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灰にかえらない  作者: 水底 眠
7 complication
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「あ、僕の勝ちですね」


 命が持っていたトランプを投げて山に捨てる。ハートとスペードの六のカードが山の上を滑った。


 眠れないなら遊びませんかと、深夜過ぎに命が部屋を訪ねてきて、秋人が返事をする前にトランプをシャッフルし始めたのだ。


 命は不眠症を患っているわけではなく、単純に夜型人間なのだ。朝は弱いから時々寝坊して慌てて家を出て行くこともあるし、夜は元気になって秋人を煩わせることもある。


 一番うっとおしかったのは、午前三時ごろに作品制作が終わって妙なテンションで話しかけてきたときだった。あの時は出来上がったばかりの作品の写真を見せられそうになって危うく殴り合いの喧嘩を始めるところだった。


 命はトランプの山をかき集めて、秋人が持っていたトランプも取って、まとめてシャッフルし始めた。手慣れた手つきだった。


「次は何しますか? ブラックジャック? 七並べ?」

「まだやんの?」

「もう眠いんですか? それともまた負けるのが嫌とか?」


 言葉に詰まると、命は二人の間にシャッフルしたカードを置いた。


 視界の中で、勝敗数カウントが動く。秋人は三勝、命は十勝だ。


 負けても大して悔しくはない。どうでもいい勝負だからだ。全く悔しさなんて感じない。その気になれば十秒見つめるだけで命に不戦敗を認めさせられる。


「じゃあ、寝っ転がりながらできるゲームでもしましょう」


 命がグラスを掛けたまま寝そべった。共有視界の中でゲームウィンドウが起動する。命が買いそろえたゲームコレクションがずらりと並んだ。


 グラス越しの二人の姿もアバターに変わる。秋人は人間大の黒い猫に、命は古いカートゥーンアニメのキャラクターのものだった。


「寝る前だから落ち着いたやつがいいですよね。友だちに勧められたんですが、銀河創造するゲームも面白いらしいですよ。あ、ホラーとかどうですか?」


 秋人はトランプをケースにしまってから、命の隣に寝そべった。セミダブルベッドで大の大人が二人も並ぶとぎゅうぎゅうだった。この男、邪魔くさいことこの上ない。突き落としたら怒られるだろうかとぼんやり考えていると、視界一杯に星屑がばらまかれた。


「ホラーじゃなくて銀河創造すんの?」

「いえ、SFパニックホラーゲームにしました。気になってたんですけど、成人指定があるゲームなので一人でやるにはハードル高いんですよね」


 グラスの視界の中で、説明テキストがゆっくりと流れていく。


 宇宙開拓が進み、宇宙人の存在する星々を本格的に探すことになった人類、その探索チームに選ばれた男が主人公のゲームらしかった。


 オープニングムービーからして血や内臓が噴き出すスプラッターだという事がわかる。宇宙人は人を惨殺する敵のようで、爬虫類や甲殻類みたいな顔をしていた。プレイヤーは主人公になって宇宙人から逃げたり戦わないといけないらしい。


 ゲーム開始画面からすでにおどろおどろしい雰囲気に包まれており、一歩でも進めば宇宙生物が襲い掛かってきそうだった。こんなゲームを寝る前にプレイするなど正気の沙汰ではない。夢の中にも侵食してくるに違いない。


「寝る前にやるゲームか?」

「寝る前にやるから一番怖くていいじゃないですか」

「どこも良くねえだろ、逆だろ。さっき落ち着いたゲームがいいとか言ってたのあんただろ」

「怖がりなんですね、嬉しいです」

「どこで喜んでんだ?」

「こういうのはビビりと一緒にやると安心できるんですよ」

「あんたはほんっとうに最悪」

「え、待って、ログアウトしないでくださ、あ、ぎゃああああああああ!」

「うるせえ!」


 命のグラスをひったくって、ついでに命もベッドから蹴り落とした。下には毛足の長いラグが敷かれているので、間抜けな音が鳴った。


「ゲームは終わりだ、あんたはさっさと寝ろ!」

「酷いじゃないですかあ」


 命は嘘泣きをしながらベッドに這い上がってきた。良い大人がめそめそ嘘泣きをして恥ずかしくないのだろうか?


「ここじゃねえよ、自分のベッドで寝ろ」

「眠いので移動したくないです」


 命は秋人をぐいぐい壁際に追いやって自分のスペースを確保すると、テーブルライトを消した。部屋が暗闇に包まれる。狭いベッドで二人も寝れる気がしなかったが、怒る気力がなくなって、秋人は諦めた。


「明日、何か予定あります?」

「ない」


 秋人には病院に行く以外に予定はなかった。家族も友人もいないので遊びに誘われることもない。もともと趣味もないし、一人でやることもない。近頃は命と一緒にゲームする時間が増えたが、一人でやるより二人でやる方が楽しいので、自分だけではやる気が起こらない。


「奇遇ですね、僕もないんです」


 闇の中で、かすかに命の唇の輪郭が見えた。鼓動が不自然に速まるのが感じられた。命にキスされた記憶がよみがえる。


 流れで受け入れてしまったが、あれは一体どういうつもりだったのだろう。大切なものをためつすがめつしたり、頬ずりしたり、そういうのと同じことだったのだろうか?


「おやすみなさい、秋人さん」


 秋人が動揺している間に、命は寝息を立て始めていた。こんなに距離が近いのに、きっと秋人と違って少しも気にしていないのだろう。こちらはまともな人間関係を築いた経験がろくにないのだから、軽率な行動は金輪際やめてほしかった。


 おそるおそる手を伸ばして、命の髪を梳いた。触れてもなぜか不快感はない。


 触れられても命は起きず、規則的な寝息を立てていた。その穏やかな顔が自分まで穏やかにしてくれるが、同時に心のどこかがかきむしられるような気がした。


 起きてほしいのだと気が付いた。だが、命を起こして、それでどうしたいのかはわからなかった。


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