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染まらないイロ  作者: ウモッカ
第四章 朝野露子
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朝野露子5

 北山が朝野を好きなのは、言動を見るからにほぼ確定的だった。午後の授業から北山は、ぼんやり外を眺めたり、うすら笑いを浮かべたりしてどことなく上の空だ。きっと朝野の事を考えているのだろう。

 友達のいない北山と仲良くなりさえすれば、後は私の完璧なるカタチの前に骨抜きにされるはずだった。過去に同タイプと数々の実績を上げているからこその確信だったのだ。一体どこで私の計画が狂った?

「……な……さん」

 北山も岡に対しては心を開いているように見て取れた。私の知らない所で、いつの間に岡と親しくなっていたのだろう。危惧していた事が本当になってしまうとは。 

「南さん!」

「え?」

 名前を呼ばれていることに気づき、私は慌てて声のする方へと顔を向ける。そこには怪訝そうに眉をひそめる北山が立っていた。

「もう、ホームルームが終わったんだけど……どうしたの? ぼーっとして」

「あ、あれ? 本当ですね。少々、考え事をしていました」

 教室を見回すと、すでに過半数以上の生徒が下校をしていた。残っているのは私と北山、そして一部の男子生徒たち。ずっとこちらを見ている当たり、一緒に下校しようと私に声を掛けるつもりでいるのだろう。

 今日の私は失敗続きだ。いつもなら帰りのホームルームなどすっぽかし、誰からも邪魔されることなく一人のんびりと岐路についているはずなのに。

「と、ところで南さん、途中まで僕と一緒に、か、帰らない? 話したい事もあるし」

 緊張した様子で北山は言った。

 状況から察するに、話したい事とは岡の事だろう。今は校外に出てまでこいつの顔など見たくない心境なのだが、今、北山の誘いを断ってしまうと、他の男子生徒が一斉に私の元へと押し寄せてくる事になる。仕方ないか……

「ええ、構いませんよ」

 不本意だがここは話に乗っておくことにした。


 教室を出て下駄箱で靴を履き変えると、私たちは肩を並べて校門まで歩いた。校外に出た後も、しばらく数人の男子生徒が私たちの後を付けて来たが、北山の挙動不審な仕草を見て警戒したのだろう。一人、また一人と不気味な人影は消えていき、やがて誰もいなくなった。

 私は胸をなでおろした。やはりこいつと行動を共にして正解だったようだ。

 そう。私の判断はいつだって正しい。ボロボロの心境からでもベストな答えを導き出すことができる。それがなぜ北山本人に対しては思うよう事が運ばなくなった?

 私は小さく歯を軋ませる。岡の存在が大きいのは確かだが、それよりも根本的な何かがきっとあるはず。それを絶対に見極めてみせる。

 お互い会話のないまま歩いていたが、泉城中央公園へ続く交差点で信号待ちをしていた時、北山がようやく口を開いた。

「み、南さん。今日は大丈夫だった?」

「……何がですか?」

「いや……お昼の事なんだけど……いきなり岡君が参加することになって……そして朝野先輩まで……嫌じゃなかったかなと思って……」

 北山なりに私を気遣っているのだろうが、誰のせいでこんな事になっているとおもうの? 余計なお世話だ。

「そんなことないですよ。とっても楽しい昼食でした」

「そう。安心したよ。いきなりだったから気を悪くしたかなとおもって」

 北山ははにかみながら人差し指でこめかみを掻いた。

「岡君とはさ、ちょっと前に友達になったんだ。彼のほうから声をかけてきてくれてね。写真も撮ってくれて……すごく嬉しかったよ」

「そうなんですね……おめでとうございます」

 信号が青に変わり、私たちは再び歩き始める。

 やはり岡が友達になった事で、私の計画が大きく狂い始めたのは間違いない。もし岡があの場にいなかったのなら、朝野に会ったとしても三人で食事にという事態にはならなかった。岡と朝野があだ名で呼び合うまでの関係という事で初めて成り立つ方程式が、今回の四人での昼食なのだ。

 だが、ここで一度冷静に考え直してみた。もし岡がいなかったら、北山は朝野の前でどんな表情をした? どんな態度を見せた? どちらにせよ、きっと結果は同じだろう。私よりも朝野に気持ちが向いているという事実には変わりない。

 完璧なカタチを誇る私よりも、幼児体系の朝野を選んだ事実は、変わらないのだ!


「南さん。本当にありがとう」

「え?」

 突然、北山が改まって頭を下げる。

「北山君、急にどうしたのです?」

「南さんが僕と友達になってくれて、毎日に希望が持てるようになったんだ。友達も増えた。朝野先輩とも話す事ができた。そして僕自身、『生まれ変わる』ことができたんだ。全部、南さんのおかげだよ。本当にありがとう」

「いえ……私は何もしていませんよ」

 何を勘違いしているのだこいつは。

 私はこいつの事を友達などとは微塵も思っていない。私の中では、男は全員地獄に落とすオブジェでしかないのだ。そこを勘違いさせるのが私の狙いなのだが、それよりも、私のおかげで自分自身が『変わった』とまで勘違いしているのが許せない。確かに以前よりは笑ったり話すようにはなったが、それだけだ。

 断言する。こいつの本質は何一つ変わっていない。

 私の額に僅かな血管が浮き上がる。

「あの……一つよろしいでしょうか?」

「なんだい?」

 もうあれこれ考えるのはナシだ。私は直球で本丸に攻め込む事にした。

「北山君は……朝野先輩の事……好きなのでしょうか?」

「え? ちょ、ど、どうしてそれを……やっぱり僕って分かりやすいのかな」

 やはりそうだった。

 疑問がこれで確定的になった。腕からうっすらと血管が浮き上がる。私はさらに質問で攻めた。

「北山君の態度を見ればすぐに分かりますよ。でも、朝野先輩の一体どこを好きになったのです?」

「それは……言わなきゃダメ?」

「ダメです」

「うっ……わかったよ」

 北山は一呼吸入れると、頬を赤く染めながら赤裸々に語り出す。

「先輩を見ていると、あの雰囲気で癒されるんだ。最初は小さくてかわいい容姿をしているなとしか思っていなかったんだけど、先輩はいつも元気いっぱいで、笑顔がまぶしくて……何も出来ない僕はその笑顔に何度も元気を貰ったんだ。気がつくと、好きになってたよ」

「そうですか……」

 元気を貰ったから好きになった? 雰囲気で癒される? 完璧なカタチよりも、そんな目に見えないモノに惹かれたというの?

 なら私の存在意義って一体何なの? 私はただ無意味なことを行ってただけなの?

 こんな屈辱、今まで受けたことがない!

「でも、いいんだ。今日は先輩と話せただけで満足だよ。僕『なんか』は先輩の側にいちゃいけないんだよ」

 怒りで震える私の前で、北山は禁句を発した。

「そ、そんなことないでしょう? 北山君の良い所は私知ってますし、そこを先輩に知ってもらえば……」

「きっとだめだよ。それに『どうせ』僕なんかと一緒にいたって面白くないだろうし……今日は岡君がいてくれたから話せただけだし」

 禁句その二を発する北山。私の拳が徐々に固さを増してゆく。

「で、でも、今日名前を覚えてもらったんだし、その考えは早計かと思いますけど……」

 北山は首を横に振る。

「きっとダメだよ。僕と先輩とでは吊り合わないことは分かっているし。もう『諦めて』いるんだ」

 やっぱりこいつ、何にも変わってないじゃない!

 ついに私の両足が歩みを止めた。全身の血液が煮えたぎってしまいそうだ。

「え? 南さん? どうしたの?」

 ダメなのは…………私の堪忍袋だ!


「ふっざけんじゃないわよ!」


 微風が頬を撫でる中を、私の罵声が切り裂いたのだった。


まじぎれしたら声がうらがえるよね。

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