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ウイルスには適切な駆除プログラムを

僕、観月奏みづき かなでの世界は、論理と数式で構築されている。

あらゆる事象は分析可能であり、人間の行動も、その根底にあるOSオペレーティングシステムを理解すれば、概ね予測可能だ。

だが、世の中には稀に、予測も理解も超えた存在がいる。

OSが違うのではなく、そもそもOSを持たない。ただ、破壊と欲望の衝動だけで動く――そう、コンピューターウイルスのような存在が。


彼の名前は、影山猟かげやま りょう

同じ高校に通っているが、その姿を教室で見ることは稀だ。素行不良で停学を繰り返し、教師も生徒も、誰も彼に関わろうとしない。彼の行動原理は「欲望」。論理も、交渉も、社会的な体裁も、一切通用しない。


その「ウイルス」が、僕の友人である佐々木の周辺で、異常活動を開始した。


事の発端は、図書室のカウンターだった。

図書委員の仕事中、同じく委員である一ノ瀬ひかりさんが、佐々木に小声で何かを相談していた。彼女の顔は恐怖に青ざめ、その手は小刻みに震えている。

断片的に聞こえてくる言葉は「影山くんが……」「家の近くで……」「もう、どうしたら……」。

典型的なストーカー事案だ。そして、相手が最悪の部類であることも。


翌日、佐々木は目の下に隈を作り、僕の前に現れた。

「観月くん……頼む。力を貸してほしい」

その声は、彼のプライドと、僕への嫌悪感と、そして切羽詰まった懇願が入り混じった、複雑な響きをしていた。

話を聞けば、案の定、佐々木が一ノ瀬さんを守ろうと影山に直接抗議し、返り討ちに遭ったらしい。頬には、うっすらと痣が残っている。


「君のやり方は、今でも間違っていると思ってる。でも……このままじゃ、一ノ瀬さんが本当に危ないんだ。僕の力じゃ、どうにもならない。君しかいないんだ……!」


僕は、彼の顔を静かに見つめた。

僕の論理を否定した彼が、その舌の根も乾かぬうちに、僕の論理に助けを求めている。実に興味深い。人間とは、これほどまでに矛盾を内包できる生き物なのか。


「介入しよう」と僕は即答した。「ただし、これは君の依頼だ。僕の指示には、最後まで従ってもらう」

「……わかった」


僕はまず、影山という存在を分析した。

これは、これまでの『バグ』とは次元が違う。システムそのものを破壊しようとする……そう、純粋な『ウイルス』だ。

その行動原理は「執着」と「支配欲」。ならば、その衝動的な性質そのものを利用し、自滅へと誘導するのが最も合理的だ。


オペレーション・ウイルス駆除、開始。


フェーズ1:挑発と誘導

僕は佐々木に、一つの指示を出した。

「今日から、一ノ瀬さんと常に一緒に行動しろ。登下校も、昼休みもだ。そして、影山にそれを見せつけろ」

「なっ……! そんなことをしたら、一ノ瀬さんがもっと危険に……!」

「危険は承知の上だ。彼の『執着』という行動原理に、君への『嫉妬』という新たな変数を加える。これにより、彼の行動はより予測しやすくなる。つまり、僕たちのコントロール下に置けるということだ」

佐々木は恐怖に顔を引きつらせながらも、僕の指示に従った。


フェーズ2:舞台設定

次に、ウイルスを駆除するための「駆除エリア」を設定する。

人目につかず、防犯カメラもない場所は、相手の土俵だ。それではダメだ。

僕が選んだのは、駅前の広場。複数の店舗の防犯カメラが四方を監視し、人通りも多いが、広場の中央であれば、すぐに誰かが物理的に介入できない、絶妙な空間。


フェーズ3:最終トリガー

僕は、親戚の知り合いだという弁護士に依頼し(もちろん、僕が用意した架空の人物設定と文面だ)、内容証明郵便で、影山の自宅に「警告書」を送付させた。

『一ノ瀬ひかり氏への一切の付きまとい行為を即刻中止されたし。応じぬ場合、現在までに収集した証拠を元に、刑事告訴および接近禁止命令の申し立てを行う』

この警告書は、彼を怯ませるためのものではない。彼の歪んだプライドを刺激し、暴発させるための引きトリガーだ。


そして、運命の金曜日、放課後。

僕の予測通り、全ての条件が揃った。

警告書に逆上し、さらに駅前で佐々木と一ノ瀬が親しげに話しているのを目撃した影山は、ついに最後の一線を越えた。

「てめぇら、いい加減にしろよ……!」

獣のような唸り声をあげ、影山は広場の中央にいた二人に走り寄り、佐々木に殴りかかろうとした。


その瞬間だった。


周囲にいたはずの通行人たちが、一斉にスマホを構え、その光景を撮影し始めた。ベンチに座っていたカップル。バスを待っていたサラリーマン。買い物帰りの主婦。その数、十人以上。

彼らは、僕がSNSの便利屋サービスや、オンラインで知り合った協力者たちに依頼し、事前に配置しておいた「証人」たちだ。


「な、なんだてめぇら!」

狼狽する影山。だが、もう遅い。

「そこの学生!止まりなさい!」

鋭い声と共に、広場の向こうから二人の警察官が走ってくる。これももちろん、僕が事前に「駅前広場で若者グループが暴力沙汰を起こしそうです」と、的確なタイミングで匿名通報しておいた結果だ。


暴行未遂の現行犯。

多数の目撃者。

決定的な動画証拠。

そして、これまでのストーカー行為をまとめた証拠書類と、事前に送付した警告書。


全てのピースが揃った。チェックメイトだ。

影山猟というウイルスは、もはや言い逃れもできず、その場でシステムから「隔離」された。


後日、影山は学校を退学になり、これまでの余罪も併せて、家庭裁判所送致となった。彼が社会に戻ってくるのは、ずっと先の話になるだろう。

一ノ瀬さんには平穏が戻り、佐々木は心から安堵していた。だが、彼は僕を、以前とは違う、畏怖の混じった目つきで見るようになった。


「君は……一体、何なんだ?」

「言ったはずだ。僕は、君たちとはOSが違う」

僕は、夕日に染まる校舎を見上げながら答えた。

「彼のようなバグやウイルスから、僕が『正常』と判断するシステムを守る。そのための、アンチウイルスソフトみたいなものだよ。目的のためなら、多少、強引な手段も厭わない」


佐々木は何も言えずに、ただ立ち尽くしていた。

善でもなく、悪でもない。ただ、そこにある異質な論理の塊。

彼は、そんな存在を「友人」と呼び、その力を借りてしまった。この事実が、これから先の僕たちの関係を、より複雑で、より面白いものにしていくのだろう。


僕の日常は、また一つ、静かで合理的なものに戻った。

次なるバグは、いつ、どこに現れるだろうか。

僕の観測は、まだ終わらない。

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