第3話 『王都からの来客』
開店から一月が経ったある日、馬車が店の前に止まった。
豪華な装飾が施された馬車からは、優雅な身なりの若い女性が降り立つ。周囲の人々が驚きの表情を見せる中、彼女は迷わず店に入ってきた。
「こちらが噂の『まかない亭』ですね」
「はい、いらっしゃいませ」
智也が声をかけると、女性は柔らかな笑みを浮かべた。
「私はアリシア・フォン・ローゼンブルク。王立魔法学院の教授をしております」
その名を聞いた瞬間、店内にいた客たちがざわめいた。ローゼンブルク家は王国屈指の名門貴族。その一族の人間が、この街外れの食堂を訪れるとは。
「噂を聞いたのです。異世界から来た料理人が、不思議な料理で人々を魅了している、と」
アリシアは席に着くと、メニューを見ることなく言った。
「あなたのおすすめを」
智也は少し考えてから、その日用意していた特別な一品を出すことにした。
「桜めし、となります」
蓋付きの器を開けると、中から淡いピンク色の御飯が姿を現れた。
「まあ、なんて美しい...」
アリシアは目を輝かせた。
「塩漬けにした桜の花びらと、この世界で見つけた香草を混ぜ込んだお米です。私の故郷では、春になると桜の季節を祝う習慣がありまして」
一口食べたアリシアの表情が、さらに明るくなる。
「素晴らしい...この繊細な味わいと香り。まるで春の訪れを告げる風のよう」
その後、アリシアは他のメニューも次々と注文。全ての料理に感嘆の声を上げ、時には魔法理論と照らし合わせた考察まで展開した。
「実は、私たちも研究しているのです。料理と魔法の関係性を」
帰り際、アリシアは真剣な表情で切り出した。
「この世界の魔法は、感情や意図と密接に結びついています。そして、あなたの料理には確かな『魔力』を感じる。料理人としての想いが、この世界では魔法となって現れているのかもしれません」