらに曲げて、私の前に手を伸ばす。その真剣さを目の当たりにした私は、柄にもなく少し怯んでしまった。

「じょ、冗談じゃ……」

 ない――そう否定しようとしたが、何故か次の言葉が出てこなかった。


 私は思考を張り巡らせた。

 今この状況をよく分析してみる。ここで断れば、もう二度と北山と深く関わることはなくなるだろう。だが、これで本当にいいのだろうか? 友達になったときのメリットを考えてみると、意外と私にとっての好条件が揃っているのでは?

 まず、自分の本性を知られてしまったため、こいつの前では素の自分が出せるということだ。何よりストレスを溜めなくて良いのが最大の利点。

 そしてあの大爆発により、北山は私の事を尊敬の眼差しで見ているのは確かだ。私の言うことならすんなり聞き入れてくれるだろう。

 これは……


 利用しないと損じゃないか!


 すぐに私の脳裏には、邪な考えが湧いて出た。そして、ある計画が浮かび上がる。

 笑いを押し殺しながら、北山の手を取って言った。

「そこまで言うのなら、また友達になってあげるわよ」

「あ、ありがとう」

「ただし」

 声のボリュームをあげて、北山に詰め寄った。

「条件があるわ」

「じょ、条件?」

「そう、条件。私はね、中途半端な事が大嫌いなの。今回みたいにうじうじと煮え切らない態度をとったら即、絶交するから。いい?」

「う、うん。わかった」

 北山は唇を引き締め、恐ろしくも真剣な表情で頷いた。

「なら、今からまた友達ね。よろしく」

「よ、よろしく。み、南さんって、実は、すごく逞しい人だったんだね。すごいよ」

「アンタねぇ。逞しいとか、女の子にいうセリフじゃないでしょ。あ。あと分かってると思うけど、私の本性を絶対に他人に言わないこと。もし言ったりしたら、この学校に居られなくなると思いなさい」

「い、言わないよっ。絶対! 大丈夫」

 北山は、首を全力で横に振った。


 これで北山は友達という名の『手駒』になった。こいつやその取り巻きたちの予想外の言動に、何度も計画を潰されてきたが、今度こそ北山を私に惚れさせ、心身ともにボロ雑巾のようにしてみせる。

 そのためにはまず、北山の想い人、朝野を叩く。北山に恋の手助けをするフリをして、北山から朝野を傷つけるように仕向ければ――両方潰れてくれて一石二鳥!

 水たまりの水が蒸発してしまいそうなほど、私の心は、赤い野望の炎で燃え上がっていた。

 さて、本性の私としては初めての友達、ということになるわけだ。少しは友達らしいことをしてみるかな。

 くるりと後ろを向き、北山に顔を見られないようにして言った。


「これからは『真白』って呼びなさいよね。黒羽」

 

 


四章はこれにて完結です。

こんな腹黒い真白さんですが、応援してくださると助かります。

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