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灰にかえらない  作者: 水底 眠
9 reception
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 新幹線に乗るために朝九時に命に起こされ、秋人は渋々目を開けた。


「秋人さん、おはようございます。朝ご飯食べたらもう出発しますよ。僕と祖母はもう先に頂きました。あと、荷物はだいたいまとめておきましたからね」


 秋人は寝ぼけ眼を擦りながら顔を洗い、ダイニングルームへと向かった。キッチンから万実が顔を出して、にこやかに微笑んだ。


「あら、おはよう。あけましておめでとう、今年もよろしくね」

「おめでとうございます、こちらこそよろしくお願いします」


 秋人は寝間着で、かつ寝癖だらけの頭でこんなあいさつをすることを恥ずかしく思った。こんなことなら身支度を整えてからにすべきだった。


「はい、これお年玉」

「え?」


 秋人は流れでポチ袋を受け取ってしまった。薄ピンク色のかわいい袋は、意外と厚みがあって朝から血の気が引いた。


 お年玉をもらったのは生まれて初めてだったが、嬉しいよりも混乱が勝っていた。お年玉は大人になっても貰うのが普通なのだろうか?


「はい、それじゃあ座って、おせち料理食べててね。今おもち焼いてお雑煮持って行くから」

「いや、その、手伝います、というか俺の食事ですから自分がやります」

「新幹線まで時間がないんでしょう? ほら、さっさと座って食べなさい」


 あれよあれよという間に椅子に座らされる。万実はにこにこ楽しそうにしていて、お年玉を返したいとも言い出せない。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 秋人がちまちまとおせち料理を食べていると、万実がお雑煮をよそった椀を持ってきた。


 お雑煮は焼餅とすまし汁に、かまぼことネギという組み合わせだった。だしの良い香りがしていた。


「先に食べちゃってごめんなさいね。初日の出の時間にも起こしてあげようかと思ったんだけど、命が起こさなくていいっていうからやめたの」

「全然大丈夫です、お構いなく」

「あと一時間で家を出るんでしょう? 準備は間に合いそう?」

「あ、はい、大丈夫です」

「おせち好きなのあったら教えてね。この量を一人で食べるの大変だから、ちょっと持って帰ってもらえると助かるから」

「は、はい」

「帰ったらこのお正月は何するの? 初詣? お買い物?」

「特に決めてなくて……」


 万実の会話のペースに飲まれていると、命がダイニングルームに姿を現して苦笑した。


「お祖母ちゃん、秋人さん困ってるからその辺にしてあげて」


 万実はちょっと恥ずかしそうに笑って、ごめんなさいね、と言った。


「命ちゃん、持って帰ってほしいものたくさんあるから、ちょっと来て見てくれる?」

「あんまり重いものとかかさばるものじゃなかったらもらうよ」


 命が万実からあれこれとお土産を渡されているのを横目に、秋人はお雑煮を食べ終えた。


 支度を整え荷物をまとめると、ちょうど出発予定時間になった。別れ間際には、万実は少し涙ぐんでいた。その姿を見て、秋人は胸が詰まった。朝食の時に楽しそうに振舞っていたのは、もしかしたら無理をしていたのかもしれない。


「すみません」


 気が付くと謝罪の言葉が口をついて出た。自分なんかが死ぬのに悲しませたことが辛かった。


「いやね、秋人さん。あなたは少しも悪くないの。ただ歳を取って涙もろくなってるだけなの。それに、これが最後だってわかっている別れなんて、有難いことなの。友だちも子どもも夫も、ちゃんとさよならを言えなかった」


 万実が秋人の手を握った。皺だらけの手はあまりに小さかった。

 自分が捨てる命が一秒分でもこの人の元へ行きますようにと、そんなことを願った。


「さようなら。いつまでもお元気で」

「ええ、さようなら。秋人さん。会えて本当に嬉しかった」


 秋人は先にタクシーに乗ったが、命と万実はその後も少しだけ話をしていた。二人の表情はあっさりとしたものだった。来年も会うことが分かっているからだろう。


 お別れを済ませた命がタクシーに乗り込むと、自動で扉が閉まった。命が窓を開けて、万実に手を振った。


「じゃあ、またね」

「うん、元気でね」


 万実もにこやかに手を振り返してきた。秋人も命の後ろから手を振った。


 万実の姿が見えなくなっても、秋人はしばらく後方を見つめていた。


「帰りたくなくなりました?」

「……いいや。帰りたい、自分の家に。どんなに楽しい場所にいてもそれは同じだ」


 一人暮らしをして自分の家が安全な場所になってから、常に感じ続けていることだった。命と暮らし始めた家が、今はそれだ。


「助かります、一人だとこれ食べきれそうもないので」


 もらった土産を両手一杯に抱えた命が言った。重そうだったが、自分の分以外の荷物は持つ気にならなかった。


「なあ、うちってこたつないの?」

「ないです。こたつがある生活をしたことはありますか? 僕らの性格だと二人揃ってこたつから出られなくなって生活が立ち行かなくなりますよ?」


 命をじっと見つめると、十秒と経たずに命がさっと顔を背けた。


「やめてください。僕がその顔に弱いってわかっててやるのはずるいですよ」


 そんなこと知るかと思いながらグラスを掛けた。ネットショップのウィンドウを開いて、部屋に入りそうなこたつテーブルを探し始めた。


 新幹線に乗るころには決済が終わっていた、命のカードで決済した。運送会社の年始休業が終われば届くだろう。


「秋人さん、さっきの話ですけど、やっぱり買いましょう。やりたいことは全部やりましょうと言っておきながらあんなこと――」

「あ……」

「その顔、もしかしなくてももう買いましたね?」

「あ、扉空いた、入ろうぜ」


 秋人は命を追い抜かしてちょうど到着した新幹線に乗った。後ろでぶつくさ言いながら命がついてきた。


 さっさと席に座り、大量のお土産と荷物を棚の上に置きながら文句を続ける命のことは無視した。グラスの中でゲームのアイコンをスクロールして、何をやろうか悩み始める。


「秋人」


 怒気を込めた低い声が耳元で聞こえた。効果はてきめんで、顔も耳も真っ赤になったのがわかった。


「お返しです」


 かっとなって思わず命の耳たぶを強めに掴んだ。ぎゃっと命が情けない声を上げた。


「酷い、ピアスホール開けてすぐって痛いんですよ」


 秋人は取り合う余裕がなかった。


「知らねえよ、寝る」


 腕を組んで目をつむり、逃げた。


 隣の命が泣き言を言っているのを、狸寝入りしながら聞いた。何気ない時間がただ楽しくて、ついおかしなことを言いかけた。また来年も、なんてありもしないことを。

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