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年末の東京駅は、人でごった返していた。帰省ラッシュを自分の目で見るのは初めてで、自分がその中にいるのも初めてで、秋人は軽くパニックになっていた。
「秋人さん、すみませんがはぐれそうなので手を繋ぎますね」
命はさっと秋人の手を握った。命に手を引かれるまま人混みをどうにか歩いて新幹線のホームへと到着した。ホームには新幹線の指定席予約をしている人しかいないので、構内ほどの混雑はなかった。
ほどなくして新幹線がホームに到着した。車内に入り、予約した席に座ると、新幹線はすぐに出発した。
富山までは、東京から新一時間半ほどで到着した。冬だというのに湿気を含んだ風が吹いていて、からからに乾いた東京とはまったく違っている。
立山連峰は澄んだ冬の青空を背景に壮麗にそびえていて、峰の雪の白さが眩しいくらいに輝いていた。
「秋人さん、タクシー来ましたから行きますよ」
二人がタクシーに乗り込むと、扉が閉まって走行し始めた。車内には観光客向けの広告が展開されていたが、秋人はそれらを無視して窓から見える風景を眺めた。地方の街並みは眺めているだけでわくわくさせられた。
「富山に来るのは初めてですか?」
「うん。旅行は学校行事以外で初めてだ」
言ってから自分の経験値の少なさを吐露したと気づいて後悔したが、命は楽しそうに微笑んだだけだった。
「良い場所ですよ、短い時間ですけど堪能していってください」
命の祖母の家は、駅からタクシーで十分ほどの距離だった。
二人を出迎えてくれた命の祖母は、しゃんと背筋が伸びた八十四歳とは思えない元気そうな女性だった。秋人の顔を見て、頬をぽっと紅潮させた。これくらいの反応は秋人もすっかり慣れているのでもう何も感じない。
「遠いところから来てくれてありがとう。初めまして、命の祖母の海野万実と申します」
「こちらこそお招きいただきありがとうございます。常盤秋人と申します」
二人が深々と頭を下げると、命が恥ずかしさを誤魔化すようにため息を吐いた。
「それで僕の旦那さんです。二人ともお堅い挨拶はそれくらいにして、寒いから中に入りましょう」
命がさっさと靴を脱いで上がり、秋人も後に続いた。
「命ちゃん、今日は二階の広い部屋使ってね」
「ありがとう、荷物置いてくる。掃除は?」
「してあるから安心してね」
迷うことなく階段を上がっていく命の背中に、秋人はつい噴き出してしまった。
「あんたも家族には敬語使わないんだな、命ちゃん?」
「からかう材料見つけるとすぐそういうこと言うんですから……」
もっと何か言ってやりたかったが、これ以上からかうと本気でキレられそうだと見て、秋人は口をつぐんだ。怒った命は粘着質で面倒なのだ。
二人は部屋に荷物を置いてから、一階に降りてリビングルームへ向かった。万実がお茶の用意をしていた。秋人がお土産のカステラを渡すと、お茶と一緒に出してくれた。
「お夕飯は準備してるけど、まだ早いから食べて待っててね」
「ありがとうございます」
秋人はがちがちに緊張していて、旅行中の間食はある程度大目に見ると言われていたが、カステラには手をつけずお茶だけを少しすすった。
隣に座った命はすでにカステラを平らげて、別の菓子の袋を開けている。人には食事制限を課しているのに良いご身分である。
「甘いものは苦手だった?」
万実が気を遣って尋ねてきた。急激に申し訳なさが募る。
「いえ、そんなことはないです」
秋人はフォークを手に取ってカステラを一口食べた。馴染みのある菓子ではないのに、不思議と懐かしい気がした。
「秋人さん、今日は本当にありがとうね。命ちゃんが結婚したっていうから一度会ってみたいって私がお願いしたの。一緒に暮らしていてどう? 仲良くやれている?」
「ええ、まあ、それなりに……。命さんには甘えっぱなしです」
他人の前で命をさん付けで呼んだのは初めてで、前歯から奥歯まで全ての歯がむずむずした。隣でにやついていそうな命の方は見なかった。
「それはよかった」
万実は心底安心したかのように微笑んだ。
なぜだろう、と考えて、すぐに理由に思い当たる。命の特殊な仕事に理解を示す人が現れてよかったと思ったのだろう。
命は人当りがいいし、人懐っこくもあるが、その仕事を知りながら結婚まで踏み切れる人はこれまでいなかったのだろう。定期的に家に遺体がやってくる生活を受け入れらる人など、そう多くはない。秋人にしてもなるべく気にしないようにしているだけで、未だに怖いし、なるべくアトリエには近寄らない。
「さてと、そろそろ夕食にしましょうか。二人とも、悪いけど手伝ってもらえる?」
夕食の下ごしらえはすでに済んでいたので、秋人と命は万実の指示に従って料理や取り皿を並べるだけだった。
メインはすき焼きで、テーブルの中心にコンロと鍋が設置された。肉は命が都心のデパートで買ってきた。
食欲がある日で良かった。ただただそう思うくらいすき焼きは美味しかった。
万実と秋人は日本酒を飲んだ。華道の先生をしている万実が、生徒からもらったという酒だった。
会話を盛り上げてくれたのは万実だった。若いころはIT企業に勤めていたこと、普段は家で華道を教えていることや、自分の習い事の話、近所に住んでいる友人と時々家に招きあっていることなどを話してくれた。
エネルギッシュで、人生を謳歌していると形容するにふさわしい。
秋人の身近には高齢の女性はいなかったので、イメージが一気に覆された。高齢の女性はもっと静かに暮らしているものとばかり思っていた。
それにひきかえ自分は、という思考は発生しなかった。彼女と自分は全く別の生物であるような気がした。




