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社畜だった前世の記憶で宮廷工房を直す ─ 婚約破棄された魔道具師、定時退社で国を変える ─  作者: 渚月(なづき)


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第4話 噂は毒、けれど証拠は薬

工房の認可が下りて一週間。仕事は順調に──とは言えなかった。客が来ない。正確に言えば、来かけた客が引き返す。


鍛冶通りの商人が教えてくれた。


「あんたの工房の噂が出回ってるよ。『素行不良で宮廷を追われた女が、粗悪品を売っている』って」


噂の出どころは明白だった。そして噂というものは、否定すればするほど広がる。前世の炎上対策で嫌というほど学んだ。反論は燃料になるだけだ。


(噂には噂で対抗しない。事実で上書きする。)


まず、事実を作ることにした。鍛冶通りの職人たちが日常的に使う道具──火力調整用の魔道具、金属の純度を測る簡易検査具。どれも宮廷工房の製品を使っているが、高価で壊れやすいと不満を抱えている。


三日間で五種類の実用品を作った。耐久性を重視し、値段は宮廷品の半額に設定する。素材費を考えれば利益は薄いが、今は実績が欲しい。数字で語れる実績が。


鍛冶通りの鍛冶屋の親方に、一つだけ無償で渡した。


「試しに使ってください。壊れたら直します」


親方は渋い顔で受け取った。だが翌日、もう一つ注文が来た。その翌日に三つ。口コミは静かに広がる。数字と品質は嘘をつかない。使えば分かる──それが職人の世界の掟だ。


十日目の午後、工房に来客があった。赤毛の巻き髪に華やかな装い。侍女を二人従えた若い女性。メリッサ。侯爵令嬢にして、私を「悪役令嬢」として社交界で断罪した張本人だ。


「あら、本当にこんなところでお店を開いているのね。見違えたわ──悪い意味で」


声は甘い。棘は言葉の裏に仕込まれている。彼女は工房の中を見回し、作業台の上の魔道具を一つ手に取った。鍛冶屋向けの火力調整具だ。


「こんな粗末なもの、よく売る気になるわね。宮廷工房の品と比べたら──」


「魔力効率は宮廷品の一・五倍、耐久性は二倍です。比べていただけると嬉しいですね」


私は笑顔で答えた。感情ではなく、数字で返す。前世で覚えた処世術の中で、唯一今も使えるもの。感情的になった方が負ける。


メリッサの目が一瞬揺れた。数字の意味がわからなかったのか、あるいは私が動じなかったことが想定外だったのか。おそらく後者だろう。泣いて取り乱すことを期待していたはずだ。


「……ふうん。まあ、せいぜい頑張ることね。オルヴァン様は、あなたのことなんてもう気にもしていないわ」


振り返り際、彼女の指が工房の入口の柱に触れた。爪で軽く引っ掻くような仕草。──無意識の癖だろう。こういう細部に、人の本音が出る。


(彼女は確認しに来たのだ。私が本当に脅威でないかどうか。)


もし脅威でないなら、わざわざ来る必要はない。来たということは──オルヴァンが気にしている、ということだ。私の工房が少しずつ実績を積んでいることが、あの完璧な男の耳に届いている。


メリッサが去った後、工房の前にそばかすの少年が立っていた。大きな手。おどおどした目。宮廷工房の見習い技師の制服を着ている。


「あ、あの……リーゼル先輩。俺──レオンです。覚えていますか」


覚えている。工房で一番下の見習い。不器用だが、工具の手入れだけは丁寧だった。失敗した試作品を捨てずに棚に並べる律儀さがあった。


「覚えているよ」


「先輩が作った照明具、俺、ずっとすごいと思ってました。あの並列回路──独学で考えたんですよね。俺にも……教えてもらえませんか」


彼の手が震えている。宮廷工房の見習いが、追放された技師の元を訪ねるのは、相当な覚悟がいるはずだ。オルヴァンに知られれば、彼自身の立場が危うくなる。


私は少しだけ考えた。弟子を取る余裕はまだない。けれど──この子の目は、本物だ。技術を学びたいという渇望がある。


「いいよ。ただし、定時退社。夜は帰って寝ること。無理をして壊れたら、何も作れなくなるから」


レオンの目が大きく見開かれた。それから、不器用に頭を下げた。これは前世の自分に言いたかった言葉でもある。若い頃の自分に会えたら、同じことを言うだろう。


夕方、セルジュが工房に立ち寄った。今日は書類が少ない。


「鍛冶通りで評判が立ち始めている。宮廷工房の一部が動揺しているという報告がある」


「動揺、ですか」


「品質で負けている製品があると、下の技師たちが気づき始めた」


彼はそれだけ言って、帰ろうとした。扉の前で足が止まる。もう慣れた。彼はいつも、最後に一つだけ言葉を落としていく。


「……工房の前に人が来ていた形跡があった。侯爵家の紋章入りの馬車だ。気をつけろ」


メリッサの訪問のことだろう。監査官は、工房の周辺にも目を光らせている。私は「ありがとうございます」と言った。彼は何も返さず出て行った。


けれど、扉が閉まるまでの一瞬、彼の横顔に浮かんだ表情を、私は見逃さなかった。──それは、心配、と呼ばれるものによく似ていた。


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