第2話 『謎の魔物客』
開店から一週間が経ち、店は少しずつ軌道に乗り始めていた。常連客もつき始め、特に近所の職人たちには昼食時によく利用してもらっている。
その日の午後、客足が途絶えた時間帯に、異様な存在が店に入ってきた。
黒いローブに身を包んだ人型の魔物。顔は見えないが、ローブの下から漏れる紫色の光が不気味な雰囲気を醸し出している。
店内の温度が一瞬で下がったように感じた。
「あの...ご注文は?」
智也は緊張しながらも、普段通りの接客を心がけた。
魔物は黙ったまま、メニュー表を指さした。そこには「本日のおまかせ定食」とあった。
「かしこまりました」
その日のおまかせは、さばの味噌煮と小鉢三品、それに味噌汁という和定食だった。
料理を運ぶと、魔物はゆっくりとローブの一部をめくり、箸を取った。その動作は優雅で、まるで貴族のようだ。
「...」
魔物は無言で料理を口に運んだ。するとその瞬間、店内に温かい光が広がった。魔物のローブから漏れる光の色が、不気味な紫から柔らかな黄色に変化したのだ。
「美味...です」
かすれた声だったが、確かに言葉を発した。
「ありがとうございます」
智也が答えると、魔物は再び黙って食事を続けた。完食後、テーブルに金貨を置いて立ち上がる。
「また...来ます」
そう言い残して、魔物は店を出て行った。
後から分かったことだが、その魔物は「影喰らい」と呼ばれる危険な存在だったという。人々の影を食べて生きる魔物で、普段は人里には近づかないはずだった。
しかし、その後もその魔物は定期的に店を訪れるようになる。来店時は必ず店内に他の客がいない時間を選び、静かに食事を楽しんでは帰っていった。
不思議な縁を感じながら、智也は考えた。
料理は、種族も立場も超えて、人々の心を温めることができる。それは、この異世界でも変わらないのだ。