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染まらないイロ  作者: ウモッカ
第四章 朝野露子
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朝野露子2

 目的地へ辿り着くまで、私は少し面倒な行動をとらなくてはいけない。マンションを出た後すぐに裏側へ回り、人目のつかない裏路地を抜ける。約百メートルほど続く緩やかな傾斜を下ると、やがて一車線ほどあるティー字路へと合流する。私は辺りを見回し、誰もいないことを確認してから、町の風景に溶け込むようにして歩き出した。もちろん、これには訳がある。

 他人に自分の住んでいる家を特定されたくないからだ。もし居場所がばれてしまったら、私に心を奪われて正常な判断が出来ない男どもが、ストーカーと化して襲ってくる可能性が高い。両親の元を離れる前は、自宅の前に張り付かれたり、コンセントに盗聴器をしかけられたことも多々あった。ま、全部返り討ちにして、社会的制裁をたっぷりとお見舞いしてあげたけど。自分で自分の身を守れるほどの技量は持ち合わせているのだが、やはり面倒なことは極力避けたい。それに、せめて自宅にいる時ぐらいは何も気にせず作業に没頭したいものだ。

 この道路は比較的交通量が少ないので、目撃される確率が低いうえ、細い路地があちこちに張り巡らされてあり、万が一尾行された時も撒きやすい。引っ越してくる前に念入りに地形を調べ上げたのが功を奏していた。

 午前八時十五分。朝のホームルームが始まる五分前。いつものように学校の校門をくぐり、下駄箱へと向かうと数人の男子生徒が私を待ち構えていた。

「南さん、おはようございます!」

 一人の生徒が私の上履きを手に取り、すのこの上に置いた。

「おはようございます。まぁ! いつもありがとうございます」

 飛びきりの笑顔を作ってやると、彼の精神が空の彼方へ飛んでいったかのような、腑抜けた笑みを浮かべる。ああ、なんて気持ち悪いカタチなのだこと……

「でも本当に、このような事はしていただかなくても……」

「いえっ! これは僕等が南さんの為だけに、好きでやっていることなんです! やらせてください!」

「じゃあ……せめて普通に接してくれるようお願いしますね」

「はいっ!」

 そして全員が一斉に『敬礼』のポーズをとった。こいつら自身は反吐が出るほど嫌いなのだが、私を崇拝するその姿勢だけはいつ見てもたまらない。やはり男はこうでなくては『潰し甲斐』がない。

 それから彼らは私を囲むようにして教室へと移動する。端から見れば異様な光景なのだが、チャイムがなる間際となる今では、廊下には誰もいない。私が遅刻ギリギリに登校する理由はそこだ。

 親衛隊と勝手に名のるこいつらは、朝早くから私の下駄箱で待ち伏せをしている。時間ギリギリに来れば、この異様な光景を他生徒に目撃されるのを最小限に抑えられると同時に、こいつらの相手をする時間が少しでも減らせるわけだ。

 そして最大の理由がもう一つ。

「あっ、南さん! おはよう!」

 教室に入ると、友達になってあげている北山が声をかけてきた。親衛隊たちは殺虫スプレーを噴射されたみたいに散らばると、すぐにホームルーム開始の合図が鳴った。

「あの、えと……」

 北山は今日も何かを言いたそうな顔をしては、渋々と教壇に目を向ける。

 うん、これでいい。


 全ては、北山黒羽を焦らす為の心理作戦なのだ。


 初めて北山のカタチを見た時は、あまりの恐ろしさで眼球すら動かなかった。が、落ち着いて北山を観察してみると、きちんと襟を正している制服に背筋を伸ばして椅子に座っている姿勢から、恐ろしいのは外見だけなのではと判断する。そして先生から名前を呼ばれた時のクラスの反応、話しかけた時の北山自身の反応の差をみて、北山はただの真面目な男だということを確信。他の連中は外見だけを恐れて北山を避けている、といった感じだった。

 これを利用しない手はない。

 このようなタイプは、外見がコンプレックスとなり内向的になりがちだ。常に人の顔色を伺いながら生活をしている。他人が普通に声をかけたとしても警戒されるばかりであまり効果がない。

 そこで活躍するのが天然キャラ。普通とは違う視点を常に意識し、想像の斜め上から切り込みをかける。相手は意表をつかれ、強張った顔が一瞬で間抜けなカタチになる。そして、自分のコンプレックスなんて気にも留めない人が現れたと思い込み、天然を偽った南真白という人間が、彼の心に強く刻み込まれる。そうなってしまえばこっちのもの。後は上っ面だけでも友達になり、付かず離れず微妙な距離感を保ちつつ、相手の不安を煽るのだ。

 私はこのやり方で、前の学校の男子生徒を『真白依存症』にしてやった。最後は私をめぐって大乱闘になったようで、数十人の男子生徒が病院へと運ばれたらしい。私が直々に手を下さなくても勝手に自滅しくれる、これが私の『理想形』だった。

 北山と友達を演じて早一ヶ月。ヤツの中は私に対する嫉妬心でいっぱいのはず。今日あたり、内に溜まっている不満を解消するべく、少し強引なアプローチに打って出るのではないかしら? それを私は一身に受けたフリをして相手を喜ばせ、天然キャラでまた同じような不安を与えていくのだ。回を重ねるうちに段々と私のことで脳が支配さえるのはもはや明白。壊れていく北山の姿が目に浮かぶ。

 さて、その時がくるまで他の男たちの相手でもしておくかな。

 にやけてしまいそうな感情を抑え込み、今日も天然キャラを演じる私の一日が始まる。


 全ては私の思うがままに事が進んでるのだが……一つだけ気がかりなことがあった。

 それは岡武志の存在だ。

「おー北山! 今日は調子どうだー?」

「う、うん。ちょっと寝不足だけど体調は良いよ」

 ホームルームが終わると、岡は他愛のない話題を北山に振ってくる。そして返答する北山も、いつも緊張して強張っていた表情が、一週間前ぐらいから微妙にほぐれている気がするのだ。目には見えないが、雰囲気が違う。

 馬鹿を極めた馬鹿、と呼ばれている岡だから、孤立している北山に話しかけたとしても不思議はないが……もしかしたら二人の間を近づける何かがあったのかもしれない。

 私に依存しきってもらうには、北山には私以外の人間から孤立させておく必要があった。心を許せる友達が私以外にも出来たとなれば、思考に余裕を与えてしまうことになり、こつこつと積み上げてきた作戦が水の泡になりかねない。ただの思い過ごしなら良いのだけど……

 しかし、岡め。私が他の男子と会話をしている間に、滑り込むようにして北山へと話しかけるとは。転校してきた当時は私をつきっきりで激写していたくせに、今はなんだか避けられているようにすら見て取れる。時折ちらちらと視線を向けるので私に興味がない訳ではなさそうだが、この男だけは本当に、何を考えているかさっぱり分からない。ああ、ムカツクわ!


 まぁ、このまま疑っていても埒が明かない。今日の昼休みに、北山へ何気に探りをいれてみるか。

 笑顔を振りまいて男たちの相手をする私の心中は、名前とは似ても似つかない色で溢れていた。


ストレス発散には、クッキー箱のプチプチですよね。

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