太陽鷹
次の日、三人を乗せて馬車が出ていた
「まあ、個人的には自身を表に出したがらないスポンサーが結構怪しいと思いますけどね」
「依頼で言われてた金の出どころはそこだし結局調べる必要がありそうだな」
「まあ今度の視察で怪しい動きがなかったらそっちだよね」
そうして三人を乗せた馬車は北の国からの移民たちが立ち往生している地点へとやってきた。
ちょっと茂みの中の少し開けた場所だ。
二・三十人のエルフやノイマン達、は刻一刻と減る食い扶持やいつ魔族の矛先が彼らへ向くかわからない状況、そして安全な道を通り帰ったところで待っているのは地獄の日々という板挟みによる不安や苛立ちを隠せていない。
唯一平静を保てているのはノストルから派遣された護衛たちぐらいなものである。
そんな中、突如やってきた馬車は彼らの注意を引く、だがこのままではそれが敵意になるのも時間の問題だろう。
それを確認したダリルは軽く顎を触り「ふむ」と言い、馬車から一人おりる。
謎の馬車から降りた整った身なりでちんちくりんの聖職者が彼らの注意を引かないはずがなかった。
「北の国からの皆さん!星匿教という宗教の代表としてやってきましたダリルです!この度ノストルの代表であるケェル様とお話をし、星匿教がノストルに支援を行うことが決定いたしました!その一番最初の支援として……約二十日分の食料と水、そしてこの状況を打開しうるAランク冒険者を連れてきました!」
出せる限りの声量でそう彼らに伝えた。それを聞いた彼らはどよめき出す。
「まだ状況が読み込めて内容ですね……まあ突然のことですし仕方ありませんか。ではもっと簡単な言葉で伝えましょう、貴方達は助かります!」
彼らは沸いた。
それは魔族への勝利宣言他ならないからだ。
馬車の中で待機するニコラではきっとこんなことは言えなかっただろう。
相手の力量の確認さえもせずそんな発言をしようものなら軽率だとして信用問題につながる。
十全に勝てるという判断材料を持たずに勝てると言うのはデタラメにほかならない。
だが、ダリルは知っていた。「Aランク冒険者」という肩書の重みを、傭兵や軍人、そして冒険者と言った殺しの仕事をしていなかったダリルだからこそ知っている。
戦闘能力を持たない一般人にとって「Aランク冒険者が助けに来てくれた」という旨を知った時点で勝利にほかならないのだ。
「――簡単に言ってくれる」
額に手を当ててニコラはそう呟いた。
デタラメが偶然当たることだってある。
勝って道を拓きさえすれば良い。
ダリルは暗に二人にはそう言ってるのだ。
「まあ、元々丸腰で素通りする話じゃないんだし、このハッタリは良いんじゃない?だって勝たなきゃいけないのは始めからそうでしょ?」
「……まあそうか」
「それではAランク冒険者のお二方に顔を見せてもらいましょう!出てきてくださ〜い」
ダリルは突然そう言って二人を呼んだ
「クソッ、打ち合わせもしてないのに突然呼んでくれるなよ!」
「まあまあ」
必要な物を取り、せこせこと馬車から降りる。
馬車から覗いた時からは考えられないほど彼らの目は光に満ちていた。
「Aランク冒険者のレオンさんとニコラさんです」
「皆さんを助けるためにやってきました、宜しく!」
そう言ってレオンは軽く手を振って笑顔を見せる。
(嘘だろ!?打ち合わせも何もなくそんなこと出来るのかよお前!?)
ニコラは少し硬直した、レオンと言う者の対応力の高さを舐め腐っていた。
「……宜しく」
大衆の前に立つのは基本的に苦手なニコラだが、なけなしの語彙でなんとかその場をしのいだ。
一通り移民たちへのパフォーマンスを終えたところで衛兵に問題の魔族の位置を聞く、ここからそれなりに離れた場所で徘徊をしているそうだ。
三人は茂みの中を切り開きながらそちらに向かっている。
1時間ほど歩きで進んだ当たりでニコラがピクリと何かに反応した。
「ニコラ、見つかったのか?」
「……ああ。相当骨が折れるぞ、これ」
その言葉を聞いてレオンとダリルは腹を括る。
ニコラの感覚を頼りに進むと、森の中にぽっかりと空いた焼け野原へと出た。
半径五十メートルほどの円形の焼け野原の中心には、腕を失った代わりに二つの関節を持つ大羽根を二対背から生やし、全身が羽毛に包まれた、鷹のような頭を持った人型の魔族が居た。
「……あれ何、私知らないんだけど」
その異形さに思わずニコラがそう言う。
「アレはですねぇ……太陽鷹ですねぇ……こういうふうに円形状に森を焼き払って森の中に穴を作ることからそう名付けられたんですねぇ……」
酷く引きつった苦笑いと青ざめた顔を携えて彼はそう説明した。
「さっき啖呵切った割にはずいぶんと苦しそうじゃないか、あん?」
先程の件に思うところのあったニコラは高圧的な言葉遣いで詰めようとする。
「いやぁ……だってあそこまでのが出てくるとはあの時は思ってなかったですし……上位魔族だとニコラさんが分かったときでもまさかこのレベルだとは思ってませんでしたし……」
「だが可能性はゼロじゃ――」
「あっこっちに気づいた」
言い訳がましいダリルの言葉をねじ伏せようとするニコラのそばで、じっとそれを見ていたレオンがそう言う。
リング状の魔法陣が二対四枚の羽の上に浮かび上がりその中心には火球が誂えられていた。
「チィッ!私が楽しいだけのお説教タイムは一旦やめだ!戦るぞ!」
「貴方も大概良い性格してますよねニコラさん!」
ニコラは銃を、ダリルは杖と聖書を、そしてレオンは両刃剣と各々の得物を取り出して臨戦態勢に入る。
ダリルは聖書の上に浮かぶ円形の魔法陣の上をT字に指でなぞる。
四つの魔法陣から次々と放たれる火球は三人の眼の前で見えない壁に阻まれ消えた。
それを確認したニコラはスナイパーライフルを構え、当て感を頼りにほとんどスコープを覗かずに打ち込む。上の左翼に的中、尖弾が皮を突き破り、肉を穿つ、そして羽毛に滲んだ血の赤が広がる。
だが、さすがは上級魔族この程度で動じる様子はない。
ものの数秒で止血されたのか赤の広がりが止む。
太陽鷹も惑星の三人が楽に殺されてくれる相手で無いことを理解したのか、その鋭い鷹の目を据えて三人を凝視し、ゆらりと翼をはためかせて膝を曲げる。
「飛ぶぞ!」
「分かってますよ!」
ニコラの言葉に少しキレ気味に返しながら聖書の上に横一文字を引く。
地面に現れた四つの魔法陣から太陽鷹を捉えんと鎖が伸びる。
しかし、鎖がその翼にかかろうとしたその瞬間に太陽鷹は飛び立った。
「逃がしました!円の内側にいきましょう!」
「「分かった!」」
通常、太陽鷹と出会ってしまったときは森にできた円形状の焼け地に入ってはならないとされる。
そこは、太陽鷹が番を作り、憩い、そして狩ってきた得物を食す家でありそれ即ち縄張りである。
縄張りに入ってしまえば熾烈な排除を受け、逃げられなくなるが故にそう言われている。
だが今の彼らに逃げは許されない。
ならば索敵のために森を燃やされるよりも、自ら体をさらけ出したほうが火に囲まれるリスクがない分良いというものだ。
だが、三人は空に浮かぶ敵に対して無防備であるとも言える。
四つの翼を広げ、体を斜めに傾けて器用に旋回する太陽鷹が軌道を変えて翼の下側に魔法陣を広げ、リング状の魔法陣を纏った赤い球を三人に向けて四つ落とす。
それを見たダリルが三人の頭上に魔法障壁を作る。
それとぶつかった赤い玉は大爆発を起こし、上から吹き付ける熱風が障壁を超えて彼らを襲った。
「アッチィ!なんで障壁越しにも来るんだよ!」
「質量の無いものなら全部遮断できますけど質量のあるものは全部素通しですよ!太陽鷹の二十面体魔法です!定説では水素と酸素を反応させながら魔法で熱を発散しないように制御して落としてるそうです!水蒸気には質量があるので魔法障壁も通り抜けます!」
レオンの言葉にダリルが彼にしては比較的荒い口調で丁寧に説明する。
「じゃあゆっくりしてられないな――ダリル、魔法障壁足場には使えるか?!」
「無理ですね!質量のあるものは通してしまうので!足に思いっきり魔力を集めても人間じゃ障壁の斥力と重量に潰されてどっかに発散します!」
「じゃあ足の裏から魔力を噴射したら?」
「ホバークラフトの要領でまぁ――出来るんですか?」
「学会であてがわれたオッサンがよこした道具が使えそうってだけだ」
彼らが話している間も爆撃が止む訳では無い。
常人ならば一瞬で皮膚のタンパク質が変性してしまうほどの熱風にさらされている中、突如ニコラがダリルを右脇に抱えた。
杖はレオンに預け、いつもは魔法で浮かせている聖書を左手で持っている。
そして右腕はニコラの右手に掴まれていた。
「言われた通りにしましたけど……どういうつもりですか。まさかこのまま飛ぶとか言わないですよね!?」
「飛ぶ」
「こんな方法嫌ですよ!!僕は嫌ですよ!?」
「レオンもここで熱風に晒されながら待つしかないんだ、トントンだろ」
「何が!?!?」
ごちゃごちゃ言っているだリルを無視し、ニコラはエルフに生まれた事による持ち前の脚力で高く飛び、落下し始めたところでダリルの右手を無理やり動かし聖書の上をT字になぞらせる。
そうしてできた障壁に乗り、また同じ様に飛び上がる。魔力が自らを持ち上げる力のみでそれを足場としている以上そこに摩擦はなく、滑る足元は運動の方向を機敏に変えることはできない。
始めは小さかった水平方向への速度も増し、それを殺すことが難しいためニコラは円軌道を描き螺旋階段を登るように少しずつ空を駆けた。
――ニコラとゲンとの出会いに遡る
「俺はあんたのための一点モノの魔導駆動機械を作る。そしてあんたはそれがどの程度使えるかを確かめて、俺の技術の広報役になる」
「私がか?あいにく人にモノを伝える物言いは酷く苦手としているんだ」
「そこは大丈夫だ、ギルドには俺、ひいては俺が研究の合間に興した企業がついてることを色んな場で広報するように言ってある。後はお前の合意次第じゃ」
「私の知らないところでそこまで根回し進んでたのか……」
自分の身の回りで起きていることを把握できていなかったことにぞっとするような、根回しの早さにもはや呆れるような、そんななんとも言えない気分がニコラの中で渦巻いた。
「というわけで、一発目の発明品はこれじゃ」
「なんだコレ?馬の足につけるやるか?」
「惜しいな、これはあんたの足に付けるもんでな、正確には若干違うが足の裏から魔力を噴出して地面との摩擦を減らして機動力を上げる装置じゃ。」
「ふーん」
そんな調子でもらった足具だったが実際に使ってみると中々難しいところがあった。
まずコンセプトが間違ってる。
確かに摩擦が減れば速度減衰がなくなって早く動くことは出来る。
だがそれは滑るということで、小回りが全く持って効かなくなる。
さらには魔力の消耗も重くて数十分使うだけでとてつもない疲労感に襲われた。
正直普段遣いに出来るものじゃない。
だが、今この時はとてつもない有効性を発揮してくれいている。
持っておくものだな。
――と、そんなことを考えていたらついに太陽鷹と目の合う高度までやってきた。
魔力を噴射して、太陽鷹に飛びかかる。
身を振って振り落とそうとする太陽鷹だが、飛行している以上バランスを崩すわけにはいかず、ニコラたちを落とすことはできなかった。
ニコラは左手でショットガンを構えて太陽鷹の頭部にスラグ弾を撃ち込む。
脳が揺らぐ痛みに太陽鷹は気が飛びかけた、しかしなんとか気を保ち、背面に魔法陣を展開する。
魔法陣の中心にいればもろに爆破を食らうため、ニコラは決死の飛び降りを決め込んだ。