ダリルのある日(夜)
「驚きました。いつも通っている道だと言うのに」
立ち上がって聖職者の頭を不意打ちで殴りつけた不届き者の姿を確認する。棒状の廃材を凶器にしている平凡な格好をした、いかにもなチンピラ二人だった。
「人としてどころか追い剥ぎとしても三流ですね。二人も居るのにバランスを崩した僕に追い打ちすらできないのですか?」
「言ってくれるじゃないか坊っちゃん。普通のやつは大体これで気絶するんだぜ?運良く耐えれたようだが、俺達だって無益な殺しはしたくないからな」
「息巻き方は一流ですね、まあ、僕に目をつけた時点で何を言おうが貴方がたは三流ですけどね」
「何だ?坊っちゃん、俺等に勝てるって言うのか?」
「……うーん、勝てませんね」
軽く悩む演技だけして、ダリルは臆すること無く簡単にそう言ってのけた。
「はは、聡いじゃないか。分かってるなら早く金目の物おいて逃げなよ」
「なるほど、嫌です」
笑顔を一切崩さずバッサリと短く断る。
「そうか……じゃあ、意見が変わるまで暴力に頼るしかないな!」
チンピラの片割れが廃材を振りかぶりダリルを殴打する。
チンピラが力いっぱいに振るった廃材はダリルの側頭部を捉えて見事に命中したが、ダリルはその立ち姿を崩すことはなく、むしろ廃材が折れてしまっている。チンピラは動揺が隠せない様子だ。
「なっ……」
「僕は喧嘩をしても貴方がたに勝てないないので喧嘩はしませんが。お金おいてくのも嫌なんですよね……手持ちの暴力で、僕の意見が変えられそうですか?」
我慢しようとしているが、我慢ができずに悪い笑顔が漏れ出ている。
チンピラをおちょくるのが楽しくて楽しくて仕方がないのだ。
「クソッ、逃げるぞ!」
チンピラはダリルに背を向けて走り出した。
が、どこからともなく現れた光る鎖に捕まり、その場を離れる事ができなかった。
「僕が貴方がたに負けると言っていないように、逃がすとも言っていないんですよね」
もう隠す必要もないのでダリルはゲラゲラと高笑いする。
自分を舐めてかかった人間が、見事に自分の手のひらの上で最高の踊りを見せてくれたのだ、彼は本当に笑わずにはいられない。
――捕まえたチンピラをズリズリと引きずって教会へと運ぶ。
教会には未だ明かりがついており、扉を開くとダリルの代理として教会の運営をしている司祭のジェラルドが奥の部屋からひょっこり出てきた。
「坊っちゃん、遅いお帰りでしたね。そちらの二人は?」
「襲ってきたチンピラ。あと一応ここは仕事場だから坊っちゃんはやめてね」
チンピラ二人をそこへんにポイ捨てして、ジェラルドとの会話を続ける
「ああ、申し訳ございません。それで代表司祭、襲われたんですか。」
「まあね、冒険者も始めたばっかだし、こうやってナメられるのも名前が知られてない弊害かな〜」
「強さが知られればそれはそれで強者との手合わせを求めた者たちが勝負を挑んできますよ」
「そん時はニコラさんに全部擦り付けるよ、僕が名が知られてるならそっちでも問題ないでしょ」
「その通りですね」
「――ジェラルド司祭は書類仕事?元々僕の仕事だし手伝ったほうがいい?」
「いいえ、大丈夫ですよ。坊っちゃ……代表司祭にオーバーワークをさせるわけには行きませんから」
「今日はギルドに顔出して依頼が来ないか待ってただけだからあんまり仕事はしてないよ。それとも、僕の裏にちらつく父親の影を恐れてるのか?」
ダリルの眼光が鋭くジェラルドを睨む。
「――いいえ、大司教は若い代表司祭をこの布教の最前線に使わせたのです。それは、自身の子としてではなく、一人の部下としてあなたを扱っていることに起因するのでしょう。大司教がそうしている以上私どもはそうしませんよ」
「そうか、それならいい」
「……それに、あなたは名前を未だ父から貰っていないでしょう?」
ジェラルドの言葉にダリルは鳩が豆鉄砲を食らったような反応をした後、彼は大きく笑った。
「よくもまあ、そんなこと言ってくれるじゃん!だけどそれでいい、それぐらいが丁度いい、僕は未だ大司教の子ではないから。一人の部下として、ここに遣わされているのだ。その言葉が出るなら、ジェラルド司祭は僕を本当にそう見てるんだね!」
「ええ」
「ふふふ、じゃあ書類仕事は任せるよ。僕は帰って寝るね」
そう言ってダリルは教会の扉を開けて一歩外に出た。
ドアを閉める前にくるりと体を返してジェラルドの方を見る。
「また明日、ジェラルドのオッサン!」
そう言って彼は扉を閉める。
教会にはジェラルドが一人と、なんとも言えない顔をして拘束されたチンピラの二人だけが取り残された。取り敢えず教会の奥の部屋にチンピラを連れ込んで適当なところへほっとく、二人については明日どうするか決めるとして。
ジェラルドはデスクに向かって一つため息を付いた。
「あれで十六か、恐ろしいな」
つい、独り言が出た。
教会の顔役であると同時に運営も任される十六歳なんて他に居るのだろうか。少なくともダリルの才能は圧倒的だった。
実績ベースで言っても豪商たちや、役人との交渉を成功させて小さいながらも遠い地方の宗教の教会をこの街に立てて、更にはAランク冒険者として広告塔にもなろうというのだ。
昔からダリルの世話をしていたジェラルドはだからこそ心配していた。幼いうちから大人の世界に浸らされ、精神的にあそこまで成熟させられた子だから、どこか歪に育ってないかと。
何も知らずに無邪気に遊ぶ時間がもう少し長くても良かったのではないかと。
彼は幸せなのだろうかと。
「――もう、考えても遅いか。どうあろうと坊っちゃんは坊っちゃんですよ。精一杯楽しく生きてください」
消え入りそうな声で彼はそう呟く。
もうチンピラたちも眠ってしまっている。
流石に明日も仕事だ。
眠ろう。
次の日、ダリルは教会で司祭として仕事をしていた。いつも、午前中は司祭として教会に居り、午後になるとギルドに向かうのだ。
教の礼拝では教会の座席は全体に対して半分ほどしか入っていないがそれでも初めた頃よりはずっとマシだ、昨日のチンピラ二人もちゃっかり居る。
入信することで穏便に話を終わらせたようだ。
ダリルは聖書を読み、その宗教が良しとする生き方や、崇める神の行った偉業を説明する。
一通りの祈りを終えて、片付けを始めようとした時、一人の少女が話しかけてきた。年齢は同じぐらいの、黒い長い髪をした、説法中もニコニコとしていて快活そうな子だった。
「ねえ、司祭さま。好きな食べ物とかありますか?」
「……どうしてそんなことを?」
唐突に先の説法とは全く関係のない質問をされて、ダリルは思わず逆質問してしまった。
「だって、司祭様からは人間らしさを感じませんでしたから」
「まあ、説法をする司祭とはそういうものですよ。きれいな言葉と、偉業で神のあり方を皆様に教えるのが仕事ですから。そこに個人、生身の人間としての色は出せませんよ」
「じゃあ司祭様の素を見るには休みのときに会えばいいということですか?」
「まあそうなりますね。難しいと思いますけど」
「そうなんだ」
「じゃあ、僕は仕事があるので……」
「分かった、バイバイ!」
「ええ、またいつか」
そう言って奥へ戻ろうとするダリルだったが、途中でくるりと振り返った。
「――そう言えば質問に答えるのを忘れてました、僕は白身魚のムニエルをバゲットと食べるのが好きですよ」
「OK分かった!ありがとう!」
そう言って彼女はサムズアップをした。
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