十六 理解
そうして、支生は比野のことを見た。
「わかったよ。協力する」
支生のその言葉に比野は少し驚いた。さっきまで、そんなことやめろの一点張りだったのに。
「無理しないでよ。わたしは協力してなんて頼んでないし」
「いいんだ。おまえがそこまで言うなら。おれにも協力させろ。おまえが一人で無茶してるんじゃないかと思うとその方が心配だ」
支生はそう言って少し笑った。それに比野も嬉しくなった。
「ありがと」
ちょっと照れて、意味もなく指先を自分の頬にあてたりした。
「でも危ないかもしれないよ」
そう言ったら、支生が一歩比野に近寄って言った。
「その危ないことをしようとしてたのは誰だよ」
「えっとわたし?」
比野は今度は後ろに下がらないでおいた。むしろ比野も一歩、支生の方に近づいてみる。
「そうだろ。で、まずは何をするつもりなんだ」
それをちょうど、今考えていたところなのだ。
「えっと、やっぱり当日の流れを知りたいんだよね。わたしは宴には出てないから、宴がどんな風に進行したかとか、そういうことは全然わかんないから。特に積恵親王さまにどんな風に料理が出されていたのか、とかね。淑妃さまが禁足になってしまっているけど、できれば淑妃さまか、近しい女官にお話しを聞きたい」
「なるほど」
支生が頷いた。
「あとは、もちろん積恵親王さまが宴に出席される前や後にどのように過ごされていたのかってところも重要だよね。今は徳妃さまと積恵親王さまが清涼殿にいらっしゃるなら、むしろ貞観殿を調べるいい機会だなって。貞観殿にはあとで忍び込んでみるつもり」
「忍び込むって、おまえ、何を考えているんだ! 見つかればただではすまないぞ!」
比野のこの言葉に支生は驚いたようだった。また、比野の行動を制そうとする。
「どちらにしろただでは済まないことをしてるのに、このくらいで何?」
批判されると、むしろむきになってしまって、言い返す。
「それにしたって、おまえ。ああ、もう! 一人で忍び込むなよ。おれも一緒にいくから。夜になってからだ。明るいうちは目立ってよくない」
支生が、頭をかきながらしかたなさそうに言うので、比野はちょっと面白くなった。面白がっている場合ではないのだが。
それから、さらに支生は続けて言った。
「あと、当日の宴の流れだが、同僚に宴に出席していたやつがいるから紹介するよ。ついでにそいつは麗景殿や貞観殿の女官とも親しいはずだ。話をつけてもらうように言っておく。一刻後にここへ来い。それまで、少しは休んでおけ、すごく疲れた顔をしているから」
「ありがとう。休んでる時間はないけど、他のことは助かる」
「いいから。昨日は寝れずに、過ごした上に、今日も夜中に活動するだろ? 休まないと頭も働かない。時間がないからと休憩をおそろかにするのは馬鹿だ。常に持てる最大の能力を出せるように、休めるときに休むべきだ」
ぐぬぬ、悔しいけど、正しい。比野はしぶしぶ頷く。それを見て、支生はよしっと満足げに笑った。
***
一刻後、言われたとおりに比野が宴の松原に戻ると、支生の隣には男が一人いた。近衛兵の服装をしている。支生も同じ格好だ。そう言えば彼は今まで近衛兵の格好をしているのを見たことがなかったな、と比野は思った。これまではずっと非番だったのかもしれない。
支生の隣の男が、彼がさっき言っていた同僚だろう。
二人に近づいていくと、支生が話しかけてきた。
「少しは休んだか?」
比野は大人しく頷く。
「うん。休んだってば」
答えると、支生は比野の顔をじっと見た。そして、一度、首を縦に振る。そして、少し笑って言った。
「うん。さっきよりは顔色がよさそうだ」
「だから、休んだんだってば。なんで、わたしの言うことを信じないかな」
少し苛ついて言うと、支生は肩をすくめた。
「別に信じてないってわけじゃないけど」
二人が、軽い言い合いをしていると、隣からも笑い声が聞こえた。
「お二人はとても仲がいいようですね」
比野は支生の隣にいた男をちらっと見た。彼は支生と同い年くらいで、支生と同じくらい背が高かった。でも支生よりも少しだけ柔和な顔立ちをしている。
彼がいることを、少しの間意識の外にやってしまっていた。今になって恥ずかしくなる。こんなにしょうもない言い合いを他の人の前でするなんて。
「ごめんなさい。えっと、あなたが、支生の同僚の方ですか?」
気を取り直して、にこにこしている男に話しかけてみた。するとすかさず横から支生が言う。
「おい、おれと態度が随分違わないか?」
男は、支生を無視して言った。
「はい。わたしは亜鈴と申します。お見知りおきください」
随分とさわやかだ。初対面から、話しやすそうな雰囲気を感じるし、有能そうだった。比野ももちろん、支生を無視して言った。
「さっき、支生に聞いたんですけど、あなたが紅葉の宴に出席されていた方ですか?」