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灰にかえらない  作者: 水底 眠
10 recollection
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 一年で最も寒く辛い季節である二月は、特筆すべきことは何もなかった。とにかく寒くて外に出かける気にならず、命に言いつけられている日課のトレーニングの時間以外は、ぼんやりとしていることが多かった。


 だから、もっぱら命と一緒に家にいて、こまごまとした死ぬ前にやりたかったことを一つ一つ一緒にやった。冷え込んで雪が降った日などは、雪が外の音を吸い込んでしまったから、まるで世界に二人きりになったような心地がした。


 そんな二月が過ぎ去り、三月に入ると、暖かい日も増えてきた。


 秋人は冬が遠ざかって安堵するとともに、春の訪れに名状しがたい感情を覚えていた。


 学校を卒業して一人で暮らしていた時は、めぐる季節に思いを馳せたことなどなかった。ただ痛苦の時が一秒でも早く過ぎ去ってくれることを願って息をしていた。


 安楽死予定日のちょうど一か月前になったころ、命は秋人の全身写真を撮りたいと言った。


「生きていた時と全く同じ肌の色を染色や着色によって再現できるとお伝えしていましたが、それには生前の全身の画像データが欠かせません。そのため、今日は撮影に協力していただきます」

「全身って、全裸でってこと?」


 命がリベンジポルノをするとは思えなかったが、自分の全裸写真が3Dで残されることを考えるとぞっとした。


 死後に作品にされることはこの期に及んでも他人事のように実感がないが、写真は卑近であるし、拡散する可能性があると考えると不快感を覚えた。


 学生の時に勝手に写真を取られてネット上で拡散したこともあった。あの時は、近くの学校からも秋人の顔を見ようと生徒がやってきて大問題になったし、妄想をこじらせたストーカーにも悩まされた。


 写真はもともと好きではなかったが、大嫌いになったのはあの時だった。


「はい、肌の色のデータが欲しいので服は脱いでください。スキャン撮影後はデータをスタンドアロンPC上で保存し、作品完成後にはPCごとデータを削除することをお約束します。どうしてそんな顔をするんですか? 契約書にも書いてますよ」


 命は契約書を机から取り出して持ってくると、該当部分を指差して見せてきた。


「あ、ほんとだ」

「サインさせた僕が言うことじゃないですけど、契約書はよく読んでからサインしてくださいね。僕は別に騙してないですからね」


 思わず命から目を逸らした。契約書はほとんど読んでいないと言ったが最後、契約書の最初から最後まで音読させられるに違いないのだから。


 命は大事そうに契約書を机に仕舞った。


「ま、契約書に書いてあるなら従うよ。データが全部消えるならいい。あんたなら悪用もしないだろうし」


 秋人は渋面を作る。


「悪用方法なんて思いつかないので安心してください」

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