第4話 『幻の食材を求めて』
「ご主人、うわさを聞いてくれ!」
朝の仕込み中、常連の冒険者ギルド所属のケヴィンが興奮した様子で飛び込んできた。彼は人間とエルフのハーフで、まかない亭の料理の大ファンだ。
「森の奥で『月光茸』が見つかったらしいんだ」
「月光茸?」
「ああ、満月の夜にしか姿を現さない幻の食材さ。食べると体の中から光り出すって言われてる」
智也の料理人としての好奇心が刺激された。
「でも、危険も伴うんでしょう?」
「ああ。月光茸の周りには必ずナイトシェイドという魔物が出るんだ。暗闇を操る厄介な相手でな...」
智也は考え込んだ。危険は承知の上で、新しい食材への挑戦は料理人として避けられない。
「私も同行させてもらえませんか」
「おお!それは心強い!実は...明日が満月なんだ」
翌日の夜。
智也はケヴィンと共に、月明かりに照らされた森の中を進んでいた。
「あそこだ!」
木々の間から、青白い光が漏れている。近づいてみると、まるで月の欠片のような形をした茸が、岩の陰で静かに輝いていた。
「気をつけて。ナイトシェイドが...」
ケヴィンの言葉が途切れた瞬間、周囲の空気が凍るように冷たくなった。
暗闇が渦を巻くように集まり、そこから人型の影が浮かび上がる。ナイトシェイドだ。
「っ!」
ケヴィンが剣を構えた瞬間、智也は気づいた。その姿は...以前店に来た「影喰らい」にそっくりだった。
「待ってください!」
智也は大声で叫んだ。
「もしかして...『まかない亭』に来てくださった方ですか?」
影が揺らめいた。
「...料理人?」
かすれた声。間違いない、あの客だ。
「はい。実は、新しいメニューのために月光茸を探していました」
「...新しい、料理?」
影が少しずつ近づいてくる。が、その様子に敵意は感じられない。
「ええ。実は考えていたんです。光る食材と影の力を組み合わせた特別なメニューを」
ナイトシェイドは静かに智也の言葉を聞いていた。
「...採っていいよ」
「ありがとうございます!良かったら、完成したらぜひ食べに来てください」
影は小さくうなずき、森の闇に溶けていった。
「す、すごいぜ、ご主人!」
ケヴィンは目を丸くしている。
「まさか、ナイトシェイドと会話できるなんて...」
月光茸を大切に収穫し、二人は帰路についた。
その三日後。
『光と影のスープパスタ』が『まかない亭』の新メニューとして登場した。
月光茸の粉末を練り込んだパスタは、口に入れると淡く光り出す。そして、特製の黒いスープは、影の力を宿したナイトシェイドの涙(ナイトシェイドから分けてもらった特殊な液体)を使用。
光と影のコントラストが美しい一品は、たちまち評判となった。
そして満月の夜。
例の影喰らいが、再び店を訪れた。
「いかがでしょうか?」
「...美味しい」
その言葉と共に、影喰らいのローブから漏れる光が、より一層温かみを帯びた色に変化した。
この出来事は、街の人々の間で語り継がれることとなった。
影の魔物と料理人の不思議な交流を示す証として。