第1話 『異世界開店日』
目が覚めると、そこは見知らぬ石畳の通りだった。
「ここは...どこだ?」
周りを見回す智也の目に飛び込んできたのは、中世ヨーロッパを思わせる建物群。そして、なにより驚いたのは道を行き交う人々の姿だった。人間だけでなく、尖った耳を持つエルフや、がっしりとした体格のドワーフ、動物の特徴を持つ獣人たちが、当たり前のように歩いている。
「まさか...異世界?」
混乱する智也だったが、パニックになっている場合ではないと自分に言い聞かせた。とりあえず、この世界のことを知る必要がある。幸い、財布の中には現金が入っていたし、エプロンのポケットにはいつも持ち歩いている包丁セットもある。
街を歩いていると、偶然にも「貸店舗あり」という看板が目に入った。場所は街の外れ、人通りは中心部ほど多くないが、その分家賃も手頃そうだ。
「よし、ここで始めよう」
智也は決意を固めた。異世界でも、自分にできることは料理を作ること。それは変わらないはずだ。
店主のおばあさんと交渉し、なんとか手持ちの現金で1ヶ月分の家賃を支払うことができた。おばあさんは智也の真摯な態度を気に入ってくれたようで、調理器具や食器まで貸してくれることになった。
開店準備を始めて3日目。近所の市場で食材を物色していると、面白い発見があった。この世界にも米はあるのだ。ただし、主食として食べるというよりは、貴族の贅沢品として扱われているようだった。
「これなら...」
智也は早速、米を購入。その他にも、地元の野菜や肉を仕入れた。調味料は地球のものとは少し違うが、工夫次第で何とかなりそうだ。
開店日、店頭には「本日開店 まかない亭」という看板を掲げた。最初の客は、近所の鍛冶屋で働く若いドワーフだった。
「へへ、新しい店ができたって聞いたもんでな。何か食えるもんはあるか?」
「ええ、どうぞ」
智也は自信を持って最初の一品を出した。シンプルな肉じゃがだ。
ドワーフは最初こそ戸惑った様子だったが、一口食べると目を丸くした。
「うまい!これは一体なんだ?」
「肉じゃが、といいます。我が店の定番メニューの一つです」
その日の夕方までに、口コミで5人の客が訪れた。全員が料理を絶賛し、「また来る」と約束してくれた。
閉店後、智也は今日の売り上げを数えながら考えた。
異世界での生活は始まったばかり。不安も多いが、料理を通じて人々と繋がっていける。そう思うと、少し心が軽くなった。
明日は何を作ろうか。メニューを考えながら、智也は店の掃除を始めた。明日もきっと、新しい出会いが待っているはずだ。