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夜の徒、昼の徒

日が落ちた、扇情的だった陽炎はもう消え失せ、天からは夜を照らすにはあまりに無力も良いところの星々の煌きと、微力ながらの月明かりのみの光が降る。


「『今日び、人は闇夜を克そうとしている。光源を生み出す魔法が編み出されて久しく。未だ実用化こそされていないが魔導器具によって魔法を使うことのできない人々でさえも、炎以来、第二の叡智の光を享受しようとしている。だがしかし、それは夜に昼を持ち込む侵略でしか無い。夜に生きるはどこまで行っても魔族なのだ。原初の人――類人猿から我々とは正反対に、動物へ帰るように、また進化の系統から外れている他の動物を真似るように進化した彼らは夜目が利く。故、彼らは生まれついてから、闇の恐怖を知り得ないのだ』


 ――三年ほど前にとある賢者がそう言い遺したそうだ。人はこの夜が恐ろしいらしい、君も陽だまりの下に生きるだろう?それでも人とは分かたれているそうだ……」


周りの木本たちが付ける花よりもずっと艷やかな薄桃色の花をその枝の八割ほどに付けた大樹をさすりながら、慈しむように彼は投げかける。

そのそれなりの林の中だと言うのに木の周り半径十数メートルは不思議な程に他の植物の姿は無い。

雄大に背を伸ばす大樹も、腰ほどの高さで葉を揺らす低木も、どこまでも増え続ける草本たちも、いち早くそこに生え植生の始まりを作る地衣類たちも一切。


「さあ、君。今日の分を持ってきたよ」


彼がそう言うとしばらくして、いくつかの男たちがやってきた。


「これが件の植物ですか、確かにこれは珍しい。しかし、全く見られないものではありませんね」


男の一人がそう言う。


「まあまあ、そういう言わずに。植生的におかしいところに生えているんですから、皆さんもっと近づいて、観察しましょうよ」


先程までの慈しみは消え失せ、笑顔を貼り付けて彼らにそう誘う。


「まあ、それもそうですが……」


彼の誘いに乗り、木へとある程度近づいたその時、男たちの足首と手首から先が消えた。


「――ッ!?」


酷い痛みに声を上げようとした者もいた。

喉笛も切られて声が出なかった。

鉄の赤錆を湛えた液体が断面から流れてゆく。

毛細管現象に従い、血液は動いた。

しかしその赤色が真円に広がることはなく、落ちた血液は薄桃色を浮かべる花を付けた木の方へと動く。

男たちの体から一切の血液が抜かれた後、彼自身もまた手首の動脈に切り傷を作り、血液をくれてやった。

地面から赤色が消え去った頃、蕾が一つ開いた。


「もうそろそろだね。君」


それを確認した彼はそう呟き、止血をしながらその場を後にした。




 

 ――レオン達は学会を訪れてから十数日間、まさしく手持ち無沙汰といった様に過ごしていた。


「冒険者の仕事とはこうに少ないものなんだな」

「まあ、傭兵と違って誰も彼もが依頼できるわけでも無い上にAランクのチームを動かす仕事なんてそうそう無いからね」


酒場にて葉を詰めた煙管を咥えてマッチを擦り、煙を吸いながらの質問にレオンが答えた。


「まあBランク以下と違って警察といっしょにパトロールしなくても基本給が入るから最低限生活には困らないよ。」

「でも依頼の報酬が無いと少し心もとないからなぁ、節制はなんだかんだ辛いわ」

「僕としても教会の運営に使えるお金が欲しいところですし、やっぱ依頼が来て欲しいですね」

「まあそれはそう」

「生活ができるというのに仕事が欲しいだなんて物好きな方々ですね貴方達」

「うわっ!ネモ、いつの間に!?」


知らずの間に話を聞いていたネモにニコラが驚く。


「割と最初の方から聞いてましたよ。良かったですね、貴方達ワーホリには嬉しい話しを持ってきてあげましたよ」

「依頼が来たってことですか」

「そういうことでーす。向こうで控えてもらってるんで話聞いて受けるかどうかきめてくださーい」


彼女の言葉に軽く返事をして、依頼人が待つ談話室に入る。そこにいたのはレンだった。


「やあダリルさん、ずいぶんと暇をしているそうだと風の噂で聞きつけたので仕事を持ってきましたよ」

「知り合いか?」

「僕にあてがわれた学会の先生ですよ……」

「なんですか、どっかの宗教の調査ですか?」


ニコラの質問に適当に答えて今度は自分がレンに問う。


「やだなぁ、そんなことAランク冒険者に頼んでも割に合わないじゃないですか。まあ経費で落とすから僕の懐に冬が来るわけじゃないんですけどね。調査は調査でもここに行ってもらおうかなと」


軽い冗談を言って彼は一枚の髪を見せた。書いてある文字を軽く読んだ見たところとある組織の勧誘だった。


「『開放団体ノストル』?なんですかこれ」

「差別を受けている少数種族の開放を求める最近できた団体ですよ。こっちだとエルフやドワーフ、ノイマンは差別されませんが他の国はそうではありません。北の方では特に激しいと聞きますからね、そういった地域からこちらのような地域に移住する手助けだったり、いざとなれば武力抵抗を行う団体です」

「なるほど。で、何を調べろって言うんだ?」


ニコラが食いつくように聞く。思うところがなくはないのだろう。


「ま、大した事じゃありません。黒い噂が立ってるのでそれについて調べに行ってもらいたいなと」


「黒い噂?」


「ええ、金持ちに美形のエルフやノイマンを売ってるだとか。まあそういう感じです」


「それが本当かどうか調べれば良いんですか?」


「まあそういえばそうなんですが……より正確に言えば彼らの収入源を調べて欲しいのですよ。この団体は要するに慈善事業な訳ですが、スポンサーの存在を聞かないんですよね。なのでどこがお金を出しているのか、もしくはどうやってお金を得ているかそこが知りたいですね」


「なるほど、分かった。ところで一つ聞きたいんだが、話を聞く限りそれこそAランクを動かす程の話とは思えないんだが」


「そこに関してはランク関係なく貴方がたがあんまりにも適任だったというだけです。意志の強い少数種族であるニコラさん、聖職者として清く正しいイメージと社会的地位を持つダリルさん、なんかこう……人当たりも良く空気も読めことを荒立てることは少ないレオンさん。ここに行くにはちょうどいいなと思いまして。要するに冒険者以外のキャリアを持った人が多いチームだからってことですね」


「俺はそんなにいらない感じなんすね……」


自分の説明がどことなく雑だった事を少し残念に思いレオンがそう言う。


「この手の調査ではことを荒立てないことが大切ですから。自分が薄いレオンさんも向いてますよ」

 

ダリルのフォローは本当にいつも一言多い。ニコラも笑いを堪えている。

 

「とりあえず依頼は受けるよ……因みに報酬は最低額から色つけてくれたりする?」


「学会の施設を使うときに色々便宜を図りますよ。射撃場とかグラウンドとか使いやすくなりますね」


「ちょっと嬉しいなそれ」


「じゃああらかじめ書類作っといたんで受付嬢に渡しに行きましょうか」


そう言って四人で受付に向かい、書類を渡す。

レンは依頼が通ったので依頼料の支払いを終えてから戻ってきた。


「それじゃあ、僕はこれで。なにか手伝ってほしいことがあったら言ってみてください。気が向いたらやりますんで。ノストルへの接触方法はその勧誘の紙見たら分ると思いますよ。それではまた今度」


 数日後、三人は街の中心街を訪れた。

国の議事堂を中心として商店や飲食店が並ぶこの場所は喧騒が行き交い、お金と政治が一番動く。そんな場所。

三人は街の一角にあるノストルの看板を掲げる建物のに入る。

清潔で明るいように保たれた受付の周りには差別の悲惨さが如何様であるかについての文書がいくつも掲示されていた。


「『星匿教(せいとくきょう)』代表兼冒険者パーティ『惑星』の聖職者のダリルです。ノストル運営の皆さまとお話をする予定なのですが」


「はい、ダリル様ですね……確認しました。どうぞこちらへ」


受付の案内に従い、奥へと進む。


「ダリル様方がいらっしゃいました」


受付は突き当りの扉をノックしてそう言って開ける。

中には少し気の弱そうな線の細い男のエルフが長机に座っていた。


「はじめまして、惑星の皆さん。私はノストルの代表をしております、ケェルと申す者です。この度はこのような設けていただきありがとうございます。さあ、どうぞおかけになって」


「では、失礼して。」


ケェルの対座につき、ダリルも口を開く

 

「まあ、こちらもこちらで結構必死ですので。それと、私が広告塔をするうえで所属しており、今回の話の要人もまた所属しているので便宜上連れてきていますが、この機会ではあくまでも『星匿教』として我々は話すつもりです。ご理解いただければ幸いです」


「それは勿論ですよ。ギルドの方にもそれを条件にここで話をすることを許可して頂いておりますので」


「助かります、では本題に入りますね。我々星匿教は規模の拡大をしたいため、北の国から移住してくる方々への布教活動を行わせていただきます。そのうえで、星匿教から護衛に幾人かの聖職者をそちらに護衛としてお貸しする。そういう内容の協力関係でいたいと思っております」


「なるほど、こちらとしても兵力が高ければ高いほど移動時の襲撃に対抗しやすくなって助かります。よく魔族の襲撃を受けてその度に何人かは亡くなるので……」


彼の目が遠くを見る、友人でも無くしたのだろうか。


「我々聖職者がそういったことを減らせるように努力しますよ」


「それは有り難い」


「しかし、我々の方も中々火の車でして、基本的に金銭的な支援は行えないかと。もしもそういった支援が必要でしたら他をあたってもらうことになりますが……」


「そちらは大丈夫ですよ、すでについてもらっているので」


「そうなのですか?貴方がたとの関係を築く上で軽く調べさせてもらいましたけどそういった団体については全くと言ってよいほど話を聞きませんが……」


「そうですね、支援を頂いている方から自身の存在を伏せるように強く言われていますので。富裕層達は古い考えだったりすることが多いので取引に影響しないようにだとか。お陰様で良くない噂もいっぱい立ってますね」


そういって彼は少し自嘲気味にハハハと笑う。


「しかしそれでも救われる人がいるならばよいというものです。そこの払拭はきっとできますから」


「……そうですね」


その後、関係性をどの程度公表するかやニコラがどの程度関わるかについての話、そして――


「私どもが使うルートは北の国の監視が無い代わりに結構危険でして、普段でさえ結構な確率で誰かやられる――どころか必ず一人はなくなるようなルートでして」


「普段で()()ねぇ」


「そうなのです、数週間前からかなり強大な魔物が現れて立ち往生しているとのことです。ですので名目上の視察に行ってもらってくださると助かるのですが……」

 

三人をほぼ無償で使うことになりかねないのが後ろめたいのか少しおどおどしながらケェルがそう頼む。

 

「たまたま出くわした魔族の討伐でも報酬は出るので大丈夫ですよ」

「本当ですか!?ありがとうございます」

  

 ――「第一印象としては優しくて良い人、といったところでしたね」


「そりゃまあ、あくまで対外的な交渉だからな、それに組織の運営に携わってるのがアイツだけってわけじゃない」


「それはそうですよ、彼もまた人です。嘘をつき我々を騙すことだってできるんですから」


「依頼のための調査にかこつけて自分とこの組織の利益を取りに行くやつが言うと違うねぇ」


「失礼な、僕は誰にも一つも嘘はついていませんよ」


「いや、依頼を建前にして普通に協定結びにかかってたよな?」


「問題のある組織だったらそれはそれで被害者面して『騙されてたんです』って言えますしね。なんせそれを暴くのは他でもない僕たちですから」


「そこじゃねぇよ!」


大通りへ出てギルドへ帰るさなか、そんな話をしている二人を見ながら今回の話において自分がいらなかったのではないか、自分というほとんど関係ない人間がいることによってなにか勘ぐられてしまったのではないかとレオンはぼんやりと考えた。

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