幕間:マルヴェック・クレモス
ちょっと重たい話です。
過激な描写もありますのでご注意ください。
苦手な方は次の更新をお待ちください。
「おはよう"※※"。今日はいい天気よ」
…誰だ、貧しい服を着たこの女は。
「愛してるわ、"※※"。私のとても大切な息子」
…俺に惜しみなく愛情を注いでくれるのは誰だ。
うっすらと、この女に守られていたことだけは覚えている。
毎日毎日抱きしめられた温もりが少しだけ記憶に残っている。
「…逃げて!!"※※"!!!」
俺を優しく抱きしめてくれた女の首がごとりと落ち、愛しそうな目で見つめてくれた目は光を失い、こちらをじっと見つめている。
どさりと倒れた女の体の後ろから身なりのいい壮年の男が現れた。その手に握られた剣には女のものであろう血が流れている。
俺は頭を掴まれ、じっくりと顔を覗き込まれる。
「…ふん。報告通り顔は似ているな。貧相な体だが道具としては使えるだろう。お前はこれから"マルヴェック"だ」
その日から俺は"マルヴェック"になった
~~~
「またあの夢か…」
俺はマルヴェック・クレモス。
オーラリオン王国にある中領地の領主、グラニス・クレモス伯爵の一人息子で上級貴族だ。
今は王都の学園に通っていて、一年のほとんどを王都の貴族街にあるクレモスの別邸で過ごしている。
しかし今日の目覚めは最悪だ。クソみたいな夢を見たからだ。
俺に幼いころの記憶はない。
幼いころに木から落ちて生死の境を彷徨った際に、当時の記憶をなくした。母に優しくされた記憶などもない。事故の後から母の顔を見たことはないのだ。
父からは厳しく叱責され、俺以外にクレモスを継ぐ者がいないこの地の領主の息子としてふさわしい振る舞いや教養を叩きこまれた。
そう、俺は選ばれた貴族なのだ。
「あぁ~気分悪い。今日はアイツで憂さ晴らしでもやるか」
思い浮かぶのは黒髪で眼鏡をかけている、おどおどした平民の新入生だ。
いや、新入生と言うのは少し違うかもしれない。
アイツは学園の講師であるイレーネに拾われ、俺が学園に入学する前から、イレーネの研究室を家代わりに過ごしているという。
イレーネは長命のエルフ族で、この学園の創立直後に専用の研究室の建設を許されているほど特別な存在だ。そして美しい。
そんな選ばれた高貴な存在が平民ごときを特別扱いするのが気に入らない。
「…平民風情が。特別な存在であるものは、特別な上級貴族である俺のようなものを優遇すべきだ」
学園は身分問わず平等、なんて謳っているがそんなものは幻想だ。能力があるとはいっても所詮平民。
卒業すれば一代限りの男爵相当の貴族位を与えられるとはいえ、その振る舞いや思想は貴族にふさわしくない。
結局、身分差に押しつぶされて消えていく平民も多いのはこれまでの卒業生の経歴を見ても明らかだ。
ならば、学園に居るときに現実を教えてやるのも、上位の貴族の役目だろう。
平民でなくとも、下位の貴族も同じだ。貴族なのに振る舞いも所作も醜いこと極まりない。能力も低い。そんな奴らはいらない。
俺?俺は属性魔法の中でも特に優遇される火属性に強い適正があり、強い魔法を使うことができる。そして次期領主だ。学園の成績も優秀で常に上位に位置しているのだから問題はない。この学園でも上位だ。
『上位の貴族は身分の低いものを力づくでも従えなければならない。欲しいものは奪い取らねばならない』
幼いころから父にそう教育されてきた。俺は"弱者とは違うのだ"
俺と同学年で対等と言えるのは…平民から生まれた王子に、理想ばかりの綺麗ごとを語るロヴァネの嫡子くらいか。
あぁ、麗しいエルフの留学生、リセリアも居たな。
彼女はエルフの王女として相応しい気品に溢れ、とても美しい声と透明感のある肌を持ち、素晴らしい肢体だ。
特別な力を持つエルフなのであれば、俺の本妻に相応しい。
いずれ彼女には婚姻の申し入れをするつもりだ。優秀なこの俺の申し出をエルフの国も断ることはすまい。
あの清楚で整った美しい顔を汚すのが今から楽しみだ。考えるだけで欲情してしまう。
ひとまず彼女との将来は置いておいて、今は平民をどう痛めつけるかが大事だ。
なんだ?何が起こった?
俺はいつも通り取り巻き共を呼び出し、朝、外出先から学園に戻ってくるところを狙い、例の新入生を痛めつけていたはずだ。
確か炎の魔法であいつを焼こうとしたときに…それから記憶がない。
なぜか学園の医務室で目が覚めた。
「マルヴェックさん、変な従魔を連れた部外者に邪魔されたんです」
「あの平民生まれの王子も現れたので一旦引きました」
取り巻きのマイクとロベルトが状況を伝えてくる。
「…貴様ら、あいつに何の制裁もせずに引いたのか!?」
この役立たず共は王子に完全にみられていたことや、教師がすぐさまかけつけたことを言い訳のように繰り返す。あぁイライラする。
「もういい。俺は帰るぞ。お前達はアイツの情報を集めておけ」
取り巻き共に指示をして俺は貴族街の自室に戻ると、部屋にメイドを呼び出す。
「くそ!くそ!!!ふざけるな!!!」
「きゃぁ!おやめください!マルヴェック様!!お許しを!!」
呼び出したメイドを殴り、蹴りながら高ぶった気持ちを抑える。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…言え!!俺はなんだ!!!」
「ま…マルヴェック様はクレモス伯爵領の摘年で、後継者であらせられます…!!!」
俺はメイドの髪を掴み、その顔を見る。
「あぁそうだ、俺は次期領主だ!!なぜ皆、俺を敬わない!!!」
メイドを突き放し、俺は棚からタリシア公国の商人から買った特殊な魔術具の香炉を出し、香を焚く。
あいつらは最近、とても不思議な魔術具を沢山用意してくる。父が良く利用しており、ついでに様々な道具を俺も買っている。
この香炉で自分の好きな香りを焚くと不思議と気持ちが落ち着き、全能感を感じることができる。
公国の商人によると、気持ちを落ち着けることで魔力の巡りを感じやすくなるそうで、使い始めてから魔法の扱いがうまくなり、強力な魔法を使えるようになった。
欠点としては、自身の欲望を抑えられなくなるところだが、幸いにも女はこの屋敷には沢山いる。使い捨てればいいだけだ。
ちなみにこの香から漂う香りはリセリアから漂う香りをイメージして作ったものだ。あぁ…これが彼女の香りか…。
彼女の香りを嗅いでいるかと思うと、頭の中に豊満ではないがスラッとしていて、バランスの取れた彼女の美しい肢体が浮かび、股間が熱くなってくる。
「あぁ…リセリア…俺を愛してくれ…俺は…"愛がほしい"」
俺はそのまま部屋の片隅で怯えるメイドの服をはぎ取り、体が動かなくなるまで凌辱した。
後日、取り巻きからの情報が入ってくる。俺の邪魔をした奴は1年の落ちこぼれクラスに編入したらしい。
どうやらギレーとロヴァネの推薦を受けての編入らしく、剣士だが、凄まじい炎の魔法を使ったということだ。
「火属性を使う魔法剣士か…。だが俺の炎には及ぶまい」
「もちろんですよ!マルヴェックさんの炎は最高ですから!」
「この学園にマルヴェックさんに敵う火属性使いなんていません!」
こいつらは俺をわかっている。そうだ。存分に敬え。俺を超える火属性の使い手なんていないのだ。
だがこいつらの名前はなんだったか?なぜ、俺の取り巻きをしているんだ?
それにしても編入生はギレーとロヴァネの推薦を受けているのか。あんな落ち目の領の推薦を受けたところで何になる。
ギレー領は最果ての大森林からの恵みで潤っている大領地だ。ソットリス関門に現れる魔獣の素材を独占し、不必要に高い値段で国内で販売している悪徳領地なのだから。
父は不公平なその状況を変えたいと考え、富の分配を国王に訴えているが聞き入れられない。
最果ての大森林から現れる魔獣の討伐に大きな負担がかかると言っているが、その辺の魔物と変わらないだろう。そんなもの俺にだってできる。
また、ロヴァネも不法にミスリルの鉱山を独占している評判の悪い大領地だ。
今は父の計略により、ギレーとロヴァネを弱らせるための策が張り巡らされている。いずれどちらもその地位を奪われることになるだろう。
その時は、父よりどちらかの領地を任せられることになっている。
そうなれば俺は大領地の領主だ。妻に迎えるリセリアも満足してくれることだろう。
俺の平民と下級貴族への制裁はヴィクターという、王子と言う名の皮を被った平民の手によって正式に領地に抗議が入った。
理事に母方の叔父がいて、これまではそいつを通して俺の行動を黙認させてきた。
だが、正式に王族からの抗議が入った事でしばらくは叔父から大人しくしろと強く叱られる。
俺はイライラが止まらず何度も頭を掻きむしる。
「イライラするイライラするイライラする!!!なんで俺の邪魔ばかりするんだ!!」
行動を制限されたことで感情が高ぶる機会が増えた。そして、香炉を使う機会も増え、使い捨てるメイドの数も増えた。
香炉を使う期間も徐々に狭まり、今では毎日使わないと気落ちが落ち着かない。いつしか屋敷に若い女のメイドはいなくなった。
メイドの代わりに奴隷を使うようになったが、以前ほどすぐに発散はできない。
欲情を吐き出せなくなったことでさらに感情は高ぶる。常に部屋には香炉を焚き続けないと気持ちが落ち着かなくなった。
あぁ、甚振りたい、弄びたい。"餌を食べたい"
取り巻きどもが、編入生が1人でイレーネの研究室に向かったと報告をしてきた。
やっとだ。やっとあのクソガキに俺の力を示せる。研究室からの戻りを中庭で待ち伏せすることにした。
「見つけた」
イレーネの研究室から出てきた編入生と、平民新入生の2人を見つけると自然と口角が上がった。これからの蹂躙を思うと体が熱くなる。
あのイレーネの寵愛を受けるのは俺だ…俺のはずなんだ…。薄汚い平民ども。俺が甚振ってやる。
しかし、思うようにいかない。くそ生意気な編入生は不思議な技で俺の炎を全て凌ぎ、無効化した。
初級の技とはいえ、俺の炎だぞ!!!
くそっくそっくそっ!!!
俺は全力を出せていない!!ここが学校で、使える魔法を制限しなければいけないからだ!!クソみたいな叔父の指示でやれることが制限されているからだ!!!
魔法だけじゃない。俺の貴族としての権力を持って最高の力でこいつをねじ伏せなければ。
…そうだ、『決闘』をすればいいじゃないか。
あれはなんでもあり。どんなに相手を痛めつけたとしても、どんな強い魔法を使っても構わない。相手を殺したっていいのだから。
俺は黙って手袋を投げ、編入生に拾わせる。
「拾ったな?それは今、この場を見ているもの達が全員見ていることを確認したな!?」
「私は見ました!」
「私もです!」
さぁ!これで決闘の成立だ!!決闘の作法も知らない平民なぞ、丸め込んで俺の有利な条件にしてしまえばいい!!
あぁそうさ!!俺は次期領主で上級貴族だ!!!すべてにおいて優先される!!!
「では、その決闘については私が立ち合い人となりましょう」
突如、中庭に響いた声は愛するリセリアのものだった。
この決闘に協力してくれるかと思えば、なんと、平民と公平な戦いをせよという。なぜだリセリア。俺を愛して居ないのか!!!
ヴィクターに、ジョシュアというゴミ共に何か吹き込まれたのか!?
あっという間に決闘はリセリアが差配することになった。こうなってしまった以上、俺はリセリアに恥をかかせたくない。
だが、叔父に少しでも有利になるように手を回してもらおうと、叔父の執務室へと足を運ぶと、その扉が開いており、中の話し声が聞こえてきた。
「…たく、あのバカ甥には呆れるわ。よくグラニスはあんなクソガキを息子にしようなどと思ったな」
「全くです。貴族としての品位に欠けていますし、取柄は火属性の魔法だけではありませんか」
グラニスとは俺の父の名前だ。気づかれないよう扉に近づき、耳を立てる。どうやら叔父は側仕えと会話をしているようだ。
「ったく。次から次に無理難題を押し付けおって。もみ消すこちらの身にもなってほしいものだ」
「王族からの抗議の次は、決闘騒ぎですか…。しかもエルフの王女が仲介になると…」
「一歩間違えばこちらが吹き飛ぶわ。絶対にあいつを勝たせるように手配しておけ」
「はっ。タリシアから面白い薬が入ってきていますので回しておきましょう」
どうやら俺の決闘について話をしているようだ。すでに俺の為に手を回してくれているとは、さすが叔父上だ。
そのまま扉を開けて部屋に入ろうとしたとき、衝撃の発言が飛び出した。
「それにしてもマルヴェック本人ではないあやつが、貴族の権力で暴れておるのは笑えるのう。いや、貴族ではないからこそか。同類である下級貴族や平民を煙たがり、権力を振るいたがるんじゃろう」
聞こえてきた内容に耳を疑う。なんだって?俺が…マルヴェックじゃない?
「ええ。幼いマルヴェック様がなくなった際の身代わりにあんな薄汚い平民を連れてきたときはグラニス様のお考えを疑いましたよ」
「クレモスは子供に恵まれていないからな。火属性の加護があっても満足に教育も受けておらん貧しい貧民だったからの。少しマルヴェックに顔が似て居るだけで選ばれたんじゃからな。まぁ少々記憶もいじる必要があったが…好き勝手にやれて本人は幸せじゃろうて」
下卑た笑い声が執務室内に響く。
「とはいえ、クレモス別邸の女の使用人や奴隷をすぐに壊してしまうのは困りものですね。最近はそのペースが速く処理が大変です」
「なぁに。あいつはグラニスの計画が終わればすぐに切り捨てられる。それまでは自由にさせてやろうとのせめてもの慈悲だよ。もう少し我慢しておけ」
「それでしたら安心ですね」
はははと高らかな笑いが隙間から聞こえてくる。俺は居た堪れなくなり、その場からすぐに離れた。その顔は第三者から見れば真っ青だったに違いない。
今聞いた話を信じたくなくて一気に学園を駆け抜け、離れる。
(…俺は…マルヴェックじゃない…?…じゃぁ…誰なんだ…?)
思い出されるのは、時折見る夢。
ボロボロで隙間風だらけの小さな家。薄汚れた服を身にまとっていた優しい女。
「愛してるわ、"※※"。私のとても大切な息子」
彼女が呼ぶ名前だけが聞き取れない。
(ふざけるな。俺はマルヴェック・クレモス。クレモス家の嫡男だ!!)
これはきっと、俺に勝たせないようにヴィクターやジョシュアが仕掛けた策略に違いない。あの叔父も買収されているのだ。どこまで運命は俺をもてあそぶのだ。
…いいだろう。どんな手段を使ってもこの決闘に勝利する。それが俺の価値の証明だ。
たとえ"悪魔"に魂を売ったとしても。
次はマルヴェックが変貌してからのお話です。
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