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雨の音に交じり、しゃっしゃっと何かが削れる音がしていた。心なしか、木材の良い香りがする。
目を開けて寝返りを打つと、机に向かっている命の姿が見えた。彫刻刀で手のひらサイズの木片を削っている。なぜ人の部屋で木を彫っているのだろう。
起き上がろうとすると、手に何かが当たった。掴んでよく見ると、それは木彫りのスズメだった。彫ってやすり掛けをされた無彩色の彫刻だったが、つぶらな瞳が艶やかに輝いて見えた。
「おはようございます、秋人さん。といってももう十四時ですが。よく眠れましたか?」
「……何だよ、これは」
「起きても隣の秋人さんが眠ってて、また遊びに来たら秋人さんがまだ眠っていたので、暇つぶしに作ったものです」
命は新しく作ったばかりのスズメの彫刻を枕元に置いた。
起き上がって枕元を確認すると、五羽のスズメの彫刻が秋人を取り囲んでいた。
「何かの儀式?」
「違いますよ」
「なら俺の部屋に飾る用?」
「秋人さんが気に入ったなら飾ります。いらなければネットで売ります」
命は机の上の木くずをごみ箱に入れながら言った。
命は手先が器用で、プラスティネーション制作をしていないときは、様々なものを作っていた。木や金属の彫刻、陶芸、象嵌、ペーパークラフト、そのほか手芸全般からお菓子作りまでする。
美大の出身で、学生時代は立体造形を専攻していたという話だった。
集中力も続かないし、物づくりの神様から見放されている秋人から見れば、命が作ったものは全て売り物レベルに見える程センスが良い。
命はプラスティネーション作家以外の道も選び放題だったのではと思う。だが、プラスティネーションを除いた自分の作品には執着せず、作った端から売り払う。プラスティネーションも依頼主の元へ渡ってしまうので、命の手元には自分の作品は一つも残っていない。
秋人はスズメの彫刻を指先で撫でた。秋人が作る物には、心惹かれずにはいられない魅力が宿っている。当人がまったく執着しないのが不思議なほどに。
スズメたちをサイドテーブルの上に置き、てんでばらばらの方向を向かせた。こうすると、より本物らしく見えた。
「……しばらくは飾っておくよ、食費に困ったら飛び立ってもらえばいい」
「そうしましょう」
命はにっと笑って、再び木を削り始めた。秋人はサイドボードに背を預け、その様子をぼうっと眺めた。
冗談めかして食費に困ったらと言ったが、天災でもない限り困ることはないだろう。二人の住むこの家と土地の持ち主は命で、二人分の生活費を出しているのも命だ。贅沢な暮らしはしていないし、収入はそこそこで取り立てて裕福でもなさそうだが、彼にはそれなりの資産があるのだろう。おそらくは両親から受け継いだものだ。
「あんたの両親って、どんな人なんだ?」
これまで両親について尋ねたことはなかったが、とうとう気になって聞いてしまった。
大雨の日の雨に打たれたいあまり出掛ける男が、自分の理想の作品を作りたいあまり安楽死の手伝いをする男が、一体どうやったら出来上がるのか、興味があった。
何の脈絡もない質問だったが、命は気にする風でもなく答えてくれた。
「父は画家で、母は理学療法士でした。八年ほど前に亡くなりました。珍しく二人で旅行に行っていた時に、事故でね」
「事故? 今時珍しいな」
二〇八五年現在、死亡事故は減少していた。特に自動車事故は人間が運転しなくなってからは減少が著しく、毎年発表されるデータがゼロ件になる日も近いのではと注目を集めている。
「乗っていた船が転覆したんです。しばらくして発見された遺体はひどいものでした」
秋人の暗い顔を見て、命は首を振った。
「慰めの言葉も謝罪も要りませんよ。もう心の整理はついています。それに、母はちょっと口うるさい程度でいい人でしたが、父は最悪でした」
「最悪? どういうところが?」
「小さいころ、絵画教室に体験に行ったんですけど、描いた絵を持って帰ったら破り捨てられて、紙と絵具を無駄にするな、おまえに絵の才能はないって言われたんです。それが僕の一番古い記憶です」
「それは最悪だな」
「だから、父の死後、絵は家にあってほしくなかったので全部売り払いました。おかげで食うには困りません」
そう言って笑った命は、初めて見る酷薄な笑みを浮かべていた。
「見に行きますか? 美術館に展示されてるはずですから」
「あんたはそれ見て平気なのかよ」
「わからないです。でも、墓参り代わりに見に行くのも悪くないかなって」
「あっそ。なら付き合うよ、どこにあるんだ?」
「国立近代美術館です」




