惑星、結成
「まあ話が違うことには変わりないが、十分だろうな。」
「ほんと、ギルドマスターに感謝ですよね」
なんとかいきなり解散は防げたが……
「レオンさんって信頼されてるんですね!」
ダリルのきれいな笑顔から飛んでくる皮肉が心に刺さる……
「要する危険だけど、偶然の域をでなくて上のランクに回せないものを処理させようってわけだ。まあ昇格がついてくるなら割と報酬と見合った依頼だが、ギルド側も中々困ってたんだろうな」
「割とwin-winな依頼だったんですね」
「ま、お前がやらかすことが予測された上でこんな特例を用意してもらえるのはお前の人徳によるものだろ、面倒見て貰うのもまた才能だ」
ニコラのフォローが胸に染みる。
「まあ何が出てもいいようにしっかり準備をしなきゃな」
そうして三人は市場でおおよそ必要なものを買い揃え、翌早朝に出発した。
目的地にはそれなりに馬車を飛ばして数時間程度で到着。
「うっし、それじゃあ始めるぞ。何かが乱入する可能性が高いとはいえ普通の採取依頼だ。とりあえずは草むしりだな。ニコラ、ゴブリンやコボルトで弾を使うのももったいないし頼めるか。俺とダリルが見張りをやる。草の鑑定はできるか?」
「問題ないよ、なんてったって私は一時期サバイバルやってた事があるからね」
「よし、じゃあダリル、二人で見張りやるぞ。」
「わかりました。」
ニコラがお目当ての草本を採取している最中、ゴブリンやコボルトといった魔族が襲いかかって来たが、二人は難なく撃破、それなりに日が傾いた頃には十分な量が集まっていた。
「さて、あたしはもう十分採ったんだが。どうする?残ってなにか来るの待つ?」
結局なにも出なかった。
今まで結構なパーティがこの依頼を受けその全てでこの辺にいない魔族と遭遇したというのに。
はっきり言って逆に怪しい。
それでも居ないものは居ない、出てないものは出ていない。
だから仕方のないことだ。
「それは受けた依頼の範疇から外れている。『何も出なかった』んだからしょうがない。戻って嬢にそう言おう。悪いなお前ら」
「……まあ、Dランクからやってみるのも悪くは無いかもな」
「Aランクから始められるなんて美味しい話なんてそうそうないってことですね〜地道にコツコツやりましょう」
「……え?二人共冒険者続けるつもりなの?」
Aランクという餌で釣った二人にとってこの結果は口約束とはいえ契約の不履行と等しい。
少なくともレオンはまた新しく人を探すつもりだった。
「そりゃあ、まあ。もともと年単位の布教の派遣でしたし。冒険者として広告塔になるのはDランクからでも悪くないかなと。」
「私としては銃の維持費が安くなればいいからな。Aランクでなくともギルドに属してるだけでそれなりに待遇は良くなる。魔導駆動機械関連の学者とか技術者とかとのつながりも欲しいしな。」
二人共もとより辞めるつもりがなかったのかケロッとそんなことを言ってのけた。
「そうなのか……悪い。てっきり二人はもとの仕事に戻るのかと思ってたから。間の悪い俺だがよろしく頼む」
「あいよ」「はい!よろしくお願いします!」
そうして三人が馬車へと戻ろうとした時、ニコラが突如銃を構えた。
「二人共、やばいのが来る」
「!? どういうことだニコラ!」
ニコラの警告を聞き二人は臨戦態勢に入る。レオンは剣を抜き、ダリルは聖書と杖を取り出した。
ニコラが構えた方向にはそれなりの高さの木々が生えた林がありそちらからガサガサと葉の擦れる音が近づいてきた。
林を抜けたそれが彼らの目に映る。
「おい……なんだあれ……」
水色の皮膚、巨大な体躯、そして何よりも頭部のたった一つの眼。
その特徴は当にサイクロプスと呼ばれる魔族のそれだった。
しかし、それをサイクロプスと言うには一つ大きな違いがあった。ソレの右腕が異常なまでに発達、肥大化しており、色も赤黒く変色している。
それにつれてかソレは両足と右手で三足歩行をするような奇特な歩行をしていた。
「突然変異種……でしょうね。魔族も人族もつまるところ皆動物ですから、そういった形質の変化も起こります」
「ありゃ生物としてはクソ燃費過ぎて出来損ないだろうが、戦う相手として見れば普通のサイクロプスなんぞ比にならん強さだぞ」
「魔族は本来生存に不利な形質でも強ければヒエラルキーが下位の相手から奪えば生き残れますからね。それか魔力が多い場所に住むか」
「そりゃそうか。で、レオン。あれどうする。逃げてもいいぞ。」
異常な形質を持つそれを前にしても冷静に分析し、レオンに判断を仰ぐ。
「その決断をする前に……ニコラ、一つ聞きたい。」
「なんだ。」
「アレに勝てると思うか?体感的に」
「多分勝てる、が、あの右手がヤバすぎる。あの右手でぶん殴られたらダリル以外はただじゃ済まない。事故れば大怪我だ」
「じゃあ僕があの右手を押さえればいいんですね」
「まあそういうこった。あの姿が見える前はなんかとんでもないのがいると思ったが、実際のところはサイクロプスに毛が生えた程度だったな」
「それじゃあダリル、頼んだぞ」
三人に気づいたサイクロプスは彼らめがけて走り出し、その右腕を振りかぶった。攻撃を受ける役割のダリルを残し二人は左右に分かれて回避する。
まっすぐに振り下ろされれた右腕をダリルは手に持った鋼製の杖で受ける。
その異常な右腕の力で地面が割れ近くの木が倒れた。
サイクロプスがその右腕を引くもそこにはまだピンピンとしたダリルが立っている。
もう一撃を入れようとまた右腕を振り上げた瞬間レオンが左足の腱を斬りつける。
「お前やっぱ堅いなダリル!」
彼のその大ぶりの両刃剣はその重量を持ってサイクロプスの足に深い切り傷を付けた。
が深さが足りなかったのか特に動きに制限がかかってる様子もない。
サイクロプスがレオンに標的を変える。
「レオンさん!不味い!」
サイクロプスがレオンに向き直り右腕を振り上げるが振り下ろす前に先の傷口で爆発が起きる。
ニコラが持つ三丁の中のうちの一つ、遠距離用のライフルによって打ち出された榴弾だ。
およそ百メートル先からのニコラのアシストによりサイクロプスの左足が千切れ宙を舞う。
「よし!左足潰してやったぞ!これでバランスを崩しやすくなった!」
「ありがとうございますニコラさんレオンさん!僕が拘束しますのでトドメを!」
「分かった!」
レオンは武器に魔力を付与し始め、ダリルは聖書を広げその上に黄色の魔法陣を浮かべていた。
彼がその魔法陣の上をそっと指で一文字になぞった途端、サイクロプスを囲うようにして四方に魔法陣が発生、そこから光を帯びた黄色い鎖が伸びサイクロプスの四肢に巻き付いて拘束する。
だが、異常な剛力の右腕により鎖にはもうヒビが入り始めている。
「レオンさん!早く!もう数秒も持ちません!」
「大丈夫だ、もう少し持たせる」
サイクロプスの近くに戻ってきたニコラが飛び上がりスラグ弾をサイクロプスのその巨大な単眼にぶち込む。
サイクロプスの眼球は銃弾としては規格外の質量を持つ塊によってグシャりと潰れる。
――拘束中に急所への攻撃を行うのは痛みによって暴れてしまうため本来は悪手とされるが、この瞬間に於いては暴力的な右腕から鎖を守るのに有効に機能した。
レオンの付与魔術も終わり、彼は飛びかかってその両刃剣でサイクロプスの首を思い切り刎ねた。
両刃剣の重量だけでなく魔力を付与されたために非常に鋭くなったそれによる切り口は、バリ一つなくとても美しかった。
「――ふう。これで、昇格だな」
「ずいぶんと俗な感想ですね」
少し呆れた様子でダリルが言った。幸運にもダリルが凍結魔法を覚えていたので死体を凍らせて腐敗を防ぐことができた。
ギルドから渡された通信用魔導駆動機械を使い突然変異したサイクロプスの討伐に成功した旨を伝える。
珍しい研究材料が手に入ると学者たちも大喜びだそうだ。
「ありがとうなダリル。とりあえず今日の依頼はこれで終わりだ。馬車も手配しておいたしあとは帰るだけだ」
「――ちょっとここで待っていてくれ」
一通りやることを終えて一息ついているレオンとダリルに対しニコラはそう言って突如林へと駆け出す。
不審に思った二人の疑問が声になる前に彼女の姿は見えなくなっていた。
そうして数十分ほどすると女性らしき者を担いでニコラが帰ってきた。
長い髪をしてボロボロの衣服をした彼女の左手は手首から赤い縄で木製の十字架と繋げられていた。
「多分こいつが元凶だと思うんだが、こいつがなにか分るか?」
「……はっきりとはわかりませんが、おそらくは凋落した神の一柱かと。おそらくは縁結びとかそんなあたりですかね」
彼女の左手を持ち上げてダリルが言う。
「凋落した神?」
「ええ、信仰を失った神が神でなくなり人間界に現れるんです。人々から忘れ去られても自分は自分をそう簡単には忘れられません。自分が自分であるために無差別に力を振るうようになるんです。おそらくこの方は縁結びの神でしょうね。二・三百年前の平和な時代に多くあったその手の俗な宗教はだいぶ数減らしてますから」
「なるほどなぁ、というかニコラはこれどうやったんだ?」
「ん?気配を感じて向かったら居て、足に撃って動けなくしたらすごいやかましくなったから殴って黙らせた」
「よくもまあそんな簡単に言うわ……」
そんなこんなで三人は神とサイクロプスの死体をギルドに引き渡したあと馬車に乗り込む。
「――さっきもそうだけどさ、ニコラって、俺等が気づいてないのに相手に気づいたりできるよね。なんかコツとかあるの?」
馬車に揺られる帰路の中、レオンがそう聞いた。
「あれ?ニコラさんレオンさんに言ってないんですか?」
「あー、言ってなかったかもな。私は生まれつき人の気配に敏感でね、おおよその練度とか強さ的なのも含めて分るんだよ。先天性の魔法症候群だな」
「魔法症候群って体内の魔力が多くなると起きるやつ?人間なのに火を吹けたりするみたいなのは聞いたことあるな」
「多くなっただけでは発症するとも限らないんですけどね。というかAランクの魔術師とかをあたっても発症してる人は殆どいません。発症してる人は魔力が多いってだけです。ニコラさんはおそらく魔力を感じる様になってるんですよ。魔法を一切使わずに戦い続けるってそうありませんからね、強者は必然的に魔力も多くなるので当然個人の力量まで測れてしまうわけです」
「いや、飛び道具の軌道まで分るから多分違う。だがまあそういうわけだ、言ってしまえば才能だよ。ひどく喜ばしい限りだ」
「わざわざその感覚を鈍らせるために普段タバコ吸ってる癖にによく言いますよ」
ケラケラ笑うニコラにダリルがそう突っ込んだ。
「そんな理由で吸ってたんだ」
「騒がしいよりも静かなのがいい時もあるだろ?お前が酒場に来てたせいで普段は酒場じゃ吸わないのに吸ってたんだからなあの時」
それを聞いて知らないうちに悪い事したなとレオンは思った。
ギルドに帰り受付嬢に依頼完了の確認作業をする。
「お疲れ様ですレオンさん。まさか大型魔族を討伐するだけでなく原因まで潰すとは。ギルドマスターも文句無しでAランクだと言ってましたよ。というわけでAランクの紋章です。なくさないように気をつけてくださいね」
嬢はそう言って彼らにAランク冒険者の証である正十二面体の誂えられたバッチを渡した。
「いや〜すごいですねぇ。DランクからAランクにジャンプするなんて。貴方がたの話題でもちきりになってもおかしくないですよ。まあ解散したAランクが実力者を集めて戻ってきただけなんでそんなことはありませんがね。あってもダリルさんとニコラさんの話です、レオンさんには皆おかえり以外の感想はありませんよ」
ものすごく腹が立つが余計な一言を真顔で付け足すのが彼らのギルドの受付嬢のチャームポイントだ。そしてレオンにだけ当たりが強いことでもギルド内で有名である。
「まあ、Aランクに上がったことですしパーティの名前も考えておいてくださいね。Cランク以上のパーティには名前が必要なので」
そう言って受付嬢は裏に戻っていった。
「――しっかしパーティの名前ねぇ。一般的にはどういう感じのが多いんだ?」
ギルドの酒場、冒険者たちの憩いの場で祝杯の前の最後の仕事に三人は取り掛かっていた。
「それこそパーティごとにぜんぜん違う。公営の機関とか国の依頼を受ける事が多いパーティだとお堅い感じの名前にしてるパーティが多いし、そうじゃなかったら親しみやすさを出す名前のこともある」
「じゃあ何でもいいってことですか?」
「ああ、公序良俗に反さなければな」
「なんでもいいと言われるとそれもそれで決めにくいな」
そんなこんなで三十分ほどの議論の末についに名前が決まった。
「夜空に浮かぶ星として煌めくこと、そして型にはまらない活躍をするという意を込めてパーティ名は『惑星』に決まりました。というわけで初めての依頼達成と新たな門出を祝して、乾杯!」
「「乾杯!」」
ちなみに三人とも「こういうのは酒入れてからやったほうが良かったんじゃないのか」と思ったが言わないことにした。