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安楽死の予定日がきて、命とともに病院へと向かった。穏やかな春の日だった。
病院に着いて受付を済ませると、病室へと案内された。がらんとした部屋で、ベッドと生体情報モニタ、それから来訪者用の丸椅子が三つ置かれているだけだった。
ほどなく安楽死の担当医が入ってきて、秋人に挨拶をした。
医師から最後の意思確認書類を渡される。安楽死を希望すると書き、署名をして返した。
秋人が病室のベッドに寝そべると、医師は命に秋人とのお別れが終わり次第、退出するよう求めた。
薬剤摂取による安楽死を選んだ場合、最期の瞬間には、誰も立ち入ることができなかった。薬剤を本人の意思で飲んだ事が誰の目にも明らかになるよう、誰かの手によって無理やり飲まされることがないよう、一人にさせられるのだ。
医師が二人のお別れの時間のために部屋を出た。
何を話すかは、事前に考えていなかった。今日、起きてから病院に来るまでも、命とは最低限の会話しかしなかった。緊張して仕方がなくて、声が出なかった。
先に話始めたのは命の方だった。
「出会ってから随分時間が経ってしまいましたね」
「感傷的な雰囲気はやめろよ。時間が経ったって、たかが一年だろ」
命の硬く握りしめられた手に触れると、命は弾かれたように顔を上げた。
「あんた、謝ろうとしてるだろ」
「はい。僕は自分のわがままであなたの苦しい時間を引き延ばしたから」
思わず笑いが零れた。命の沈痛な表情を見ているだけで気分が良かった。
「あんたの謝罪のタイミングは最悪だ、これで許せないなんて言えるはずがない。もし罪悪感を抱いているなら、一生抱えて生きていけ」
「……そうですね。そうします」
見つめ合ったり、耐えきれず視線を逸らしたり。互いにどうしていいか、わからなくなっていた。
この期に及んでも、命が秋人に生きて一緒にいてほしいのか、死んで遺体が欲しいのか、読み取れない。しかし、それはおそらく本人にもわからなくなっているのだろう。だから、秋人にも読めない。
「あんたと過ごした時間は、悪くなかった。本当に楽しかった。生きてて良かったと思えた」
もっと伝えたい言葉があったが、胸のあたりに詰まって出てこなかった。
抱きしめ合うと涙が一筋流れて、命のうなじに落ちた。焦がれた時が迫っているはずなのに、今は一秒でも長く命の腕の中にいたいと願っていた。
「また会いましょう、秋人さん」
「ああ、また会おう。命」
命が病室を出て行くと、医師が入れ替わりに入ってきて錠剤の入ったフィルムを渡してきた。
「これを飲めば命を絶つことができます、でも、気が変わったらいつでもやめることができます。何かあれば呼んでください、部屋の外に待機しています」
医師が出て行って、秋人は今度こそ病室に一人になった。




