朝野露子3
四時限目の授業が終わり、北山は昼食のパンを買いに購買へと駆けていく。その間に私は屋上へ登り、中央の噴水端の場所をとっておくのが一連の流れとなっていた。
もうじき梅雨が明ける頃だ。直射日光が当たる噴水際に座るのも厳しくなってくる。そろそろ日陰に場所を変えるかな? いや、その頃にはもう北山と一緒に食事を摂る行為自体が、過去の産物となっているのかもしれないな、などとせせら笑いながら、屋上の扉を開けた。
噴水前までたどり着くと、一人の女子生徒がその場を陣取っていた。というよりも、地べたに四つ這いになり、何かを探している様子だ。
「あの……どうかしましたか?」
このまま居座ってもらっては邪魔だと判断した私は、彼女に声をかけた。
「うーん。コンタクトをね~、落としちゃったんだぁ」
「あら、それは大変! 私もお手伝いしますね」
「うん、ありがとう~」
私のほうを見向きもせず、彼女はひたすらとコンタクトを探している。しかし困っている割にはのほほんと間延びした答えが返ってきたので、私は少々イラついてしまった。
こいつ、探してあげてるんだから、せめて私のほうを向いて礼ぐらい言いなさいよ!
一体どんな礼儀知らずな女なんだ、と覗き込むようにして彼女の顔を捉えた瞬間。私の顔が引きつった。
朝野露子だ。
泉州高校の二大ファンクラブと言えば、私こと南真白と、この女。当然、私はこの女が大嫌いだった。学園のアイドルは二人もいらないからだ。
今、この女と初めての接触となるわけだが、正直男どもはこんなお子様のどこに魅力を感じるのか分からない。背は低いし顔は童顔。胸だけは私よりも少し大きいかなと見て取れるぐらいで、あとは女性の理想像からは遠くかけ離れたカタチをしている。いうなれば、幼児体系。
それなのにファンクラブが存在するという事実が、私を苛立たせていた。
朝野は未だに「ない~、ない~」と嘆きながら、亜麻色の髪をかき上げては捜索作業を続けている。実は噴水の角にそれらしきものを確認しているのだが、腹が立ったのでそのまま黙っておくことにした。
あと少し経てば北山がここへ来るだろう。そのときにコンタクトを拾って朝野に渡せば、恩を売ることができると同時に、困っている人を助けた心優しい女性、と北山も受け取ってくれるはず。まさに一石二鳥な作戦だ。これで行こう、うん。
私は朝野と一緒に作業を開始した。浅野がコンタクトがある場所に近い所へくると、すかさず私が割り込んで探すフリをし、地味に邪魔をする。時にはコンタクトらしき別物を拾って気をそらし、北山が来るまでの時間を稼いでいたりした。
そうこうしているうちに約五分が経過。
「南さん、おまたせ!」
ようやく北山の到着だ。これでやっと茶番劇も終わるのかと思い、北山のほうへ顔を向けると、再び私の顔が歪むことになった。
「やあマシロン。俺も一緒に昼食とらせてもらうぜぃ」
時化た面の岡が、パン袋を見せ付けるようにひょいと片手を挙げている。
ちょ……なぜ馬鹿がここにいるの?
「ない~、あたしのコンタクトどこ~」
「お、ツユッチじゃん。なになに、またコンタクト落としたの?」
「そうなの。あれ無いとホントに困るんだよぅ」
「しゃーねーな、かわいいツユッチのためだ。探してやるか~。あ、北山も手伝ってもらえないか?」
「も、もちろんだよ! って、あれ? あそこの噴水の角にあるのって、もしかしてコンタクトじゃないかな?」
「え? どこどこ?」
北山は私の後方を指差す。紛れも無く、私が見つけていたコンタクトだった。こいつ、どんな目してんのよ!
「あああっ! ほんとだあああっ! よかったよぉ!」
「わ、私全然気づきませんでした。でも見つかってよかったですね」
岡の登場で動揺しているうちに、一石二鳥の計画が瞬く間に崩れ去った。
「見つけてくれてありがとう~。えと……………………キミ、誰だっけ?」
「は、はじめまして! 二年B組のき、北山黒羽です!」
「あ~っ、キミが噂のヤクザ顔のコかぁ! 確かに怖い顔してる。ナットクだよっ!」
そういって朝野は両手を合わせてほんわかと笑った。
「ツユッチ、ストレートに酷いこと言い過ぎだって……」
「あら、オカヤンも。どうしてここに…………きゃあっ! 南真白チャンまでいるよぉ! え? なんで? なんで?」
「……今頃気づいたのかよ」
「……………………」
この驚き方からして、本当に私たちに気づいていなかったのだろう。何なんだこの女は。外見だけじゃなく、中身もまるで無垢な子供のようだ。
「もしかして、真白チャンが一緒にコンタクト探してくれていたの?」
私は言葉に出来ずに小さく頷いた。
「ありがとう~! うふふ、憧れの真白チャンと出会っちゃったよっ! 嬉しい~!」
「あ、憧れ?」
「そういやツユッチ、マシロンのファンクラブに入ってたな」
「え? マ、マシロンってどなたです?」
「真白チャンしかいないよぉ。あはは、気づいてなかったんだねぇ」
本当は知っていたけれど、今出来る精一杯の天然キャラを演じたのだった。嫌っている女が、普通自分のファンクラブに入っているとは思わない。その意表を突いた攻撃が、私の鉄仮面に少しばかりのヒビをいれた。
やばい。この流れは想定外過ぎる。
「うおー! 今気づいたが、学校の二大美少女が今、夢のコラボレーションを果たしている瞬間じゃねぇか! これを撮らずにいられるかってんだ!」
いきなり肩に掛けていたカメラを取り出し、フラッシュの嵐を浴びせてきた。こいつはウザ過ぎる。
「そうだ! ねぇねぇ、これも何かの縁だし、四人でご飯にしようよぉ」
「えっ? せ、先輩と……」
「良いねぇ! ツユッチナイス! うんうん、そうしようぜ!」
「ちょっ……あ、そ、そうですね……」
危ない。二人の息の合った絶妙な会話で、思わず素を出してしまうところだった。本心は全力で否定したいところだが、ここで話の流れに乗っておかなくては、築き上げてきた私のイメージに悪影響を及ぼしてしまう。
今までどんな状況にも取り乱すことなく演じきってきた。いつもならば笑顔でさらりと交わし、話の主導権を握ってはうまく立ち回っているはず。
この私がどうして北山と同じく、二人に成すがままにされているの?
何この屈辱感――いや、冷静になれ、私。今は想定外の事が起こりすぎてパニックになっているだけだ。まずは一呼吸おき、高ぶる感情を落ち着かせよう。もうボロは出さないわ。自分のキャラに徹するのみ。
私は気を引き締めなおし、噴水端へと腰を下ろす。
そして、数年ぶりとなる『同性』を交えた昼休憩が始まろうとしていた。
真の天然は、全てを狂わす魔物です。




