ダリルのある日(朝)
ラブコメ回?です。9月以降は週2〜3回投稿になると思います。モチベに繋がるのでブクマ、感想、評価、レビュー等をしていただけると非常に嬉しいです
ある日の朝。
ダリルは依頼を受けてヘレンの研究室の扉を叩いた。
部屋に入るとヘレンは丁度コーヒーを淹れ始めたといった様子だ。
「――失礼します」
「おお、来てくれたか。初めまして、私はヘレン。ここで二十面体魔法に関する研究をしている者だ」
「ご丁寧にどうも。僕はダリルと申します」
互いに軽く頭を下げて挨拶をする。
コーヒーがふつふつと沸いていく音が聞こえた。
そんな静寂は、ダリルによってすぐさま終止符が打たれた。
「それで、僕はどうしたらいいんですか?腹を開かれでもするのでしょうか?」
「その辺は安心してくれ、外科手術みたいな事はしない。しばらく聞き取りを行ったあと外で二十面体魔法を見せてもらうだけでいい」
「分かりました」
ダリルはヘレンからの質問に事細かに答えた。
どのような状況で、何が起きたかを精密に、嘘偽りなく答えた。
「――という感じですね」
「なるほど。典型的……と言うには先例が少なすぎるが、他の事例とおよそ同じだな。感情が正方向に大きくジャンプしたことによる発現だと考えていいだろう」
「魔族の力を扱う人間がいる事は分かってましたが、まさか僕が当事者になるとは思いませんでしたよ」
「人生何あるか分からないとはよく言ったもんだよねぇ」
「それはまぁ……僕自身かなり理解してるつもりだったんですが……ここまでとはね」
「とりあえず今日はこんなもんかな、明日実際に魔法を見せて貰うからよろしく頼むよ」
そうしてダリルはヘレンの研究室を後にした。
広大なヤグルマ学会のキャンパスをなんとなく練り歩く。
レンの依頼をこなしたことで運動場を借りるうえで融通がきくようになり、ニコラなんかは結構な頻度でここに訪れているようだ。
やることもないので運動場の近くの芝生でなんとなく日向ぼっこをしていた。
気分の良い日差しを受けてこくりこくりと眠りに落ちかけていた時。
「あまりここで寝るのはお勧めできませんよ、司祭さま。運動場から色んな物が飛んできて痛い思いをしますから」
覚えのある声だった。
眠たい目を擦り相手の顔を確認する。以前ダリルの食の好みを聞いた彼女だった。
「貴女、ここの学生だったんですか……?」
眠気の抜けきらない、普段のダリルとは随分と異なった声で聞く。
「ええ、実は私とっても賢いんですよ! しかもそれと同時に殊勝で勤勉な学徒でもあるのです!」
「自分でそれを言いますか」
「間違っちゃいないでしょ?」
「さあ?僕は貴女をよく知らないのでなんとも……」
「確かに!私がちょっと話しかけただけだもんね!」
もはや敬語すら使わなくなってしまった彼女に対して本当に殊勝なのか非常に疑問であるが、ダリルはそこについて突っ込むことはしなかった。
「司祭さまはなにしに来たの?」
「依頼ですよ。これでもAランク冒険者やってるんでね」
「うぇ!?知らなかった!?司祭さまってやっぱ凄いんだね!」
「伊達にこの歳で教会任されてませんよ。貴女が殊勝で勤勉だとすれば僕は天才です」
「え〜、私だって天才とかいっぱい言われてきたよ?」
「それでも、生まれ持ってきたもので僕を超えられる人はそういないと思いますよ」
「そっか〜」
ダリルは目を合わせなかった。
自らの才能を自負しながらも、それを諸手をあげて万歳と喜べるものなのかは疑問だったからだ。
彼は自分が他の者が持ち得ない生まれと、才能と、そして運に恵まれてきた事が分かる。周りの者が自分と同じ様で無く。
彼らは皆ダリルを羨んだから。
そして、大半の者が持ち得ないものであると理解できる賢さを持っていたから。
「まあいいや、取り敢えずここ離れよう。お昼ご飯はもう食べた?」
「いいえ……そういえばまだですね」
「じゃあキャンパス内のレストランに行こう!安くて美味しいし、ムニエルも売ってるよ!」
「おお、それは嬉しいですね」
そうして二人はレストランを訪れた。席につき、それぞれの食事を注文する。
「そういえば、どうして星匿教の説法に?」
「んー?私が西の生まれでそもそも信仰してたからだよ」
「ああ、成る程。僕は本部から遣わされたので同郷ってことになるんですかね?」
「多分そうなるのかな?だとしたらすごい偶然だね」
「そうですか?非常に時間がかかるとは言え西からこっちに来る人も大勢いますし……」
「でもそれが私と司祭さまっていう二人となると……?」
「そりゃ、二つの特定個人の出会う確率なんて起こることが奇跡と呼べるレベルの天文学的数字になりますけども……」
「ほらね?神様に感謝だね」
「ウチの神はそんな事担当してないのでそんな事しても向こうは困惑するだけですよ」
「それもそっか」
そんな話をしていると注文していた食事が運ばれてくる。
ダリルはやはりムニエルを頼んだようだ。ナイフとフォークで身をほぐし、同時にやってきたパンと一緒に食べる。
ダリルの顔には満面の笑みが浮かび、小さく黄色い歓声を上げている。
敬語の崩れる様子のない、非常に大人びた彼も好物を口にするときぐらいは年相応な姿を見せるのだと、対面に座る彼女は少し驚いた。
そしてダリルの在り方の、ある意味での哀しさも少しだけ理解した。
「……本当に好きなんだね、ムニエル」
「食への嗜好で嘘なんて吐きませんよ。生い立ちや名前と違って自分にしかその真偽がわからないのですから、楽しくありません」
「楽しかったら、嘘を吐くの?」
「まあ、そうですね。褒められた事じゃないのは事実ですが、それでも大事にならない範囲で嗜んでますよ」
「でも、私は司祭さまの名前と少しだけだけど生い立ちも知ってるよ?」
「……嘘つくかどうかは気分ですから」
気づけばあっという間にムニエルを平らげていたダリルだったが、彼女の純粋に疑問をぶつけ続けるその姿勢に少しうろたえていた。
「ねぇ、司祭さま。ダリルって呼んで良い?」
「教会の中ではダメですが、外でならどうとでも好きに呼んでください」
「分かった!それで、私のことも名前で読んでね!」
「えぇ……僕、そもそも貴女の名前知らないんですけど……いや別に知ったところでそう呼ぶわけでも――」
もにょもにょと尻すぼみに声が小さくなっていってしまう。
年齢の近いだろう女子にここまで距離を詰められてしまうのはダリルとしては初めての出来事で、どうにも慣れずにタジタジな様子だ。
「あれ?そうだったっけ。私はユニ!ユニちゃんとかユニとか、フランクな感じで呼んでね!」
「わ、分かりました。ユニ……さん」
「え〜」
食事を終えた二人は店を出て解散した。
ダリルは今まで生きてきて感じたことのない程に強い心臓の拍動が、数十分ほど続いていた。