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灰にかえらない  作者: 水底 眠
10 recollection
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 三月も下旬に差し掛かると、過ごしやすい気温の日が多くなっていた。


 遊園地に行く約束をしていた日も、天気予報は晴れで、お出かけ日和だった。


 当日は、珍しく目覚ましをかけたが、結局起きられず二度寝した。


「おはようございます、秋人さん」


 命の声で目が覚めて、すぐにこちらを覗き込んでいた命と目が合った。遊園地に行く約束の日だと夢現に思い出すが、なぜ顔を見られているのかは理解できなかった。命にかぎって今さら寝坊したことを責めるはずがない。


「……は? なに、おはよう」

「今日は遊園地に行く日ですが、僕は先に出ますね」

「なんで?」

「遊園地の前で待ち合わせましょう、その方がデートっぽいでしょう?」


 命は秋人の布団を剥いで、カーテンを全て開けた。すでに日が昇っていて、差し込んだ日差しが目を貫く。


「ふざけんな、眩しい! あんた馬鹿?」

「そういう訳で、僕は先に出ますね。秋人さんは準備ができてからでいいですから。じゃあ、また後で会いましょう」

「俺の話聞けよ!」


 今にもスキップしそうな足取りで命は部屋を出て行った。


「遊園地に行きたいとはいったけど、デートに行こうとは言ってない」


 とっくにいなくなった命に向けて文句を言ってから、ベッドから這い出た。もっと他にも言ってやりたいが、それは会った時のために取っておこうと思った。


 適当に着替えて顔を洗って、寝癖を直して、朝食を食べた。


 朝から一人で家にいるのは一人暮らしをしていた時以来だった。命は家で仕事や打ち合わせをするし、友人と遊びに出かけるのも昼から夜にかけてだから、朝は必ず家にいた。


 家を出て、電車で遊園地に向かった。道中では、鏡を見かけるたびに覗き込む自分がいた。どうにも落ち着かなかった。


 行き先の遊園地は、初めて行く場所だった。子どもの頃に一度だけ家族で行った遊園地は、調べたところとっくに閉園していた。


 遊園地に着くと、入り口近くのベンチで命が待っていた。秋人に気づくと、グラスを外して駆け寄ってきた。家で毎日顔を合わせているのに、外で待ち合わせると急に気恥ずかしさを覚えてふいと顔を背けてしまった。


「わ、悪い。待たせた」

「いいえ、僕も今来たところです」

「見え見えの嘘つくなよ。あんたは俺より一時間は早く家を出ただろ」

「秋人さん、ここは乗ってくださいよ」


 命はいつにも増して上機嫌だった。


「さあ、行きましょうか」


 そう言って、さっさと入場ゲートへと向かおうとする命を慌てて止める。


「あのさ、入る前に一つ頼みがある。帰るまでは、なるべくいつも通りでいてほしい」

「……僕が浮かれ過ぎって意味ですか?」

「違う、そうじゃなくて。不機嫌にならないでほしい。こんなこと言わなくても、あんたは別にそうならないってわかってるけど」

「いいですよ。でも、交換条件があります」

「なんだよ」

「手を繋いでください」


 命が手を差し出した。秋人は露骨に嫌そうな顔をして無言で抗議をしたが、命の提案は変わらなかった。


 渋々手を繋いでやると、やっぱり暑苦しくて、うっとおしくて、すぐにでも手を離したくなった。だが、命がにこにこしているのでそうもいかなかった。


「この方がデートっぽいでしょう?」

「ああ、たぶんそうだな」


 秋人はぶっきらぼうに言って、命の手を引っ張って歩き出した。命はわざとなのかゆったりと歩きたがり、引っ張る秋人の手の力にさりげなく反抗してきた。


 普段は歩調など気にもせず歩いているが、手を繋いでいると互いのペースを合わせなければいけなかった。手を繋いだり腕を組んだりする世の恋人たちの気持ちはますます理解できなくなった。


 しばらく無言で折り合いがつく箇所を探して、秋人はペースを落とし、命は反対にすこし早足になった。


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