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灰にかえらない  作者: 水底 眠
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 本格的な冬が来て、気温が下がり、日照時間が短くなると、秋人の体調は悪化した。この季節が一年の中の底であるのは、もはや例年のことだった。


 ただ、秋人のことを心配した命が家中の温度を活動しやすい温度に保ってくれたので、昨年と比べればずっと体調は良かった。命の言いつけを守って規則正しい生活をして体力がついたおかげか、毎日風呂に入ることもできた。


 クリスマスには命にプレゼントを買った。


 命はプレゼントをもらえると思っていなかったようで、とにかくびっくりして大きな目を真ん丸にしていた。


「珍しくお出かけされたのでどこに行くんだろうと思ってたんですが、買い物してたんですね」

「死ぬほど混んでて最悪だった。だからあんまり混んでない店に行った」


 秋人は押し付けるようにプレゼントの入った袋を渡した。命は袋に印刷された箔押しのロゴを見て苦笑した。


「そりゃあクリスマスでも人が少なめだったでしょうね」


 命が袋から小さなケースを取り出して開けた。金の台座に抱かれたラピスラズリのピアスが、小粒ながらも圧倒的な存在感を放っていた。


「プレゼントはすごく嬉しいんですが、一つ確認させてください。これを買うのに貯金を使い果たしたりなんて……?」

「してねえよ。それくらいで全部なくならない、先のことが心配で金に手をつけないようにしてたんだよ」


 最近まで生活費も出さずに生きていたのですっかり忘れていたが、貯金があったのだ。亡くなった母から相続した分、自分で働いた分、実家を売った分。いずれも真っ暗な将来のために手をつけなかった。貧困に陥るのではないかという強烈な妄想に駆られていたというのもあるが、自分のために金を使うのも苦手で、生活費や治療費以外で使い道がなかった。


「ま、近々死ぬから何の意味もない。俺が死んだら全部あんたのもんだ」

「……ありがとうございます、全部大事にします」


 命は複雑そうな顔をしつつ、ピアスの入ったケースを袋に戻した。


「ラピスラズリにしたのはなぜですか?」

「青くて綺麗だったから」

「ラピスラズリはウルトラマリンブルーという絵具の材料で、その青色は宗教画では聖母マリアの装束の色でした。かつては黄金よりも高価な絵具でした。フェルメールがよく使用したのでフェルメールブルーとも呼ばれますね」

「そういうのよくわかんないけど、あんたは気に入ったのか?」

「秋人さんがくださったものは黄金よりも価値がありますよ」


 秋人は肩をすくめた。こういうことを平気で言うから言葉の価値が下がっていくのだが、指摘するのも面倒だった。


「それにしても、どうしてピアスだったんですか? やっぱり昨日のこと本当は滅茶苦茶怒ってます?」


 命はピアスホールを開けていない耳たぶに触れた。


 つい昨日、命に耳にピアス穴を開けたいと相談して、断られたばかりだった。

 ナイトクラブに行ったときに出会った女が付けていたピアスがかっこよかったので、自分も付けてみたくなったのだ。もちろん付けたくなった理由は命には言わなかった。


「いや、全然。ダメもとで聞いたからあんま気にしてない。俺が付けられない代わりに付けさせようと思っただけ。でも、あんたがピアスホール空けてないの思い出したのがピアスを買った後だった」


 その言い訳に、命はやはり微笑んだ。


 命はプレゼントの代わりに美味しいディナーにしてくれた。日々命の指示にほどほど従って食事をとって運動もしているので、今日は特別とのことだった。物を贈られても困るので嬉しかった。


 食卓に並べられたものは全て美味だったが、特にステーキが美味しかった。


 黒毛和牛の赤味肉のステーキは、噛むほどに脂がじゅわっと口の中に広がるのに全く重くなく、いくらでも食べられそうな気がした。


 秋人が黙々とステーキを食べ終えると、命がワイングラスを傾けながら言った。


「年末年始はどうされますか?」

「家にいる。俺は帰省とかしない。どっか行くなら俺のことは気にするな」


 年末年始の世間一般の人々は、実家や祖父母の家に行ったり、旅行に出かけるものだという知識はある。

 

 しかし、秋人は両親ともにおらず、祖父母の顔も知らない。


 母が存命の時も帰省はなかった。だから、毎年年末年始は自分の家で過ごすのが慣例だった。


「僕がいない間に好き勝手やるつもりですね?」

「しないしない」

「変なところで素直ですね。そんなことさせませんよ。美味しいものは食べてもらいますが、正月太りも許しません」

「チッ、わかったよ。ついてけばいいんだろ。それでどこ行くんだ?」

「富山にある祖母の家に行きましょう」


 体調や精神的に不安な面もあったが、命がどうにかすると請け負った。


「十二月三十一日から、一月一日にかけて行きましょう。晩御飯食べて寝て、朝ご飯食べて帰ります。秋人さんからすれば全く知らない人の家は緊張されるかもしれませんが、負担はなるべく減らしますからご安心ください」


「はいはい、いつも何から何までどうも」


 旅行への不安は、あまりなかった。安楽死が決まってから鬱の症状が落ち着いており、命と一緒であれば、一日程度は大丈夫だろうと思えた。

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