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灰にかえらない  作者: 水底 眠
3 cooperation
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 翌日、役所へ行って、命と共に婚姻届けを提出した。二〇八五年四月十日、それが二人の結婚記念日になった。


「提出した後に言うことじゃないけど、婚姻届けってオンラインで提出できるんじゃないのか?」

「残念ながら、うちの区ではオンライン受付対象外なんですよ」


 区役所の所内では婚姻届けを提出しに来た人はちらほらいたが、他のエリアでは更に人がまばらだった。オンライン受付できない手続きはごく少数なのだ。


「お手洗いに行ってきますので、少し待っていてください」


 命を待つ間、秋人は適当なベンチに座った。年季が入って若干黄ばんでいる水色のクッションは、意外と柔らかかった。


 ベンチの右側に置かれたラックには、採用案内や催しのチラシが置かれている。その中で目に留まった安楽死のパンフレットを手に取った。


 ぬくもりを感じさせる色使いで、安楽死法とその申請方法について簡潔にまとめられていた。


 パンフレットは若干日焼けしていて、印刷されてから時間が経っているのがわかった。


 安楽死に興味を持つ人の数は多いはずだが、興味を持っていることを他人に知られても構わない人はそう多くないのだろう。


 最後の頁の下の方には二〇八四年十月版であると書かれていた。発行されて半年以上経過しても誰にももらわれなかったようだ。おそらくその前の版である二〇八〇年四月版も余っていたはずだ。


 日本で安楽死法についてもっとも盛んに議論された時期は、秋人が大学生の時だった。あの時は、安楽死法が国会で通る直前だった。

 当時、平均寿命が八十五歳を超える国々の中で、日本は唯一安楽死を法的に認めていない国だった。


 安楽死法は導入される前提で、その詳細な内容が慎重に議論されていた。市民感情としても安楽死法そのものに反対する人は少なかった。声高に反対を叫んだのは、オールドメディアだった。


 オールドメディアは安楽死法の反対誘導をするような報道を繰り返していたが、SNSやニューメディア(自立型取材ドローンやAIによる報道機関、勃興期から会社同士で不公平かつ誤報を攻撃して潰し合ったことで極端な中立性があり、報道機関ではなく情報まとめサイトに過ぎないという指摘もある)に慣れ親しんだ世代が人口のほとんどを占めており、誘導は焼け石に水だった。


 なお、これがオールドメディアの留めとなり、国内最後の新聞社は紙及びWeb版での発行を廃止し、ニューメディアに吸収合併された。


 ちょうど秋人が大学に入学した年に、中学生の女の子が動画配信中に自殺し、同情と注目を集め、議論をさらに白熱させたのだ。


 少女は両親に虐待され、祖父や祖母からも冷たく当たられていた。少女は保護されたが、養護施設や受け入れ先の里親家族にもなじめず、学校でもうまくいかず劣等感に苛まされた。さらに、虐待の後遺症である精神疾患にも悩まされた。


 酷い環境から救われても、心はちっとも救われない。物心ついた時からずっと死にたかった。死にたいのは自分の意思だ。なのに、どうして死なせてくれないのか。


 少女は日々死にたいと訴え、安楽死の早期法制化を訴えた。だが、議論は遅々として進まず、少女は痩せ衰え、怪我をした状態で配信に登場することが増えた。そして、とうとう配信中に自殺した。自宅マンションのベランダから飛び降りたのだ。


 少女が自殺した配信動画はすぐに管理者が削除したが、瞬く間に拡散した。動画は徹底的に駆逐されたが、ニュースにもなって安楽死法制化議論は過熱した。


 この国の人々は、年若い女がセンセーショナルに死ぬと急に感情をかき乱されるのだ。そうでなくても老若男女が自殺していたのに。


 経済学部だった秋人も興味本位で安楽死法について取り扱う授業の初回のオリエンテーションに潜ったことがあった。


 教室には秋人と同じような考えの学生がたくさんいて、見るからに法学部らしくない学生がわんさかいた。だが、教授はそれをさして気にする風でもなく、むしろ歓迎するとまで言った。


 安楽死先進国オランダでの事例を紹介し、諸外国での安楽死法について解説し、日本での現状についても紹介していく予定だと教授は話をした。


 講義における採点方法や出席確認方法について簡潔に説明し、オリエンテーションは終わった。しかし、教授はせっかく学生が集まったのだからと世界各国での安楽死の扱いについて話をしてくれた。普段の授業であれば居眠りをしたり内職をしたりする学生もいるが、教授の話の最中は誰もが食い入るように聞いていた。


 生存権の対極に位置する死ぬ権利は、オランダで二〇〇一年に法制化され、認められるに至った。


 安楽死の導入については各国で長く議論されてきた。

 長い議論の年月を経た頃には、先進国においては人間の一生の長さが人体の耐用年数ぎりぎりまで到達していた。ほとんど全ての人がそれだけ長い人生を約束されているも同然で、天命はすなわち寿命そのものになると、それに比例するように安楽死が法制化された国は増えていった。


 世界にいち早く安楽死を導入した国も、一度は安楽死法を凍結したこともあったが、今や凍結は解かれ、人間が最も自分らしく生きることができるようになった国と評されている。


 人間は死を遠ざけ、生を人のものとするために、病や事故を防ぐ努力を続けてきた。

 だが、それが報われようとしている今、人間は生を自らのものと感じられないことに気づいたのだ。生まれ持った寿命を全て生き切ること、それは果たして人間らしい生なのかと疑問を抱いたのだ。


 これを単なる我が儘だと断じることは容易だが、起きて然るべき当然の流れだ。人間は再び寿命によらない死を取り戻そうとしている。偶然による死の減少に対抗するように、意志による死を増やし続けている。


 一方の日本では、今日でも安楽死は認められていない。日本の健康保険制度は幾度も崩壊危機を乗り越え、国民皆保険状態を維持し続け、常に最善の医療をほとんどすべての国民に対して行ってきた。もともと長かった平均寿命は頭打ちとなって、それでも安楽死の議論は遅々として進んでこなかった。世界に先駆けて寿命の最大化が起こった国にもかかわらず、自殺を禁じる宗教国家でもないにかかわらず。


 教授は、日本でも安楽死法は必ず成立すると言った。その流れはすでに止められず、おそらく止めるべきものでもないとも。大教室がぴんと張り詰めた静寂に飲み込まれて、初回の授業は終わった。


 多くの学生が言葉を失ったのは未知の時代の到来の予感におびえたからだろう。もしも自分が生きる価値がないと判断されたら、その時自分は死ぬように説得されて、自らの手で薬剤を飲み込むはめになるかもしれないと。または、誰かにそれを強要する側になるかもしれない、と。


 だが、当時の秋人は、教授の話を聞いて心底ほっとしていた。


 きっと社会に出る頃には自分も安楽死できるようになっていて、もう苦しまなくていいのだと。死にたい気持ちが、権利の一つとして認められる社会になるのだと。


 もちろん、そんな考えはすぐに打ち消されることになった。安楽死法は万民に開かれたものではなく、鬱病に苦しむ秋人が一人で辿りつけるものでもなかった。


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