朝野露子6
「さっきから大人しく聞いてりゃ、腐った卵みたいにグジグジグジグジ……マジうっざいわ。アンタ、さっき私のおかげで変わったとか言ってたわね? どこがどう変わったのか言ってみなさいよ! 私から見たら、アンタなんて出会った頃と何にも変わってないわ! 常に他人の顔色ばっかり伺って、自分からは何も行動せず構ってくれるのをただ待ってるだけじゃない! 私はね、そういう悲劇の主人公ぶっているやつが大っ嫌いなのよ!」
「み、みなみ、さん?」
だめだ、もう止まらない……
「さっきも岡から声をかけてくれたから友達になったとか言ってたわね? 昼食の先輩との会話だってそう。私と初めて話した時もそう。アンタはいつだって待つ側でしょう? しかも周りに流されてばっかりで、今ちょっとうまく行っているからといって自分自身が変わった気になっているだけじゃない!
もう一度言うわ。アンタのどこがどう変わったのか、はっきり言ってみなさい! 何を、どのように、どれだけ時間を費やして、どんな行動をして変わったのか、胸を張って言い切れるものを証明してみなさいよっ!」
「そ、そ、それは…………ひ、人を信じる心を…………知り……」
「心? 真性のアホかアンタはっ!」
「ひっ!」
私は北山の胸倉を掴み、猛獣の如き眼光で睨みつける。
「そんな目に見えないモノなんて誰が信じる? 心の中で思っていただけとか、ただアンタの言い訳に過ぎないでしょ!
アンタがね、自分のヤクザ顔にコンプレックスを持っているってのは見てりゃ分かるわ。なら、どうしてそれを克服しようと努力をしないの? 顔が恐ろしいのならマイルドに見えるようにプチ整形やファンデでごまかせばいい。それが出来ないならファッションや立ち振る舞いなどで悪印象を拭えるような魅力を作ればいい。人に好印象を与える術なんていくらでもあるでしょう? アンタはそれをやってきた? やってないわよね?
他人にちょっと否定されたぐらいで、全部が全部自分の顔のせいにして逃げ道作ってんじゃないわよ! 自分から行動して、血反吐はくぐらいまで努力して努力して努力して……誰から見ても変わったなと思えるぐらいのカタチをどうして作らないのよっ!」
「あ……う…………」
突き飛ばすように掴んでいた腕を放す。放心状態の北山は精気を失った瞳で私を見つめ、その場にへたり込んだ。
私の大爆発はまだ治まらない。
「カタチは自分も他人も変えるのよ! 私はこれを手にする為にそれこそ死に物狂いですがり付いてきた。そしていつも救われてきた! 私の全てなの!? 本当に全てなの! それを何だ? 身近にいる私に気にも留めないで、見えない雰囲気ばかり何にも考えずにほわほわ追い求めていたワケ? どこまで私をコケ下ろしてくれるんだこの野郎!」
体中から全ての膿が出尽くし、息を切らせながら北山を見下す。このまま蹴飛ばしてやりたい勢いなのだが、腰を抜かしているのか、下半身がぶるぶると震わせ怯えている北山を見ていると、なんだか急に哀れに思えてきた。
全学年の男子生徒を『自滅』させるのが目的だったのに、こうしたカタチで直々に手を下してしまうとは。これから北山と偽りの友達を続けていても、きっと私のプラスにはならないだろう。
もう……切るか。
「今日限りで友達は解消ね。お花畑でずっと一人夢見ているがいいわ」
足元の抜け殻に軽く舌打ちをし、私は踵を返した。
四つ角を曲がり、やつが見えなくなった所で全速力で走り出す。流れゆく風景や人に目もくれず、ただ一直線に自宅を目指した。裏路地を駆け上がり、マンションの扉を叩きつけるように閉めて鍵を掛けると、私は玄関先で座り込んだ。
「はぁ、はぁ、くっそぅ、ま、マジうっざいわアイツ……」
言った。言ってしまった。
言うつもりはなかった。私の計画が狂い、北山が朝野が好きと判明してイライラが募ってはいたが、理性が吹っ飛ぶほどの怒りでもなかったのだ。
トリガーとなったのは――そう。あの禁句三連発だ。しかも自分の理想がはっきりしているというのに、その目標に向かって努力しないというネガティブな発言。私の存在自体が全否定されているようで、もう耐え切ることが出来なかった。
私の本性がさらけ出されてしまう結果になったが仕方ない。
先程の一件で、北山は他人に対して疑心暗鬼になるだろうから、岡が友達だとしても胸の内をさらけ出す事はないだろう。もし仮にこの事を誰かに話したとしても、誰一人信じるものはいないだろうし、何も心配はない。
ただ、問題なのはこれからの私のモチベーションだ。今まで完璧だったこの私が、北山のせいで初の黒星を付けられてしまったのだ。臓器がどろどろに溶け出してしまいそうなほど、体の中が怒りで渦巻いている。
そんな状態で今日の『予定』をこなすのは不可能だった。
「アイツのせいで……あーっ、もうっ! 貴重な時間がっ!」
乱れた黒髪をさらに両手で掻き毟る。
そして乱暴に携帯を取り出すと、片っ端からキャンセルの電話を掛けていった。
どかんどかんどかんどかんどかんどかん! 桜島~♪




