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灰にかえらない  作者: 水底 眠
10 recollection
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 メリーゴーランドを下りると、閉園のアナウンスとともにいかにも哀愁をさそう音楽が流れていた。


 命はごく自然な動作で手を繋いできた。


 遊園地を出ても、命は手を離さなかった。だが、秋人は居ても立っても居られず、手を離した。それから、手の甲で目元を拭った。


 遊園地の外は静かだった。夜の潮風が少しうるさいくらいで、遊園地にいた人々はすでに最寄り駅に向かっていて、周囲に人はほとんどいない。


 遊園地で一日中遊ぶことが死ぬ前にどうしてもやりたかったことなんて、子どもっぽすぎて泣けてくる。しかも、約束を守って最後まで命が機嫌よくいてくれたことが、涙が出るほど嬉しかった。


「秋人さん、どうして泣くんですか」

「……泣いてない」


 命の顔は見られなかったが、彼がふっと微笑んだのがわかった。こういう時だけ年上らしくするのはやめてほしいと心の奥底から思った。


「遊園地に来たかった理由、教えてもらってもいいですか?」


 秋人は強く顔を擦って、涙を全て拭い去った。肌がひりつくのを感じた。海から吹く風が、無遠慮に赤い肌を撫でて、痛かった。


「話したくない」

「聞きたいです」

「面白い話じゃない」

「でも聞きたいです」


 本気で舌打ちがしたくなった。あるいは、命を突き飛ばすか殴ってやりたかった。それだけの資格が自分にはある気がした。でも、できなかった。


「あんたはやっぱり最低だ、遠慮ってものを知らない。会ったときから今の今まで、きっと死ぬまで最悪だ」


 でも、自分には命が必要だった。演じてる自分も、隠したい自分も、自分でも気づかない自分も、そういう全部をかき分けて、見つけてほしい自分を見つけてくれる。それは眼差されるだけで息が止まりそうなほど痛いのに、目を逸らすなら殺してやりたいと思った。


「遊園地に来たのは、これで二度目のことで、一度目は俺の誕生日の日に両親と来たんだ。離婚寸前の、関係が決定的に壊れてた後に。姉さんは、あの日は部活の合宿でいなくて、俺と両親との三人だけだった。俺は、遊園地で二人が仲直りしてくれることを願ってた。楽しく過ごせれば、仲直りできるって信じてた。でも、二人は来て一時間もしないで喧嘩し始めた。母さんが気づいたらいなくなってて、父さんはすぐに諦めて俺を連れて家に帰った。家に帰ってからも、ほんと酷かった。二人の喧嘩で、たぶん一番荒れた。割れたガラスを片付けようとして切った手のひらの傷が、今も残ってる」


 秋人は思わず手のひらを握りしめた。姉が家にいなかったから、絆創膏を貼ってくれる人はいなかった。


 誰にも傷に気づかれたくなくて、いつも人に見えないようにしてきた。手のひらに触れられるのも嫌で、手を繋ぐのだって嫌だった。


「それから一週間もせずに父さんは家を出て行った。ほんと、自分の子どもよりガキで、呆れも通り越した。母さんも、似たようなもんだった……」


 拭ったばかりの涙がまた流れて、ひりつく肌をちくちくと刺した。


 こうなってもまだ自分の両親のことを悪く言うのが辛かった。何か理由があったのかもしれないと、いつまで経っても考えてしまう。


 子どもの頃の自分たちには理解できない事情があったのかもしれない。だから、自分の子どもを大事にするのが難しかっただけで、悪い人じゃなかったんだと、そう思いたい。これがほとんど祈りであることを、悲しいくらいに理解している。


 本当は、とっくに現実を知っている。自分の両親はろくな人間ではなかったのだということを。


「ここは、俺にとって最悪の場所だった。遊園地の名前を聞くだけで胃がひっくり返りそうだったし、楽しい場所で楽しめなかった自分は歓迎されない気がしてた。今だって出られてほっとしてる」


 また涙がこぼれ落ちて、ぼやけていた命の顔がはっきりと見えるようになった。


「話してくれてありがとうございます」


 秋人は命を強く抱きしめた。人目も憚らず、ただ一心に。


 今、自分たちがどこにいるのかも、わからなかった。周りの音も、視線も、全部が遠くにあった。認識できる世界は、自分と、命の二人っきりだった。


 誰かを目一杯愛することを許されるのは、それをされる以上に満たされることだと知った。衝動に似た思いを表現して、受け止めてもらえることが、どうしようもなく必要だった。


 こんな形でしか出会えなかった人と、全く違う形で出会いたかった。本気で死を願い始めた幼い頃に出会えていたら、あと少し何かが変わっていただろうか?


 ああ、いや、やっぱりだめだ。死にたい自分と、死体がほしい命でなければ、すれ違うことさえできなかっただろう。


「外でこういうことするの、嫌いなのかと思っていました」


 命は嬉しさと恥ずかしさが半々という風に言って、優しく抱きしめ返してくれた。


「ああ、そうだよ。嫌いで、恥ずかしくてたまらない。遊園地だって、あんたとじゃなきゃ来ようなんて考えもしなかった」


 ありがとうと言うのは、もう難しかった。言葉より涙があふれて、命を抱きしめるのに精いっぱいだった。

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