表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/22

飛上(ひかみ)、王さま、かんかんだったけど、よかったの?」

「飛上じゃないって、これからは比野ひの。父上のことはいいよ、怒らせておけば。もう遅いんだから」


 比野は、一緒に都に上がることになった、幼馴染の伊尾(いお)に言った。比野はわざわざ名前を変えて、ここ千州から都まで旅立とうとしている。その理由を比野は思い返した。


 ***


「それはならん」


 千州せんしゅう国の国王は飛上の訴えをあっさり切り捨てた。


「父上、なぜですか?」


 飛上は正座していた状態から、膝を立てて、父親に詰め寄った。飛上はどうしても、都に行きたかった。いや、後宮に入りたかった。


「お前の姉は死んだのだ」

「ですから、その理由を知りたいのです」

「理由などどうでもよい!」

 国王は語気を強めた。

「どうでもよい。お前は、都になど行くでない。死んでも理由さえも知らされない、そんな場所にいくでない。ここにおれば、俺がお前を守ってやれる。ここで誰か婿をとれ」

「わたしは、姉上の死の真相をしりたいのです! 父上に守ってもらって、姉上が死んだ理由も知らず、おめおめと生きていたくはありません!」

「許さん! お前がなんと言おうと許さんからな」

「父上!」


 立ち上がって部屋を出ていく父を呼び止めるが、父は立ち止まらなかった。

 

 飛上たちの暮らすこの上弦国では、一年に一度、地方から下位の女官である采女(うねめ)を皇帝に献上する決まりがある。上弦国の一地方である千州国の国王を任されているのは、飛上の父であり、彼が采女の選抜を行っている。

 采女は基本的に、地方の国王や有力者の娘が選ばれる。飛上の姉は、四年前に采女となって都に上った。しかし、父は、飛上の采女になりたいという希望を拒否している。

 

 でも、父になんと言われようと、飛上は絶対に采女となるつもりだった。


 ***


「叔父上、この通り。お願いします」


 飛上は、叔父の邸に行って頭を下げた。


「しかしなあ、王がなんとおっしゃるか」

「そうだよ。飛上、やめておきなさい」


 叔父は飛上の意見に渋り、叔父の家にいた飛上の母もそれに同調した。通い婚が主流のこの国では、王の妻とはいえ、月の半分は生家に滞在するのは普通だった。母の父は既に死んだので、今は母の弟である叔父が、一家の主だった。

 母は姉の死の知らせを受けて、毎晩泣いていたのに、飛上が都に行くのに反対する。もちろん、母に言わせれば、「なのに」ではなく「だから」なのはわかってはいる。結局飛上が心配なのだ。でも、両親の心配を押し切ってでも、飛上は都に行くつもりだった。


「父上は、海未(うみ)を采女とするつもりです。それはいやだとおっしゃっていたではありませんか」


 海未は叔父の娘だが、体が弱く性格も大人しかったので、叔父は都に上げるのを心配していた。


「しかし、王をだますようなことは……」

「だますんじゃありません。ほんとのことを言えばいいんです。海未が心配だから、采女になりたがっている娘を養子に取ったって。父上が怒ったら、叔父上も、わたしに騙されたって言ってください。わたしが、いい子を紹介するっていったのを信じたって」

「うーん」

「お願いします。この御恩は決して忘れません」


 まだ渋る叔父に飛上はとにかく頼み込む。結局、叔父は折れた。


「そうだな。わかった。海未を助けてくれたのは、お前だし。わたしもお前には恩がある」

「ありがとうございます!」


 かつて海未が病気になったとき、飛上は必死に看病した。叔父はそのことを言っているのだ。飛上は、喜んで、叔父に近づき、手を握って感謝した。 

 横を見ると、母は不安そうな顔をしているが、最終的には、結局母は父ではなく飛上の味方になってくれると経験から飛上は知っていた。母と父の間に、何があったのかは知らない。でも、母はいつも飛上に言い聞かせていた。


「いい、飛上。男の人を、特に地位のある男の人を信じたらいけなからね。女は女どうしで助け合わなきゃ。結局、男の人は女を同じ人間とは思っていないんだから。事が起きれば、いつでも切り捨てられる存在だと思ってるんだよ」


 そう言われても、飛上にはぴんとこなかった。父は飛上の意に沿わないくらい過保護だが、それは飛上を心配しているからだと思う。 

 別に守って欲しいなんて思っていないが、父が飛上を守りたいと思っていることに疑いを持ったことはなかった。

 

 確かに世の中に信頼できない男はいるだろうが、かといって女なら皆信じられるかと言ったら、そんなことはないだろう。結局のところ、たぶん父は母の信頼を裏切るようなことをかつてしてしまって、母は父を信頼できなくなったのではなかろうか。

 結局、男と女の問題ではなく、父と母の個人間の問題なのだ、と飛上は考えている。ただ、そのおかげで、父と飛上の意見が割れたとき、最終的に飛上の意思を尊重してくれるのはありがたかった。


 母が口を開いた。


「飛上、本気なの?」


 飛上は無言で頷くと、母は大きなため息をついた。受け入れてくれた合図だと、飛上は思った。


 ***


 叔父は約束通り、飛上を養子にしてくれた。采女になるには、まず采女の情報を記載した書類を作成し、国王の決裁ののちに都に送る手はずになっている。

 父はその書類に疑問を持たなかったらしい。叔父が提出した書類にあっさり書名して、都に送ってしまった。


 そして、今日、采女は税を運ぶための男たちと一緒に都に上る。朝、都に向かう前に王に挨拶するそのときに、並んでいた飛上に、父は初めて気づいたらしい。


「飛上、お前!」

「飛上じゃありません。わたしは比野です」

「なに!」

「叔父上の養子になったんです。父上が許可してくださらないから」

「お前、勝手なことを! 許さんぞ!」

「許すも許さないも、もう書類だって送っちゃったんですから」


 叔父が提出した書類には、名前の他に身長や特徴などを書く欄もあった。もう都に送ってしまっているので、今さらその特徴とは違う女を送ることもできない。

 父は怒り狂ってはいたが、最終的には比野が都に上るのを許さざるを得なかった。二人送らなければならない采女を一人しか送れなかった場合に生じる問題を考えれば、当然のことだ。


 そうして、今、都に向かう道中にいる。父に黙って母が用意してくれた荷物を抱えている。夏が終わろうとしている季節の空は青く、高い場所に雲が日の光を反射して輝いていた。


「でもさ、えーっと比野。飛上っていうこれまでの名前を変えちゃって本当にいいの?」

「うん。比野っていう名前は自分で決めた名前だから気に入ってるし。これからは呼び間違えないでね」


 念押しすると伊尾は頷いた。二人は笑い合って、肩を並べて都への道を歩いていった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ