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燃えるような朝日に焦がれては

「ここまで来てしましたか……」

「ヴァン・エストルフォ……だっけか。私に話しかけたのが運の尽きだったな。なんでこんなまどろっこしいことをしていたんだ?」

「教えてやる道理などないさ」

「それもそうだな」


ヴァン公の肌はずっと青白く、背中にはコウモリのような羽が生えていた。


「……あなた、吸血鬼(ヴァンパイア)でしたか」

「『ヴァン』パイアだからヴァン公って事か」

「いや、流石に安直すぎないか?自分の正体隠したいのにそこを名前にするのは流石にないだろ」


ニコラのツッコミにそれもそうだなとレオンは頷いた――が

 

「いや、本当にヴァンパイアから取ってきて付けた」


吸血鬼本人がそれを認めてしまった。

 

「えっ……ああ、うん。これこそ教える義理もないので言わなくて良かったけど……」

「そのへんの空気が読めるわけがないじゃないですか魔族ですよ魔族」

「まあそれもそうか……」

 

気を取り直してと言わんばかりに吸血鬼が魔法陣を展開して、赤褐色をした十センチ程度の針を飛ばしてくる。

レオンは大剣で防ぎ、ダリルが前に出てニコラを庇い、その後ろからニコラが銃撃する。

空中を縦横無尽に動く吸血鬼だがニコラの腕前によって何度かスラグ弾が命中する。

しかし、出血する様子すらなく、吸血鬼に有効打となっている様子はない。


「ダリル!どうなってる!?あれはどういう絡繰だ!?」

「わっかりませーん!!吸血鬼なんてそもそも見つかってる数が少ないんで知識として体系化されるほど何かが分かってるわけではありませーん!取り敢えず首落とせば死ぬことは分かってます!」

「ざけんな!この暗闇の中あんなビュンビュン動くのの首を刎ねるなんてどうやるんだよ!?」

「さっきごちゃごちゃ喋ってる暇あったら光鎖魔法で捕らえとけばよかったですよほんと!」

「取り敢えずレオン!頑張れ!私は今回役立たずだ!」

「俺もどうしたらいいか分からん!」

 

ニコラはショットガンからアサルトライフルに持ち替え、牽制に専念し始める。

だが、こちらから向こうへの有効打はなく、向こうからの攻撃によるダメージは確実に蓄積している。

圧倒的に不利な状況であることは誰の目にも明らかであった。


 なんとか状況を打開しようとニコラが生物捕獲用のトリモチを発射、命中し腕を抑えたかのように一瞬見えたが、服の一部がコウモリに変わって剥がれ落ちるだけだった。

ダリルが扱う炎や雷の魔法を当てたところでそれも同様。

惑星の三人はタフではあるが、それでも防戦一方を強いられて、現状ただ攻撃を耐えているだけである。

もはや三人は吸血鬼の魔力切れを願うばかりだった。


 ――数時間ほどだろうか、もはや集中力も途切れ途切れで、直径二十五センチ程の光源ではではもはや吸血鬼の動きを追いきることさえ難しくなってきた。

吸血鬼の魔力が尽きる様子もなく、そしてついに、赤褐色の針がダリルの魔力層を突き破って、腕の肉を穿った。


「……ッ!?」


久々に血を流した気がした。ダリルはその久方ぶりの鋭い痛みに慄き、目を見開いた。


「……お前の顔に覚えがあったんだが、今思い出した。去年だな。ヤグルマの街に教会を建てるように頼みに来ただろう。なあ、ジョン=アステールよ」


ダリルはその言葉を聞いた。吸血鬼は自身の事をジョン=アステールと呼んだのだと。なんということだろうか、そんなことまで覚えているというのに――


「はて……どちら様でしょうか私は星匿教の代表司祭、ダリルでございます。ジョン=アステールなど、ウチにはいませんよ」

「いいや、覚えているさ。お前は確かに自らをジョン=アステールと名乗ったはずだ」

「確かにそう名乗りましたねぇ。でも、私がそう名乗ったことと、私の名前になんの関係があるのですか?私の名前を決めるのは戸籍ですよ」

「……は?」


吸血鬼には意味が分からなかった。

あの日、こちら方が立場が上だと言うのに。

大司教を引き合いに出して、そんな嘘をついたということが、飲み込めなかった。

吸血鬼は過去に商家として、様々な交渉をしてきた。

彼を憎む者、舐めてかかる者、誠実にな態度の者――様々な者がいた。

だが、礼儀作法を弁えた上で顔色一つ変えずそんなどうでもいい嘘を吐く者はいなかった。

その困惑は吸血鬼のその表情へと表出していた。


「アハッ……アハハハハハハハハハ!!」


その表情はダリルにとってはこれ以上無く面白かった。


 ――ダリルはその年齢にそぐわない物言いをする。それは彼の生まれと、立場がそうしないことを許さなかったからだ。だが――いやむしろ、そうやって幼さを抑圧してきたからこそ、ダリルの精神性はひどく幼い。故に無邪気で、あまりに残虐である。


 ――彼の指からそれらを導くフェロモンが出るのなら、彼の指は円を描き、蟻たちに死の行進を強いるだろう。彼の指から蜘蛛の糸が出るのならば、主のいない巣を作り、腐りゆく屍の小さな山を築くだろう。彼はそれを退屈することなく、いつまでも見ていられる。

だが、それを見たところで彼の顔に笑顔が浮かぶことはない。

腹芸を難なくこなし、布教を行う組織の最前線に立つ彼は昔からずっとずっと人を相手にする悪戯がそんなことよりも好き好きでたまらなかった。


 嘘を吐き、ハッタリをかまし、不都合を匂わせ、そうして最後にネタバラシをする。

相手が自分の手によって、困惑している。

ダリルはそれを見るのが、何よりも愉快でたまらなかった。

それがダリルの、何よりも求めることで、死ぬまで失えない渇望である。


だから、先の逡巡も、数年前の満たされなかった好奇心も、久しかった鋭い痛みも、夜通しの戦闘の苦しさも、未だ貰えない()()()()()の名前も、全部、全部、全部、総てがその歓びに、快感に塗りつぶされて――



――――――――――――――――――――――――――――――



 少し前に遡る


 「人が二十面体魔法を扱える様になる条件は分かっている」


水筒に移しきったコーヒーに口を付けて、レオンが先生と呼ぶ人物――名をヘレンと言う――がそう言う。


「意外ですね、そのへんはまだ研究段階だと思ってました」

「メカニズムを研究してるんだ、そっちはおそらくホルモン絡みだろうことまでしか分かってない」

「ああ、なるほど」

「で、二十面体魔法への覚醒に必要なのは強大な感情のジャンプ、簡単に言うとカタルシスだ」

「カタルシス――抑圧された感情の開放ってやつですよね」

「ああ、分かりやすくするために一つ例を挙げよう。破壊衝動による強い快楽を覚えるAという人物がいた。だが彼は従軍で不要な破壊はできない上、その全ては『国のため』である必要があり、理性で欲求を抑圧していた訳だ。その抑圧を数十年ためにためて、ようやく戦争にでて破壊を行うとどうなる?」

「そりゃ最高に気持良いでしょうけど……その瞬間に?」

「まあ、かなり簡略化したがそうだ。だからお前には無理なんだ。そもそも抑圧するような強い欲求もないだろ」



――――――――――――――――――――――――


――ダリルは後頭部あたりに箍が外れたような感覚を覚えた。

ガコンと音を立てて、体の内側で彼を抑える何かが壊れたような気がした。

歓喜の余韻に浸る間もなく、全能感に包まれた。

何が出来るだろうか?それは何でも。

だから、何をするかを自身に問うた。


「暗いのはやはり怖いですから、やめましょう」


ダリルがそう言うと突如として大量の帯状の魔法陣が森を駆け巡り、発光した。


「おいダリル!どういうことだ!」


突如様子がおかしくなったダリルに対してニコラが問う。

 

「……ダリルは多分二十面体魔法に覚醒した!何が起きてもおかしくないぞ!」

「はぁ!?」


そうやってニコラとレオンが状況を読み込もうとしてる中、二人は突如強い慣性力に襲われ、逆さ吊り状態になった。


「太陽鷹のときは二人に好き放題されましたからね、ちょっとした意趣返しですよ!アハハハ!」


足元を見れば二人の足は帯状の中に浮かぶ魔法陣に乗り、それをレールにして進んでいた。ダリルが指を動かせばその通りにレールの向きが決まり、そのとおりにレオンとニコラを運んでゆく。


「なるほど、そういことね」

「レオンお前、理解早ぇな」

「そういうニコラだって直感的には掴んだでしょ?」


ダリルの動かすレールの上で二人は吸血鬼に勝るとも劣らない速度で動き、吸血鬼を追い詰めてゆく。

ニコラがサポートしてレオンが首を狙う。

吸血鬼はもはや逃げることで精一杯になりつつあった。

これ以上のない形勢逆転である。


 だが、商売で人間社会を成り上がった慧眼だ、ダリルが移動を担っていることを見抜いた。

左右の指を動きとレールの順路が一致している。

そのことに気がついた、吸血鬼はダリルの指を凝視し、そうして二人を見ること無くその攻撃を避ける。

流石である。


「最後まで、僕に騙されてくれましたね」


突然二人の足元にあるレールはダリルの指の示す方向とは全く別の向きへと舵を切った。


「なッ……!?」

「残念だったな、あの指は演技だったみたいだ」

「私等だって流石にそこは知らなかったんだ、おあいこってことで宜しく」


ニコラが退路を塞ぐように射撃し、レオンの大剣が吸血鬼の首に肉薄する。



 ――だが、それよりも先に、吸血鬼が自ら首を落とした。


「……ああ、君。私はここまでだから。最後に陽だまりに来るといいさ。一人で、こんな死地に起こして済まないね。でも、せめて自分から君を起こしたかったんだ。許しておくれよ」


惰性で動く声帯がそう音を出して、緩んだ涙腺が涙を流して、その首が地面に落ちた。赤色は薄紅色の花をつけた樹へと流れてゆく。そうして――


 ――ああなんということだろうか、それは遂に満開となってしまったではないか。

そうすれば、全ての花弁が、花びらが、風を受けたかのようにゆらりひらり揺れ落ちて、降り注ぐ花吹雪が一つの繭の様に、人一人すっぽり入ってしまうような大きさの楕円を形どって舞ってゆく。

数十秒もすれば花はすべて落ち、花吹雪は落ち着いた。

そうしてその場には一つの異形が残る。


 髪の毛はまるで蔦のようで、眼孔の内側には薔薇が咲くばかりで眼球はない、肩からはまるで虫の翅のように葉が伸び、四肢は木の枝のようである。


「……アルラウネですね、行きましょう二人共」

「なに仕切ってんだクソガキ」

「まあまあ、あれも殺さなきゃダメろうし。取り敢えずそっちに集中しよう」


少し前まで漆黒だった空にはいつの間にか赤色が混ざり、翡翠色とも水色とも橙色ともつかぬ色を呈していた。


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