新人つぶし
パーティを結成してから二日程、三人は酒場で話し合っていた。
「ニコラ、お勧めの銘柄とかあるか?」
「教えてもいいが……お前吸うんだな」
「まあ週に一回ぐらいで」
「お前人間なんだからあんま吸わない方がいいぞ、エルフと違って煙の中の毒吐き出しきれないからな」
「エルフはいいな〜どんだけ吸っても大して害ないんでしょ?」
「長期的に見たときの健康被害は無いのはないが、中々キツイぞ」
「どういうこと?」
「吸ったあと数時間は滅茶苦茶痰が絡むようになる。しかも吐き出したら真っ黒」
「うわ」
「よくもまあそんなもん好き好んで吸いますね二人共、僕なんて酒も飲めませんからね。はやく十八歳になりたいですよ」
まあそんな様子で他愛のない話をしていると、突如四人組に話しかけられた。
「お前らか?DランクからいきなりAランクに上がったっていうパーティは?それも三人パーティでだと?」
リーダ格の男がこちらを品定めするように眺める。周りの冒険者たちもニヤニヤしている中、レオンだけは苦笑いをしていた。
「こんな小さな子どもがいるのにそんなことあっていいのかねぇ?なんか特例って言ってたけど不正したんじゃないの?」
「してません!そもそもギルドマスターとの面識がレオンさん以外にありません!レオンさんはそんな不正とか、多分しません!」
そこは言い切ってくれよと一瞬思ったレオンだったがダリルとの付き合いの浅さを考えて仕方ないなと割り切ることにした。
「本当かぁ?決めた、俺等とお前らで決闘してお前らの不正を暴いてやる!」
「いいでしょう望むところです!」
その言葉を聞いた男は「ネモ!」と受付嬢の名前を呼ぶとがすごく嫌そうな顔でやってきてため息を吐きながら説明を始めた
「皆さんにはここから少し離れた開けた場所で戦ってもらいます。ルールは決められた範囲から出たら負けです。くれぐれも相手の命は取らないように」
それだけ簡単に説明するとすぐに引っ込んでいった。
「……あんたらのパーティ名教えてくれる?」
ここまで静観していたニコラが背を向けた四人組に向けて一つだけ聞く。
「えっ、名前……えっと、お前たちに名乗る必要なんて無いだろう!」
ニコラがすごく呆れた眼をレオンに向ける。レオンの苦笑いが加速するばかりだ。意気込んでいたダリルはもうすでに先に行ってしまっていた。
大通りにあるギルドから少し離れた場所にある空き地で惑星の三人と謎の四人組との戦いが始まった。立会人として引っ張り出された受付嬢は未だにすごく嫌そうな顔をしている。
先手を取ったのは惑星側、ニコラがいきなり中距離用の連射の利くライフルを打ち込んだ。結構な数の弾が命中したが、少し出血する程度で対したダメージになっている様子はない。一通り撃ち終えた終えたところで向こうも反撃を始める。距離を詰めてニコラへとインファイトを仕掛ける者、距離を取り魔法を唱える者、大剣でダリルに斬りかかる者、そしてリーダ格の男は片手剣を持ちレオンへと仕掛けた。
惑星の三人の戦術の大枠は「ダリルが様々な支援を行い、ニコラが撹乱、レオンの一撃で仕留める」というものである。これは強大な一個体を撃破する事に特化している。故にこういったい集団戦には向いていない。だが――
距離を詰められたニコラはとっさに銃を持ち替えて右脇で抱えるようにショットガンを構え、引き金を引く、打ち出された散弾の破片は半分ほど命中。
しかし出血こそすれども大して効いている様子ではない。
魔法により強化された拳を避けながらこれでは決定打にかけると考えたニコラはコートのポケットから小型のボール状の道具を取り出す。
その瞬間ニコラは後ろの魔法使いが魔法をこちらに向けて撃ち出したのを察知。ダリルが剣をさばきながらも右手で聖書を構えて魔法の壁を作り、これを遮る。
打ち出された人の頭程度の火球は物理的な質量を持たないそれに衝突、消失した。それを確認したニコラはバックステップで距離を取り、ボール状の魔導機械からトリモチを顔に撃ち出し、相手の視界を奪う。そのまま素早く後ろへ回り思い切り円の外側へと蹴飛ばす。
視界が遮られた中突如として背に強い衝撃を感じた男は押し出されて、そのまま円の外へと出ていってしまった。
ニコラが頭数を一つ減らした一方でレオンはずっと防戦一方である。
リーダ格の男はレオンを動かさまいと先手を撃ち続けているからだ。
レオンは下手に後の先を取りに行くよりもニコラとダリルが他の三人を撃破するのを待ったほうが良いと判断、堅実な守勢を維持し続けている。
ダリルも似たような状況に見えたがこちらは少し様子が違っていた。
十字架の形状をした鋼製の杖で相手の重たい両手剣を受け流しては弾き、一歩、また一歩と少しづつ円の外側へと近づいてゆく。
何度か魔法使いからの魔法が飛んできていたが、どれも攻撃魔法であり、体で受けたほうが早いと判断。
そのまま押し込む。
外縁ギリギリまで追い詰められた中苦し紛れに乱暴に振った剣を受け止め、逆に弾いて相手の体制を崩した。
そのまま杖で相手の腹をついて押し出し一本。
魔法使いの方も弾道が見えるニコラに魔法をすべて避けられてそのまま退場。残るはリーダ格だけになった。
……その瞬間、男は剣を下ろした。
「――降参だ」
「そっちから仕掛けてきた癖にずいぶんとあっさり終わらせるじゃないですか」
とあっけなさそうに言うダリルを傍目にズカズカとニコラが男に近づいた。
「んで、ギルドの上役さんが私達の力量を測るためにどうしてわざわざあんな茶番を仕込んでくれたのかな?」
そう、残りの三人こそそれぞれ普通の冒険者たちだが、この男はギルドマスターである。自分よりも一回り背の高い女性に詰められてどことなく小さく見えているが普段はしっかりとギルドを運営している組織の長なのだ。
「はじめは個人的な趣味だったんだけど、何度かやってくうちに新人つぶしの体で手合わせするのがAランク昇格時の名物イベントになっちゃって……」
「ふーん、なるほどねぇ」
「ど、どうして僕がギルドマスターってバレたのかな〜」
あんまりにも威圧感のあるニコラに対し冷や汗をダラダラと流しながら聞く。
「いやギルドマスターとまでは分かってなかったが。気配とか、敵意の薄さとか色々あるけど何よりもネモちゃん……だっけ?受付嬢があんだけ嫌な顔してるのに嫌々付き合ってるなら受付嬢の直属の上司なんだろうなと」
「ネモォ〜〜!!」
恨めしそうな声でネモの名を呼んだが、なんとも言えない我関せずという表情で無視されるだけだったが。
「それで、これが恒例イベントというのならばレオン君はどうしてこういう事が起きるって一言も伝えなかったのかな?」
矛先がマスターから自身に移ったことを理解したレオン。実はこの名物イベントが起きることを伝えようとは思っていたのだが、タイミングを逃し続けていた……というか途中から完全に忘れていた。ニコラはやっぱり滅茶苦茶怖いが、とにかく平謝りしてなんとかレオンは事なきを得た。因みにその間ダリルは自分だけしっかりと引っかかっていたことがひどく気に食わなかったらしく、しばらく膨れっ面で拗ねていた。
そんなこんなで一通りネタバラシを終えたところでギルドマスターは懐をゴソゴソとあさり一枚の封筒を取り出した。
「さて、一通り話もついたところだし私からAランク昇格のお祝いに君たちへの依頼を一つあげよう。この街の名を関する国の最高学府、ヤグルマ学会で三日ほど警備を頼まれてくれないか?まあ警備とは名ばかりの施設見学、研究員たちとの面会だけどね。冒険者はフィールドワークに向いてるからよく教授の助手として雇われる、冒険者やめたあとの仕事探すぐらいの気持ちで行くと良い。」
「ヤグルマ学会!?すごいですね!国の最先端覗けるんですか?!」
「意外だなダリル、嫌がるとまでは思わなかったがそこまで食いつくように反応するとは」
ダリルは聖職者だ。
聖職者と学者というのは世間一般のイメージとしては仲の悪いものである。
人々に考える余地を与えずそうで在れと導く聖職者と、世界がどうあるのか自身で考え未知を拓く学者とでは相性が悪いと思われているし、実際それを理由に口喧嘩をしてるのを見たことある者も多い。
「ああ、僕が聖職者だからですか?あの手の喧嘩はどっちも少々かじった程度のアマチュアかニワカしかやってませんよ。本職でそういうことやってるのは聞いたこと無いですね。いくらマイナーな宗教とはいえ僕は中枢の人間だったのでそこに間違いは無いと思います」
「あっそうなんだ、この前街でご飯食べてたらそういう喧嘩が聞こえてきてさ」
「そんなところでやってる時点でそいつ等もはや仲良しだろ」
「あっ確かに!」
ニコラの指摘に素晴らしい発見かのように納得した様子を見せるレオンに彼女は少し呆れ気味な様子を見せた。
「まあ、喜んで受けさせてもらいますよ。ダリルもレオンもこの様子ですし問題は無いでしょう」
「ニコラさん|敬語《高圧的じゃない言い回し》とかできたんですか!?傭兵時代は依頼者の僕にも使ってなかったのに!?」
「うるさい」
ダリルが余計なことを言ってニコラにどつかれるが、黙るどころかむしろゲラゲラと笑っている。
この前の皮肉のことも含めてニコラがクソガキと称した意味をなんとなくレオンは理解し始めた。
なにせすごく楽しそうなのだから。
そんなダリルを無視してニコラは話を続ける。
「それで、なんか必要なものとか日程とかをもらっても?」
「それはギルドの方に書類があるから今は分からないな……今からギルド帰るか。俺達はこの辺の片付けしとくから先に戻っていてくれ」
「あいよ」
そうして三人はギルドの方へ向かって彼らに背を向けた。
「それで、どうでした彼ら。素質ありましたか?」
Aランク冒険者が暴れたが為にそれなりに荒れたその場所を整地しながらネモが聞く。
因みにこの整地作業が面倒くさくて彼女はこの茶番が嫌いなのである。
「ダリルくんとニコラはかなりあるな。どっちにも強い『我』がある。もしかしたらもしかするやもしれない。」
「……レオンは?前回からちょっと時間立ってますけど」
「見たら分るだろう?変化なしだ。というか彼はそうであったほうが良い」
「意地悪」
「お前に嘘を言って何になる」
「それもそうですけど」
口を尖らせてそれ以上は口を聞かずに二人は後片付けを終えた。