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窓の外を見遣ると、桜の梢が風に揺れて、薄紅色の花びらが空に舞っていた。こんな日にはソメイヨシノがたくさん植えられている近所の公園に行きたかった、命と一緒に。
手元に視線を落とすと、渡された錠剤が目に入る。フィルムに包まれた、たった二錠の薬。吹けば飛ぶように軽いはずの薬は、ずっしりと重たく感じられた。逃れられない引力によって深い場所へと引きずり込まれる錯覚を覚えた。
呼吸が荒い。心臓がばくばくしている。今日のために準備を整えてきた。夢を描くこともできず詰まらなかった人生なりに、最後の時間を後悔のないように過ごしてきた。それでもひどく緊張していた。
口がからからに乾いていて、薬を飲むための水を一口飲んだ。でも、喉の渇きは癒えなかった。飲んでも飲んでも満たされない。水差しからコップに水を注いだ。また飲んでも、駄目だった。いつまでの喉の渇きは癒えず、それどころかもっと喉が渇く。
頬を熱い水が伝って、また涙がこぼれたのだと遅れて気づいた。鬱がひどかった時よりもずっと深刻な悲しみを覚えていた。
あんなにも渇望してきた死がすぐそばにあるのに、どんな苦痛も手放せるのに、体が動かなかった。
ずっと死んでしまいたいと思っていた。だが、今になって間違いに気づいてしまった。死にたいと思っていたのではなく、頭の中で死にたいと言っていただけだ。体と心を苛む苦しみの全てから逃れたいという思いを表すのに、それ以外に言葉を知らなかったから。
物心ついてからずっと苦しみを感じていた。いなくなった父親、憎しみを向けてくる母親、支配欲と加害欲をみなぎらせて手を伸ばしてくる大人たち、遠巻きに見ているか異様に距離を詰めてくるばかりだった同級生たち。この苦しみを癒してくれる人はいなかった。すべて、世界のあらゆる場所で、息ができなかった。
死の淵で命に出会ってしまったから、息ができるようになった。長い夜に手を握ってくれる人がいることを知ってしまった。この感情を表す言葉を見つけてしまった。
今すぐ命の腕に抱きしめられたかった。二人で積み上げた全てを台無しにしても、許されて、まだ愛されたかった。
薬を置こうとした手が止まる。
愛されるはずがない、許されるはずがない、台無しになる全ては二人をつなぐ全てだった。二度とあの腕に抱きしめられることはないだろう。
今日までの幸福な日々は、与えられた愛情は、受け止めてもらった愛情も、本来は死後の自分が手に入れるものを前借りしたに過ぎない。全ては死を前提としていた。それを返すべき時が来たのだ。生きてこの部屋を出ることはできなかった。
フィルムから薬を押し出して、水で飲み込んだ。それから横になって、手元のボタンを押した。ほどなくして医師と看護師、最後に命が部屋に入ってきた。
命に手を握られて、自分の選択が正しかったことを知った。
「地獄で待ってる」
命の手を握り返して、秋人は初めて穏やかな気持ちで眠りに就いた。




