徒然な朝
サブタイつけました
ニコラは目を覚ました。
地面に座り、壁を背もたれにして寝ていたからか、首や腰に違和を感じる。
もう朝だというのにどこか薄暗い貧民街の中ではおちおち安眠もできやしなかった。
パーソナルスペースなんてものはない、本来は公共の道を勝手に使ってるだけだもの。
少しくたびれているが手入れのされている生地の良いコート、スタイルのよい美形のエルフ……目を閉じて脳を休めながらも気配察知に神経を使わなければならない、同時に生まれ持った才能に感謝するが。
無論、普段からこんな場所で寝泊まりしているわけではない。
確かに宿無しとはいえニコラは安宿ならば毎日使えるぐらいに収入はある。
それでもこの場所に来て、場合によっては一夜を過ごすのは昔が、いや彼が恋しいからだろうか。
どうしようもない程の腐れ縁だと言うのに、一年以上も寝食を共にすれば思うところもあるのだろうか。
「チッ」
舌打ち。彼女は苛立った。
彼が帰ってくるのをただ待ってるだけな自分の浅ましさになのだろうか、それともどこかへ消えていった彼になのだろうか、それとも脳の裏にこびりついたままの過去にだろうか。
分からなかった。彼女はただ苛立った。
いつもここで一夜を過ごした時は適当な喫茶で仮眠を取り、睡眠時間を埋め合わせるのだが今日は何故かそういった気分にはならなかった。
貧民街を離れ、近くの石橋の上で一服する。
川上から川下へと荷を運ぶ水運の船が橋の下を通ってゆく。
「これだけ時代が進んでも、水運はこうなんだな」
魔法工学が発展し様々な分野で魔導駆動機械が用いられるようになったが、これほどまでに原始的な方法が現役なことに独り言を漏らした。
「魔導駆動機械は現状どうしても規模が小さいですからねぇ」
「うわっ!?」
タバコを吹かして感覚を鈍らせていたから気づかなかったが、隣に何者かがいたようだ。ローブで全身を覆っている上フードで顔も見えないが小柄なことだけは分かる。
「ああ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」
「いや、ボケっとしてた私が悪かった。話を戻すが規模が小さいってどういうことだ?」
「簡単な話ですよ。魔法駆動機械のエネルギー源はなんでしょうか?」
「そりゃ魔力だろ」
「正確に言うと使用者の魔力です。大気中の魔力から魔法駆動機械を動かしやすいエネルギーを取り出す方法は未だ確立されていません」
「――ああ、成る程。結局人間自身の力で動かしてるのか魔法駆動機械は。だから自然の力には勝てないと」
「おお、聡明ですね、そのとおりです。運搬というのは継続的に結構な量のエネルギーを要しますから。いくら魔法が個人の接種した熱量を大きく上回る出力が出せるとはいえ、自然の力を借りることになるのですよ。二十面体魔法を扱えば個人でも相当量のエネルギーを取り出せるのですが……殆どいませんからね」
「自動二輪も結構前からあるがいまだ馬車の方が主流だもんな」
「そうですよね。では、逆に日々使っているもので人間が動力になる必要がないものって何か分かりますか?」
「うーん、なんだろうか……火?」
「おお!正解です。正確には燃焼ですね。一度火が付いたなら人は寝ていてもそこに可燃物があれば燃え続けますから。これを動力にする蒸気機関なんてものが数世代前に発明されていますし一部の分野では非常に重要なものですが、エネルギー効率と資源確保の面で難があるとされててなかなか研究が進んでいないのが現状ですね」
「ふーん。エネルギー効率っていうのが何かは知らないが、確かに炭を大量に安定供給はなかなか厳しいだろうな」
「そういうわけです」
「いい話を聞けた、ありがとうな。やけに詳しかったがそういう職業なのか?」
「いえ、私は冒険者ですね。先生からの受け売りです」
そう言って彼は冒険者バッチを見せる。
正十二面体の誂えられた、Aランク冒険者の印だ。
「おっと、奇遇だな。私も冒険者なんだ。ほら、このバッチ」
「おお!そうなんですね!!しかもAランクなのも一緒!!所属ギルドは……流石に別ですかね?」
「そりゃなぁ」
「まあAランク冒険者同士ならいつか会えますよ!ギルド間ってそこまで仲悪くないですから!」
「会ったところで私はそちらの顔を知らないんだよな」
「あはは……訳あって外では顔を隠させてもらってますが、その時が来たら分かりますよきっと」
「まあ、このちんちくりんさと声だけは覚えといてやるよ」
「そうしていただけるとありがたいです。僕は用事があるのでもう行きますね!」
「ああ、またな」
そうして彼は走り去っていった。話すことに夢中だったが故に、少ししか吸っていないのに煙管の中の葉はもう殆どが灰になってしまっていた。
携帯してる灰入れに灰を落とし、石橋から立ち去る。
まだ眠気は来ない、この調子だとこのまま夜まで起きているだろう。
「そりゃまぁ、人前に姿出せないよなぁ〜」
先程話した彼について、ポロリと独り言をこぼす。
「あのバッチは多分本物だろうし、敵意はまあ無いと言って良かった。ひっ捕らえても良かったけど私一人で勝てる保証もないし、仮にそうだとしたら大事になったら行くぐらいで良いか」
タバコの成分を切らし、その鈍さを失ったニコラの脳は受け取った感覚を正確に処理してあることを伝えた。
「魔族って案外どこにでも潜んでるんだねぇ、たとえ防壁の中でも……」
ニコラは今日二度目の自身の持つ才能への感謝をした