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灰にかえらない  作者: 水底 眠
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 夕食は、秋人がリクエストしたハンバーグになった。命が焼いてくれたハンバーグの形はおよそ完璧と呼ぶにふさわしい美しいフォルムをしていた。このままレシピサイトのイメージ写真になってもおかしくない出来栄えだ。


「僕の料理ってよく見掛け倒しって言われるんですが、不味くはないですよ」


 命は普段はほとんど料理をしないのに、切った野菜の形ひとつとっても常軌を逸した美しさが宿る。盛り付けもプロがやったみたいで、デミグラスソースも絵に描いたような広がりを見せていた。一方で、味付けのセンスは十人並みだから、見掛け倒しといった評価を受けやすいのだろう。


 秋人は箸でハンバーグを一口大に切り分けて食べた。口の中で肉汁がじゅわっと広がった。


「美味いよ、すごく」


 味がした。肉の味が、生きる糧の味が。昨日まではどんなものも味気なく思えていたのに、急激に味覚が敏感になっていた。


 秋人は育ちざかりのように箸を進めた。


「本当に美味い。明日も生きたいと思えるくらい」

「大げさですね」


 命は戸惑いつつも照れ臭そうに笑った。

 

「いつも死にたいと思ってた人間が死んでいいって認められたんだ。こんな風に死ぬことを、世間に対して申し訳ないって気持ちはある。でも、それでも、嬉しいんだ。それで、今は好きなものを食べてる。本当にそれくらい……。そうだ、俺は感動してるんだ」


 何を食べても美味しいと感じた。これが美味しいということなのかと、再発見した気分だった。


「あんたは自殺したいって考えたことないのか?」

「ないですね。死にたいと口にしたとしても、それは現状に絶望しただけで本当に死にたいと思ってはいないです。せっかく生まれたのだから、生きられるだけ生きたいです」


 希死念慮を抱いたことがない人間の意見は、秋人からすれば別世界の世界観に思えた。


「ふうん。なら、天寿を全うするのか」


 事故死、病死、殺人、これらは減少を続けており、現在では人が死ぬ理由としては自殺が最も高くなっている。他の理由では、人はなかなか死ねないのだ。


 今や、体組成計に乗るだけで精度の高い寿命測定が可能になっている。


 陰謀論者などは、寿命測定など人の不安を煽りたがる健康食品会社やスポーツジム業界の陰謀だと声高に叫ぶが、そんな彼らも病気や事故とはほとんど無縁に生きている。


 多様性を失った死因、身体の耐久年数が終わるまで生き続けた先にだけ存在する終わり。与えられた生を与えられただけ生きなければならない。増えているのは自殺者ばかりだ。


「あんた、測定寿命は?」

「この間計測した時は百一歳でした」

「なら、残りの寿命は七十四年くらい? そんなに生きて、それでどうすんの?」


 嫌味ではなく、純粋に疑問だった。生きるという苦行を、どうして続けていたいと思えるのか。


「秋人さんは目的がないと生きていけないと、そう考えているんですか?」


 秋人は白米を咀嚼しながら考えた。


「目的があれば、何かを耐える理由になるだろ」

「僕には目的はないです。ただ生まれたので、そうします」


 普通の人は希死念慮を抱かないと知ってはいたが、実際に話を聞くと不思議な感じだった。命を含めて、希死念慮を抱かない人は、単純にその思考回路に死が入り込まない。生きることに端を発し、そこからどう生きるか、それを考えるだけなのだ。


「あんたは自分の死については考えないのに、人の死体が好きなんだな」

「そうです」


 嫌味のつもりで言ったのに、さらりと返されてぞっとした。


 固まっている秋人に、命は穏やかに言った。


「生きている人より、死んだ人の方が好きです」


 へえ、と自分が言えたか言えなかったか、秋人はわからなかった。


 希死念慮を抱かないからといって、健全な思考や嗜好を持つとは限らない。


「そうだ。デザートに美味しいジェラート買ってありますから、あとで食べましょうね」

「ああ」


 秋人はハンバーグの最後の一口を食べた。味がしなかった。


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