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独善的な正義には相応の矛盾を

僕のクラスには、黒田正義くろだ まさよしという男がいる。風紀委員長だ。

彼はその名の通り、自らを「正義」の体現者だと信じて疑わない。校則という絶対的な盾を構え、些細な違反も見逃さず、生徒を断罪することに生きがいを見出している。


スカートの丈が1センチ短い。ネクタイが少し緩んでいる。彼の目は、まるで高性能スキャナーのように違反者を探し出し、執拗に、そして粘着質に相手を追い詰める。

その行為は、彼にとって秩序維持活動であり、一種の快楽なのだろう。ルールという安全地帯から、他人を一方的に攻撃できるのだから。


非効率だ。彼の「正義」は、学校全体の幸福度を向上させるものではなく、彼の自尊心を満たすためだけに行われている。その過程で生まれるのは、生徒たちの窮屈さと、彼への反感だけ。これはリソースの無駄遣いだ。


最近、僕の友人である佐々木が、そのターゲットにされた。

理由は、生まれつきの少し茶色い地毛。

「佐々木! その髪は何だ! 校則違反だぞ!」

「これは地毛で、証明書も提出してます……」

「心がたるんでいるから髪に現れるんだ! 黒く染めてこい!」


理不尽だ。ルール(校則)上はシロであるにもかかわらず、彼は自分の価値観マイルールで佐々木を断罪しようとしている。これは看過できないバグ(不具合)だ。修正しなければならない。


僕は黒田という男を分析した。

彼の「校則」という絶対的な武器は、学校という閉鎖されたシステムの中でのみ有効だ。ならば、そのシステムの「外側」であり、かつ「上位」に存在する存在によって、彼の価値観そのものの矛盾を白日の下に晒せば、彼の振りかざす正義そのものを、彼自身を破壊する武器へと作り変えることができる。


例えば、数年前に卒業した、今も学校で語り草になっているような「ちょっとやんちゃだった先輩」たち。彼らのような、校則の枠に収まらなかった自由なOBたちにとって、黒田のような存在は、最高の「おもちゃ」に映るはずだ。

僕は、卒業生たちが今も利用している非公式のSNSコミュニティに、匿名で情報を書き込んだ。

『最近、母校の風紀委員長がヤバいらしい。地毛の生徒に「黒く染めろ」って強要してるとか』

『それってただのいじめじゃん。俺らの頃はそんな奴いなかったよな』

僕が流した情報は、彼の「独善性」を示す具体的なエピソードだ。卒業生たちの義憤と好奇心を刺激するには、これで十分だった。


一方で、僕は黒田への誘導も忘れない。

まず、学校の非公式掲示板に、複数のアカウントを使って書き込みを行った。

『最近、駅裏の公園で他校の生徒にカツアゲされた』

『犯人は、〇〇高校の制服だったらしい』

『夕方はマジで危ない』

火種としては十分だ。噂は瞬く間に生徒たちの間に広がった。


風紀委員会の机に、『駅裏の公園で、素行の悪い高校生グループが騒いでいる』という内容の、匿名の投書を置いておく。そして、教師に相手にされず不満げな彼に、「本当の正義とは何か」を囁き、ヒーロー願望を刺激する。


案の定、黒田は僕の仕掛けた餌に、勢いよく食いついた。

「学校の平和を脅かす悪は、僕が許さない!」

彼は息巻き、職員室へ駆け込んだが、教師たちの反応は鈍い。「警察に任せなさい」と、軽くあしらわれたらしい。


不満そうな顔で教室に戻ってきた彼に、僕は偶然を装って声をかけた。

「黒田くん、すごいじゃないか。生徒たちのために立ち上がるなんて」

「観月か……。だが、先生たちはわかってくれない」

「そうだろうね。でも、本当の正義って、ルールが動く前に、自らの意志で行動することじゃないかな。犯人も高校生みたいだし、まずは生徒同士で注意してあげるのが、一番平和的だと思うんだ」


僕の言葉に、彼の目が輝いた。彼の承認欲求と、ヒーロー願望を的確に刺激したのだ。

「そうか……そうだよな! 警察沙汰にする前に、僕が更生させてやるのが本当の正義だ!」


僕は仕上げに、こう付け加えた。

「でも、相手も悪だから、言いがかりをつけられるかもしれない。ちゃんとスマホで録画して、動かぬ証拠を押さえておくべきだよ」

「なるほどな! 観月、お前なかなか冴えてるじゃないか!」

彼は完全に、自分が物語の主人公になったつもりでいた。


僕の予測通り、二つの歯車は、完璧に噛み合った。

噂を目にした卒業生たちが、「生意気な後輩の顔でも拝みに行くか」と同窓会のようなノリで駅裏の公園に集まってきた。

そして、正義感に燃える黒田は、数人の風紀委員を引き連れ、意気揚々と駅裏の公園へ向かった。


放課後の公園。

そこには、私服姿で、高校生とは明らかに違う余裕のある雰囲気の若者たちが数人、談笑していた。黒田は、彼らを噂の「素行の悪い他校生」だと信じ込んで、近づいていく。


「こら、君たち! こんな場所で何をしている!」

公園に到着した黒田は、若い男達を見つけるやいなや、スマホを回しながら怒鳴りつけた。

「この公園は我が校の生徒の通学路だ! 君たちのような素行の悪い者がいると、教育上良くない! どこの高校だ!」


すると、グループの中心にいた私服姿の男が、面白そうに彼を見つめた。

「へぇ、君が噂の黒田くんか。正義感が強いんだってね」

「なんだ君は! 私の名を知っているのか!」

「ああ、有名人だからな」

男の口元が、ニヤリと歪んだ。一人の仲間が、さりげなくスマホのカメラを回し始める。

「早速だが、君の『正義』について聞かせてくれないか。例えば、生まれつき髪が茶色い後輩に『黒く染めろ』って強要するのは、校則のどこに書いてある正義なんだ?」


黒田の顔色が変わった。なぜ、彼らがそのことを知っているのか。

「そ、それは、心がたるんでいるからだ! 心の乱れは服装や頭髪に現れる!」

「へえ、校則じゃなくて、君の感想なんだ。それって、ただの『いじめ』って言うんじゃないのか?」

「違う!」

「じゃあ聞くが、君自身は校則を完璧に守ってるのか?先週、駅前のデパートに制服でいただろ。うちの学校は、届け出なしの寄り道は禁止のはずだが?」

「なっ……! それは、家の用事で……!」

「届け出は?出してないだろ」


次々と矛盾を突かれ、論理の逃げ道を塞がれた黒田は、ついにパニックに陥った。

「うるさい! お前らのようなルールも守れないクズに、僕の正義が分かってたまるか!」


その暴言が、決定打だった。

撮影していたスマホが、ピタリと止められる。


翌日、学校は一つの動画の話題で持ちきりになった。

『【悲報】正義の風紀委員長、正論で論破され、後輩いびりと自身の校則違反を棚に上げ逆ギレ』

巧みに編集され、皮肉なテロップまで付けられたその動画は、卒業生たちのSNSコミュニティからあっという間に在校生へと拡散された。


動画の中で、しどろもどろになりながら言い訳を重ね、最後には暴言を吐く黒田の姿は、滑稽で、哀れだった。

彼が振りかざしていた「正義」が、いかに薄っぺらく、自己中心的なものであったか、全校生徒の知るところとなったのだ。


さらに、「一般人への迷惑行為」「無許可撮影」という複数の校則違反が発覚し、彼の権威は地に落ち、風紀委員長を解任された。

僕は、教室の隅で亡霊のように小さくなっている彼を眺めながら、静かに思考する。


彼は、自分の振りかざした「正義」という名の刃で、自分自身を刺したのだ。僕は、その刃を研ぎ、彼の目の前に差し出してあげたに過ぎない。

うん。世界はまた一つ、あるべき合理的な姿に近づいた。

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