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それから数日後、命から紹介された診療所に紹介状を持って行った。今日は命は仕事があり、送迎はなかったので一人だった。
診察してくれた真島医師は、問診票の安楽死を希望するという記載を見て、かすかに眉を寄せた。その表情の変化は一瞬のことだったが、物心ついた時から常に人の顔色を伺って生きてきた秋人は見逃さなかった。好き好んで安楽死させてきた医師でないとわかり、むしろ安心した。
「これまでの治療歴と治療シミュレーションを拝見しましたが、五年に渡り薬物治療やTMS治療、カウンセリングといった標準治療を行ってきたようですね。こういった治療法では再発の可能性がかなり高いという話は聞いていらっしゃいますか?」
「はい、聞いています」
「そうですか。ゲノム編集治療は勧められませんでしたか?」
「保険適用ではないと聞いたので、費用的にとても……」
命の顔が脳裏によぎったが、ゲノム編集治療費を出してほしいと言い出せる気がしなかった。
残念なことに、最新のゲノム編集治療は保険適用外のため非常に高額で、健康保険の高額医療費の払い戻しも受けることができない。
しかも、高いお金を払って生き長らえても生活費に困窮している未来が待っている。さらには家族も恋人も友だちもおらず、仕事もないので未来が明るくなる見込みさえないため、鬱病はほぼ間違いなく再発するだろう。
安楽死の費用の方が一回で済むうえ、ずっと安いし先の事を考えなくていい。
「わかりました。では、安楽死について説明させていただきますね」
真島医師は棚からパンフレットを取り出して秋人に見えるように机に置いた。パンフレットは先日区役所で見たのと同じものだった。
「もし常盤さんの安楽死申請を出すことになった場合、病院から都に申請をすることになります。すると、セカンドオピニオン医師が常盤さんの診察をし、私の診察や申請内容に齟齬がないか、常盤さんが独立した意思決定により安楽死を望んでいるかを判断します」
脳裏に命の顔がよぎったが、意思決定の独立性を疑われることはないと自分に言い聞かせた。
「セカンドオピニオン医師が問題ないと認めた場合、都は安楽死申請を受理します。受理された後、私が安楽死希望者受け入れを要請し、受け入れ先の病院で安楽死の日取りを決めてもらいます。この期間は最低でも一か月は開けるようガイドラインに記載がありますが、最低でも三か月は開けるのがほとんどです。
そして、安楽死の日にはさらに別の医師が常盤さんの医師の最終確認をし、薬を渡します。万が一安楽死できなかった場合には救急医療行為が行われることになります。滞りなく薬剤摂取し、心肺停止が認められると、医師は検視医を呼びます。これは形式的なものですが、安楽死は不審死に当たるためです。
問題ないと認められた場合、地域安楽死審査委員会に報告をし、委員会は三人の医師の判断に違法性がなかったかを審査します。審査している頃には、ご遺体はご家族の元へと返されます。この後は一般的な流れと同じで葬式や告別式などが執り行われることになります」
安楽死にかかわる三人の医師。死刑執行のボタンを押す人数と同じだ。そう思っても口には出さなかった。心証が悪くなって申請に差し支えるといけない。
真島医師はパンフレットを閉じると秋人に手渡してきた。
「私はこれまで数件の安楽死申請を出してきましたが、常盤さんをしっかりと診察してからでないと申請は出せませんので、その点はご了承ください」
それから、真島医師は秋人の病状について質問し、秋人は可能な範囲で答えた。真島医師は過去の治療方針は問題ないと判断したうえで、別の治療薬を処方された。最近厚生労働省が認可した薬で、秋人が試したことのない数少ない抗鬱薬だった。
「それから、鬱病の原因が別の身体疾患に起因するものである可能性を排除するために、大きな病院へ検査に行ってください。その結果をもとに高度治療シミュレーションを行い、改めて治療方針を決めます。今日の診察は以上となります」
「わかりました、ありがとうございました」
支払いを済ませ、薬を受け取り、まっすぐ家に帰った。




