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社畜だった前世の記憶で宮廷工房を直す ─ 婚約破棄された魔道具師、定時退社で国を変える ─  作者: 渚月(なづき)


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第3話 三日で証明しろと言われたので,,,

工房を開いて三日目の朝、扉の前に一通の封書が差し込まれていた。封蝋の紋章は宮廷物資管理局。嫌な予感しかしない。


開封する。文面は丁寧だが、内容は端的だった。「当工房は正規の認可を受けておらず、魔道具の製造・販売は認められない。三日以内に品質試験に合格しない場合、工房の閉鎖を命じる」。


(三日。……随分と急だな。)


品質試験自体は正当な制度だ。新規工房は王宮の基準を満たす魔道具を提出し、審査を受けなければならない。ただし、通常は申請から審査まで二週間の猶予がある。三日というのは、明らかに誰かの意図が入っている。


封書の差出人は物資管理局局長ゴットフリート。名前だけは宮廷工房時代に何度か耳にしていた。予算の配分を握り、筆頭技師のオルヴァンと近しい関係にあるという噂だった。


(オルヴァンが動いた、ということか。)


追い出しただけでは足りない。私が工房を開いたことを知り、芽を摘みに来た。前世の上司もそうだった。辞めた部下が別の場所で成果を出すのを、何より恐れる。


前世なら、理不尽に黙って従っていた。けれど今の私は違う。理不尽には理不尽の裏にある構造を見る。構造が見えたら、そこに楔を打つ。逃げるのではなく、正面から数字で黙らせる。


まず、やるべきことを整理した。品質試験の基準は三つ。魔力効率、耐久性、安全性。いずれも数値で審査される。提出する魔道具は一点でいい。ただし、基準を大幅に超えた品質であれば、審査官の心証が変わる。ぎりぎりの合格では、難癖をつけられる余地が残る。


(圧倒的な品質で黙らせる。それが一番早い。)


私は作業台に向かった。作るものは決めていた。多機能型の携行灯──照明に加え、温度感知と方位表示の機能を一つの筐体に収めた魔道具だ。


宮廷工房の標準品は、機能ごとに個別の魔道具を製作する。一つの品に複数機能を統合する技術は「不安定になる」として避けられてきた。だが、それは回路設計が一本道だからだ。並列回路を応用すれば、複数の魔力経路を干渉させずに共存できる。


白樺の芯材を削り出す。前世で言えば、基板の設計図を引くようなものだ。銀糸を三本に分岐させ、それぞれの経路に異なる術式を刻む。照明用、感温用、方位用。三つの術式が一つの芯材の上で、互いに干渉せずに走る設計。


初日は設計に費やした。芯材の削り出しと、銀糸の配置を何度もやり直す。指先の感覚だけが頼りだ。微細な配置のずれが、完成品の品質を左右する。前世のプログラミングでバグを潰す作業と似ている。根気と精密さがすべてだ。


夜になって、ようやく試作一号が完成した。魔力を注ぐ。光は灯った。温度感知も動く。だが方位表示がわずかに揺れる。三番目の経路で微細な干渉が起きている。


(銀糸の間隔が近すぎる。糸一本分だけ広げる必要がある。)


解体。やり直し。完成品を壊すのは惜しいが、妥協した品を出すわけにはいかない。三日しかないからこそ、一発で通る品質が必要だ。


二日目。朝から作業台に向かい、銀糸の配置を修正した試作二号に取りかかる。昼過ぎ、扉を叩く音がした。


「使用届の受理確認を持ってきた」


セルジュだった。相変わらず書類を抱えている。監査官というより書類の運び屋に見える。彼は一瞬だけ工房の中を見た。作業台の上に散らばる銀糸の切れ端、削りかけの芯材、失敗した試作品。


「品質試験の通知を受けたか」


「はい。三日以内に、と」


「通常は二週間だ」


短い沈黙。彼は事実だけを述べている。だが、その事実の選び方に意味がある。これは──助け舟だ。「三日は異常である」ということを、監査官の立場で伝えている。


「知っています。でも、三日で出します。基準を超えるものを」


セルジュは私の目を見た。二秒、三秒。それから小さく頷いた。その頷き方には、疑いではなく確認の色があった。


「受理確認書はそこに置く」


書類を作業台の端に置き、彼は出て行った。扉が閉まる直前、彼が足を止めた気配がした。何か言いかけて、やめた──そんな間。私は振り返らなかった。今は手を止めるわけにいかない。


二日目の夜。試作二号が完成した。三つの機能が、干渉なく同時に動く。魔力効率は宮廷標準品の一・八倍。光は安定し、温度感知の反応速度も申し分ない。


ただし、耐久性の検証がまだだった。魔力を連続注入して、どれだけ持つか。炉の前に座り、携行灯に魔力を流し続けた。一時間、二時間。光は安定している。温度感知も方位表示も揺れない。


三時間を超えたとき、ふっと意識が遠のきかけた。


(寝るな。前世で三日徹夜した私が、ここで寝てどうする。)


四時間。五時間。六時間を超えたところで、携行灯の光がわずかに揺らいだ。──私の魔力のほうが先に限界に近い。記録をつける。六時間以上の連続稼働。宮廷基準の耐久要件は四時間。十分すぎる。


三日目の朝。作業台の上に、完成品が一つ。白樺の芯材に銀糸の螺旋。先端に水晶。見た目は素朴だが、中身は宮廷標準品を二世代は超えている。私はそれを布で包み、鍛冶通りを歩き出した。


宮廷物資管理局は王都の中心にある。かつて毎日通った道。追い出された場所に、自分の足で戻る。足取りは軽い。作業焼けした指先が、布越しに携行灯の輪郭をなぞる。


(この手で作った。この手で証明する。)


管理局の受付で提出手続きを済ませ、審査室に通された。審査官は三名。いずれも宮廷工房の上級技師。──そしてその奥の席に、もう一人。ゴットフリート局長が、笑顔で座っていた。恰幅のいい体を椅子に沈め、帳簿を膝に乗せている。


「やあ、リーゼル君。三日で来るとは、さすがだね」


声は柔らかい。目は笑っていない。前世でこういう上司を何人も見た。穏やかな顔で梯子を外す人間。笑顔の裏に計算が透けている。


私は布を解き、携行灯を審査台に置いた。


「新規工房の品質試験として、多機能型携行灯を提出します。照明、温度感知、方位表示の三機能を統合しています」


審査官たちの目が変わった。三機能統合は宮廷工房でも例がない。一人が携行灯を手に取り、魔力を注いだ。光が灯る。手をかざすと温度が表示される。向きを変えると方位が切り替わる。審査官同士が目配せを交わす。


ゴットフリートの笑顔が、ほんのわずか硬くなった。想定外の品質だったのだろう。三日では間に合わないと踏んでいたはずだ。


「……なるほど。しかし、耐久性の数値がなければ審査はできないよ?」


「六時間の連続稼働データがあります。記録はこちらに」


前世の社畜魂が、ここで役に立つ。エビデンスは必ず紙で残す。報告書は数字で語る。記録用紙を差し出すと、審査官がゴットフリートに渡した。


局長は帳簿を閉じ、記録に目を通した。それから──ゆっくりと、笑顔を作り直した。


「素晴らしい。品質基準は十分に満たしている。工房の認可を正式に発行しよう」


あっさりと。ここで難癖をつけるほど愚かではないらしい。審査官三名が品質を認めた以上、局長の一存で覆せば、彼自身の立場が危うくなる。


私は礼を述べ、審査室を出た。背中にゴットフリートの視線を感じたが、振り返らなかった。廊下を歩きながら、手が震えていた。緊張ではない。安堵でもない。


勝った──とは思わない。これは始まりの一歩にすぎない。ただ、自分の作ったものが数字で評価され、正面から認められた。それだけで、呼吸が少し楽になる。


管理局の出口で、見覚えのある長身の影が壁に寄りかかっていた。セルジュだった。書類の束は今日も健在。


「認可は下りたか」


「はい」


彼は頷いた。それだけ。だが、その足がわずかに向きを変え、私と同じ方向──鍛冶通りのほうへ歩き出した。


「管理局の帳簿に不審な点がある。近いうちに、工房の取引記録も確認させてもらうことになる」


それは私の工房ではなく、宮廷工房の話だろう。彼はそれ以上何も言わなかった。ただ、鍛冶通りの入り口まで、書類を抱えたまま無言で隣を歩いた。春の風が吹いた。彼の書類がばさりと揺れた。


──その帳簿の裏に、何が隠されているのか。まだ私には見えない。


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