ダリルのある日(夕)
新入りとしての恒例行事を一通り終えて、惑星の三人はギルドの一角でトランプにてゲームに興じていた。
コインを賭けて、手札の二枚と場の五枚で一番強い役を作った者が総取りするゲーム――平たく言えばポーカーなのだが――それを三人でやっていた。
三人ともなかなか楽しんでいるようでかなりゲーム数を重ねている様子だ。
レオンとニコラがほぼ同率で、ダリルがかなり負けている。具体的に言えばニコラとレオンのコインが三千枚程度、対するダリルは五百強だ。
「あははは!また負けてしましました!」
「あと二、三回で飛ばないかお前」
「舐めないでくださいよレオンさーん、僕の懐にはまだ三桁もコインがあるんですから」
「私等は四桁あるんだけどな」
「てか役の強さの割に賭けすぎなんだよダリル」
「かと思えばゲーム開始時で降りたりするしよく分からんわ」
「二人共釣り上げたら割とビビって降りるんでぇ、それに手札が弱かったなら初手で降りたら出費ゼロなんですよ」
「その魂胆が私等にバレて今負けてんだろ」
「あははは!その通り!」
「それでいてずいぶん楽しそうだな……」
「派手な数字を思いつきで動かしたらその分二人が悩んでるのが楽しいんでぇ」
「負けてるくせに腹立つな」
「僕は現金賭けてたらこんなに楽しくできてないのでそっちでやります?」
「「そんな金ねーよ」」
まあ、そんなこんなで三人に二枚づつのカードが配られ、ゲームが始まる。
「取り敢えず始めはいつも通り五十枚からだな」
「OK」
それぞれが掛けるだけのコインを前に出す。
始まったばかりの為、テーブルには五十を示す数字が彫られたコインが三枚あるばかりで淋しいものだ。
そうして場の五枚のカードの内三枚がひっくり返る。
現れたのはダイヤの三、ハートの七、クラブの三。
そして始めの賭けコイン追加フェーズに入る。三人は自分の手札と場のカードで作れる役にどれだけ賭けれるかを宣言する。
一番所持しているコインの多いニコラから宣言する
「七十五」
「俺は百行けるぞ」
「百……乗りましょう。ニコラさんは?」
「私も乗った」
三人はもう一枚づつ五十のコインを場に出す。そうして四枚目のカードが開かれる。スペードのK。
「二百」
「なかなか上げるねぇ、でも乗るよ」
「まあ勝てば総取りですからね、乗ります」
そうして場にある最後の裏向きのトランプが裏返る、示すのはスペードの二。
「三百」
「ずいぶんと強気だな。でも俺だって負けてないぞ。乗る」
「……五百」
ダリルの宣言した値は彼の持つコインのほぼ全てだった。
いつも通り――少なくともこのゲームをやっている間ずっとしている正確の悪い笑顔を浮かべて、クツクツと笑っている。
「ハッ、全部賭けたら降りてくれるとでも思ったか?もう二百出してんだ、今更引かんぞ。乗った」
「まあ、ここで引いてもマイナス二百か五百かしか変わらないしね。乗るよ」
ニコラとレオンは自身の手札がダリルに負けるとは微塵も思っていない。
論理的に考えて、可能性が著しく低いからだ。
ニコラとレオンの役はともにフルハウス。それもKの絡んだものだ、これに勝てるのはフォーカード、ストレートフラッシュ、ロイヤルストレートフラッシュの三つ。
場にあるカードとの兼ね合いで後半二つは作り得ない。可能性があるとすれば三の数字でのスリーカードだが、ダリルが掛け金を釣り上げたのは最後。
ダリルの今までの雑なプレーからしてもその可能性は低いと考えている。
「僕はこのゲーム好きだから遊んでいたいんですよ。だから、負けるつもりは無かったんですよ」
――しかしながら、そんな二人の予想に反して、ダリルがの役はフォーカード。場にある千五百枚を総取りしたのはダリルだ。
「あはは!流石にこんな負けそうなときにそんなリスクは取りに行きませんよ!自分で釣り上げて自分で引けなくなってたんじゃわけないですよね!」
ゲラゲラとダリルが笑う。
今までの雑なプレーは二人を騙すための演技なんてたいそれたものでさえ無く、ただ遊んでいただけなのにどうして余裕がなくなってもするのだと思っていたのかと、言外にその意を含ませるような、そんな皮肉めいた言葉回しで二人を煽り、おちょくる。
「クソガキ、一発でかいの決めた程度でそこまで調子に乗ってちゃ困る。最後まで勝ちきってからにしろ」
ニコラが挑発する。事実、ダリルは未だ二人とダリルのコインの差は千程ある。
「あはは!じゃあ、ここからはちゃんとした勝負ですね!」
三人は夜が更けるまでゲームに興じた。
結果はダリル四千枚、ニコラ二千枚、レオン五百枚となった。
「はぁ〜〜〜〜〜〜、私じゃダリルに勝てねぇ!」
「損切りの早さも、読みの鋭さも、ブラフの使い方も、腹芸も、全部俺等より上だったな……」
「何やってもニヤケ顔だから実質ポーカーフェイスだろこれもう」
「あはは、規模の小さい弱小組織の長やるなら現金も賭けないポーカーで弱いんじゃ話になりませんよ。もっと派手に腹芸やらなきゃいけないんでね」
意気消沈している二人の前でダリルが楽しそうに語る。
彼は子どものように無邪気に、大人のような腹芸を楽しんでいた。
「流石だわ。傭兵時代は仕事の依頼人でしか無かったからここまで卓上で強いとは思ってなかった」
「主戦場ですから」
「今となっては外が主戦場だけどな」
「案外そうじゃなかったりしますけどね」
「教会から抜けたわけでもないから……」
「それもそうだな」
「流石に眠たいんで僕もう帰りますね」
「そうだな、お休み」
ダリルはギルドを出て、教会の近くにある自宅を目指して歩き始める。
気温も落ち着いてずいぶん過ごしやすい季節になってきた。
夜風を頬に受けてカードゲームの興奮をのんびりと冷ましながら歩く。
ダリルの家に向かうには大通りから外れた細い道を行く必要がある。
冒険者になるまでこんなに遅い時間に通ることはなかったなと、明るい昼間とは様相を変えた家路に少し怯んだ。
ただ、帰らない訳にはいかないため、なんとなくせこせこと速歩きで裏路地を通る。
「やっぱり人間暗い場所は苦手なんですね……本能に刻まれた恐怖でしょうか……」
なんとなくの気付きをぼそぼそ独り言として吐き出す。
そうやって家路を急いでいると側頭部に衝撃が走る。
突然のことに驚き、そして構えてもいなかったために少しバランスを崩した。