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二十 手料理

 新入りの采女には、一月のうち五日の休みがあたえられる。

 比野ひのは休みの前日から、他の女官たちのいなくなった深夜の調理場で、下ごしらえを開始した。


 中宮のもとに、報告に行った後、三枝掌膳さいぐさかしわでのじょう以外の女官はすぐに解放された。三枝掌膳と和珥わに掌膳は、並んで笞打ちに処されたが、ふたりとも降格などにはならずに、そのままか変わらずに掌膳の職掌を任されている。


 比野も伊尾いおも相変わらず三枝掌膳の下で働くことを許された。


 あれだけ忠告したにもかかわらず勝手なことをしたことは、尚膳かしわでのかみにもさんざん説教されたけれど、中宮の口添えがあったらしく、説教されるだけでおわったのは、ありがたかった。


 その後は、伊尾にもさんざん泣かれた。一人で勝手なことしないでよって。しばらく口を聞いてくれなかったけど、最近ようやく普段通りの態度に戻った。


 中宮からは褒美として、反物をいただいた。どうしようか考えたけど、結局、食材に変えてしまった。今の自分には必要なものはあまりないから。


 紅葉の季節はあっという間に過ぎ去った。間もなく、雪の季節となるだろう。

 この季節には何がおいしいか考えて、初めはふぐにしようかとも思ったけど、やめた。比野はもちろん毒がある部位とそうではない部位をちゃんと知っているけれど、万が一にでも面倒なことには、もう巻き込まれたくないし。


 やっぱり鮟鱇かなと思って、良い鮟鱇を市で買ってきた。それから牡蠣も。どちらもさぞおいしいに違いない。


 干した鰹を削って、煮出し、出汁を取る。それから鮟鱇をさばいて、肝の臭みを取るために下処理を施した。



 翌日、朝の支度が終わって、調理場の喧噪も一段落したところで、開いている調理スペースを借りて、昨日の続きにとりかかる。


 鮟鱇を、煮込む。味噌や生姜で味を調える。それから、牡蠣を焼いて、蓮根と人参、里芋のお煮染め、蕪の葉の胡麻和えも作った。それから、鰯の炊き込みご飯。


 どれも、我ながら良く出来た。すごくおいしそう。汁物以外は大事に箱に詰めていく。料理というものは味ももちろん大切だけれど、彩りも重要だ。運ぶときにぐちゃぐちゃにならないように意識して、ぎっしりつめる。


 汁物は専用の器に入れる。全部をひとまとめにして、さらに大きい箱に入れて、比野はそれを持って調理場を出た。


 よく晴れた日で、風も穏やかで日差しも暖かかった。


 目的地に着いて、その入り口でうろうろする。考えてみたら、特に約束せずに来てしまった。中に入ると迷惑かもしれないし、ここで待っていたら、会えるだろうか。


 人の出入りをしばらく眺めていると、後ろから声をかけられた。


「あれ? 比野さんではないですか?」


 にこやかな表情の亜鈴あれいがそこに立っていた。


「こんにちは。あの、ええっと」


 比野が言いよどんでいると、亜鈴のほうから言ってくれた。


支生しきですか?」

「あ、はい」


 比野が同意すると、亜鈴は、近衛府の中に通してくれた。周囲からじろじろ見られるので、比野は少し緊張した。


「あの、これを渡してもらえたら、いいですから! 特に用事があるわけではないので!」


 そう言って、手に持っていた箱を亜鈴に渡そうとしたが、彼は受け取らなかった。


「そういうわけにはいきませんよ。直接支生に渡してやってください」


 にこやかに言われて、近衛府の一室に通される。


「少しお待ちください。今、支生を呼んできますから」

「ありがとうございます!」


 亜鈴はまた少し笑って、部屋を出ていった。


 しばらく、そしてまたしばらく経った頃、支生が中に入ってきた。


「どうしたんだ?」


 部屋に入るなり支生は言った。突然訪ねてきたから驚いている様子だ。


「今日、休みなんだ」

「そうなのか。だから遊びにきたのか?」

「遊びに来たわけじゃないよ。でも突然来たのはごめん。これを渡したくて」


 比野は言いながら、大事に持ってきた箱を、支生の方に押しやった。


「ええっと……」

「前に、わたしの料理を食べたいって言ってたでしょ? だから作ってきた」


 支生は、むず痒そうな顔をして言った。


「ただでは、作れないって言ってたじゃないか」

「だって、くれたじゃん。わたしが欲しいものを」


 比野も少し照れて、でも、正直な気持ちを伝えた。でも、支生は心当たりがないようだった。


「? 記憶にないけど」

「くれたの! だから、そのお礼。食べたら、適当に膳司に戻してくれたらいいから!」


 わざわざ、昨日から支度をして持ってきたのに、いざとなると恥ずかしくなって、比野は支生に、丹精込めて作った料理の入った箱を押し付けると、そのまま部屋を出ようとした。


「待てよ! おまえも一緒に食べるのはどうだ?」

「わたしは、もう食べたし」


 引き止められても、そう言って逃げようとするのを、支生はさらに留めてくれた。


「でも食べれるだろ」

「小食なんだから!」

「じゃあ食べなくてもいいから、そこに座っててくれ」


 彼がそういうので、結局、比野は支生のそばに座った。そして支生が比野の作った料理を食べるのを眺める。


「うまい!」


 支生は、比野の料理をそう言って、おいしそうに食べてくれた。その姿を見ていると、比野はなんだかすごく嬉しくなって、ついつい笑い声をあげてしまった。



このお話は一応ここで終わりです。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

不定期でときどき番外編のような短編を書いていければと思っています。

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